日常・二――1
まだ約束の時間まで余裕があったので、アリサと一緒にギルドホールの下見をすることにした。
ギルドホールは定期メンテ明けに実装されたのだが、意外にも別空間となっている。新たに配置されたNPCに話しかけ、このギルドホール区画へテレポートする方式だ。
NPCは「競売イベント中につき、特別開放中!」などと説明していたから、通常はギルドホール所有者しか入場できないのかもしれない。
……もちろん、ここに入場するのは有料だ。金貨百枚も入場料を取られた。
このゲームの運営は何かと金銭を要求する。
今回だって一人当たり金貨百枚だから、のべ十万人の野次馬だったとして……総額一千万枚の金貨を回収する計算だ。
運営がお金に興味を持たないと考えるのは、間違っている。むしろ運営ほど集金に熱心な者はいない。
これは少し考えれば当たり前のことだ。
俺達プレイヤーは二十四時間、休みなくモンスターから現金を稼ぎ出していく。一人につき一日平均で金貨百枚としても、一万人が稼いだら……一日あたり金貨百万枚が増える計算となる。
この爆発的に増え続ける金貨は、プレイヤー間でやり取りしているだけだと……永遠に市場から消えない。
あっという間にインフレ……それもハイパーインフレだ!
多くのMMOで通貨の呼称単位がK(千)やM(百万)、G(十億)となる原因で、老舗大手の『最終幻想VRオンライン』などでは、T(一兆)なんて単位が普通に使われている。……さすがにギルドホールの相場ぐらいでしか見ることがないが。
この『セクロスのできるVRMMO』も、インフレは不可避だろう。
それを僅かでも遅くするべく、運営はありとあらゆる場面で集金している。『食料品』の売り上げから半分が徴収されるのも、対応策の一環だ。ゲーム難易度を全く左右しない回収方法は、運営にとっては頼りになるバランサーといえる。
「タケルさん……いいんですか? 私の分のお代金――」
「んあ? いいんだ、それくらい」
入場料をまとめて支払ったのを、アリサはしきりと気にしていた。
「まあ、見栄くらいはらせてくれ。……女の子の分は、男が払うもんなんだろ? 俺が誘ったんだし。俺個人の財布から出したんだ。心配しなくてもいい」
「……はい」
それでようやく、アリサは折れた。
こんなことを『聖喪』のリシアさんにしたら、怒られるかもしれない。……意外と気にしないかな? タミィラスさん相手だったら、力ずくでも自分の分を出させるだろう。
とにかく、アリサは納得したのだし、少し嬉しそうだ。小額でも奢られるのは、誰だって嬉しい。アリサには、いつも世話になっているしな。
たまに微妙な気分にならなくもない。
『RSS騎士団』の参謀格として万単位の金額を動かし、『情報部』の長として千枚単位の交際費で争い……個人では百枚単位で見栄をはる。
ギルドと俺個人の資産は別だから、当たり前といったら当たり前だが……スイッチを切り替えるのに苦労してしまう。
まあ、金貨二百枚ぐらい、『スライム』相手に二時間程度戯れればいい。
意外に思うかもしれないが、『戦士』ソロで収入が一番良いのは『スライム』狩りだ。なんといっても、まったく経費が必要ない。
今のレベルなら『ゴブリン』や『コボルト』相手のソロもできるが……『回復薬』も多く必要になるので、収支は『スライム』狩りの方が良くなる。
「それにしても……まるで住宅分譲地みたいですね」
アリサが辺り見て、感想を漏らす。
ちょっとした街程度の広さだが、建物と呼べるものは一切ない。ぽつぽつと街路樹がある程度だ。区画全体をぐるりと囲む城壁まで、何も遮る物がない。
地面は光り輝く線で、四角く区切られている。これが売り出される予定の土地だろう。
一つひとつの予定地もぴったりと隣接していたり、一つだけで孤立していたり……なかなか考えさせる感じになっていた。
おそらく、隣接している予定地は、合わせることで大きな土地として活用できるだろうし……孤立している場所は、誰とも隣り合わせないで済むだろう。
「そうだな……俺もこの展開は予想外だった。建物は自分達で選ぶだとか、デザインするだとか……まあ、その類なんじゃないか」
普通、ギルドホールなんてのは完成品を買うもので、プレイヤーが手を加えられるのは内装程度でしかない。
アリサはなるほどと肯いているが……俺にすれば頭の痛くなる話だ。
おそらく、無料ではないだろう。ギルドホール競売と言っても……買えるのは土地の使用権だけ。下手したら万単位で……いや、間違いなく万単位の予算が必要に違いない。
売り出し予定地の前で話し込む集団がいた。
「広いなぁ……ここが買えれば、言うこと無しだね!」
「でも、ギルマス……こんな場所、まず買えないよ」
ギルドで見物にきたプレイヤーなんだろう。……気になる。アリサの手を引っ張って立ち木の影に隠れ、様子を観察することにした。
「タ、タケルさん?」
「……ちょっと大人しくしていてくれ。すぐに済む」
「えっ? そんな……いきなり……こ、心の準備が――」
アリサは面食らったようだが、絶好のチャンスだ。観察を続ける。
「みんなで金貨五千枚ずつ出し合ってさ……そしたら数万枚は用意できるよ? それだけ用意したら買えるかもしれない!」
「えー……五千枚? 俺、そんなに出せないなぁ……」
「私は全資産で五千枚あるか微妙……」
「ごめん、僕なんか……全資産はたいても、金貨千枚もないや」
乗り気なギルドマスターの提案に、否定的な意見を並べるギルド員たち。
俺の読み通りだ。
『RSS騎士団』はまるで共産主義か社会主義のような運営をしているが、普通のギルドではそんな方式は取れない。もっと民主的だし……その財源も不安定なものだ。
会費だのなんだの名目で徴収したり、ギルドメンバーからカンパを募ったり……そうやって苦労して集めたものが、ギルドの資金となる。
ギルドホール購入なんて大きな買い物ともなれば、前もって用意していても全く足りない。結局は裕福なギルドメンバーが、私財を投じて購うことになりがちだ。
ギルド資金を集める段階で波風が立つし、買えても負担の不平等でトラブルが起きる。ギルド解散の原因になるのも珍しくない。
解散になったらなったらで……こんどはギルドホールの所有権問題だ。
揉め事しか産まず、それでいて結局は買えないことも多く……慣れているMMOプレイヤーだと、最初から敬遠する向きもある。
目の前でごたついているような普通のギルド――どうやらギルドホール積み立て開始に落ち着くようだ――なら、障害にもならない。大揉めにもめて金貨数万なら、初手で積む金貨十万枚で心をへし折れるはずだ。
問題は結束が堅く、資金を稼ぐ力もある有力ギルドだが……そいつらは必ず情報収集をしている。俺の事前工作で狙い撃ちにできたといってもいい。
これは予定通りに詰めれるとホクホクしてたら――
なぜかアリサが俺を睨んでいる! もの凄く不機嫌そうな顔だ。
「ど、どうかしたのかな、ア、アリサ……『さん』?」
「……なんでもありません!」




