アウトからインへ、えぐり込むように取引――3
さて、本格的にエンジンを回そう――もちろん口車のだ――としたところで、余計な横槍が入った。
「お前ら! 痴話喧嘩は他所でやれ! 営業妨害だぞ!」
もちろんウリクセスの奴だったが、どうしてか緊張しているようだ。
「なんだよ? 俺たちゃ客だぞ? つまりは神様だ。分かったのなら、さっさとお神酒と可愛い巫女さんを準備しろ。昔から言うだろ、触らぬ神に祟りなしって?」
「なんだよ、そりゃ? それじゃチンピラも同然だろうが! なにが神様だ! 適当なところで加減しろ! これはギルドの事業なんだよ!」
なるほど。メンバーと商売の保護に出張ってきたらしい。
ただ、その事業とやらの内訳が、いまいち分からなかった。
「……なんだよ、その事業って? 場合によっては手加減しなくもないぜ?」
「はぁ……オーバーエンチャントを――リスクマネージメントを売ってんだよ! この不具合で、誰もがギャンブルを避けてるから……各種材料やら強化素材が、ダブつき始めてるだろ? 正直、困ってんだよ、この値崩れには」
言い分は尤もだ。
もはやゲームではない。投機的な賭けなどすれば、場合によっては命でツケを払う羽目となる。
結果、誰もが安定志向となるから――レア・アイテムも消費されない。そして在庫がダブつけば値下がりするのは、『国富論』からの常識だ。
「……賢いな。俺達もメンバーに『+2』が行き渡ったら、真似すっかな。――で、成功率は自前で調べた訳だ。ご苦労なこったなぁ」
「えっ? あっ……うん……そんなところだ。割と大変だったぜ? その……調査するのは」
……あやしい。これは黒で決定だ。しかし、何をウリクセスは隠している?
「そ、そんなの! そんなの……情報ありがとう? で、でもっ! それでもタケルには負けない!」
「判ったよ! お前らは知らない仲でもないし……タケルの指した値段で、タケル達に一本。秋桜たちにも一本。それで勘弁しろ。何だったら材料と交換でもいいぜ」
空気を読まない秋桜は我を張るけれど……今回に限ればナイスだ。
素早く「何か隠してるよな?」とリリーに目配せを送ると、即座に「同感です」とばかりに微かな応えが返る。
……どこから崩したものか。
「私、『フレイル+2』の方が――」
「判った! OKだ! タケルの分は『フレイル+2』な! それで二人とも手打ちにしろよ! お前ら大手ギルドがピリピリしてると、息苦しくて敵わん」
ちゃっかりネリウムが便乗している間に、プランを決める。
「まあ、それもそうか。ここいらで蟠りは解消しておくべきだろうな。――結論からいうと、俺は『キン・スレイ』を落札してない。持ってないことの証明は不可能だけど……このお預かりしている剣に懸けて誓う。真実だ。信じて欲しい」
しかし、俺なりに誠意を込め、金打の真似事すらして………………不思議なことに誰も異議は唱えなかった!
どうして? 女の子って……こうも簡単に説得できる人種だったか? そんな馬鹿な!
しかし、目の錯覚かもしれないが……アリサや秋桜、リリーに至っては、瞳が潤んでいる!
だが、この謎現象に思いを馳せる暇はなかった。思いが溢れたとばかりに、秋桜が口を開いたからだ。
「でも私達だって、嘘を吐いてないよ!」
「お待ち下さい、お姉様。タケル様は名に懸けて誓われ……私共も同様です」
「だから……どちらかが……つまりはタケルが騙して――」
「どうやら、そこで間違えたようです。タケル様のお言葉も真実で、私共も正しい場合もあり得ます。第三者が――『キン・スレイ』を落札した者が存在しさえすれば」
AとBが競り合ったにも関わらず、どちらも勝てなかったのなら……Cが落札したに決まっている。単純な話だ。
「でも、そんなのいる訳ないよ! あの時ですら、私達もタケル達も……どっちも限度一杯な金額の提示をしたんだよ? それよりお金を持っている人達なんて――」
「数えるほどしかいない。つまり、逆にいえばいた訳だ。そうだろ、ウリクセス?」
もう緊張しているどころか、顔色が悪いぐらいで――それだけで関与を肯定も同然だった。
「……最初に言い訳をさせてくれ。酷い裏切り行為とは考えなかったし、いまでもそう思っている。また、それが原因でお前らが喧嘩と知ったのも、つい最近のことだ。そもそも『キン・スレイ』なんて糞アイテム、誰にも使いこなせないと思ってたしな」
らしいというか、あっさりとウリクセスは自供した。
しかし、少し予想と違う。
「うん? お前が『キン・スレイ』を持っているんじゃないのか?」
「違う。俺が言うのもなんだけど……『キン・スレイ』だぞ? あんなの欲しくないぜ。何に使うんだよ?」
『キン・スレイ』もしくは『キン・スレイヤー』の初出は確か、一つの指輪をなんとかする物語だったはずだ。
文字通りに『キン』を――同族を殺す能力を意味する。
出典に準拠するのであれば……ゴブリンが持てば『ゴブリン・スレイヤー』、人が持てば『マン・スレイヤー』、エルフが持てば『エルフ・スレイヤー』と同種族に効果的だ。
もっと狭義に血族を――親兄弟や親族を殺す呪われた武器の場合もある。初出が有名過ぎるせいか、亜種も多彩だ。
劇的なまでの効果と悲劇の宿命は、様々な創作で持て囃されたからだろう。ある意味、ファンタジーの分野では定番とすらいえる。
そしてMMOにおける『キン』とは何か?
初出に従うパターンもあったが……より意味の近い概念として、ギルドメンバーを準える場合もあった。
結果、MMOを理解してないデザイナーによる、不愉快な破壊行為が始まる。
『キン・スレイ』を使えば『同じギルド所属なプレイヤーに特効な武器』を作成可能などという形で!
同じギルドの仲間を攻撃すると効果が絶大!
絶対にあり得ない話だ。それだけでゲームデザイナーの見識を疑える。MMOの仕組みを――ギルドとして集う意味を理解できてない。
しかし、実のところ似たような発想は、MMO史上で枚挙に暇がなかった。
俺の知る範囲だけでも『ギルドマスターは、いつでも所属メンバーを殺せるスキルを所有』なんてシステムすら実在する。
もう意図からして理解し難い。
つまるところ『仲間であるギルドメンバー同士での喧嘩や闘争、殺し合いがゲームの前提にされてる』ということで……MMOのプレイヤーとは、決して馴染まない思想だろう。
もちろん『キン・スレイ』の実装は、このゲームのデザイナーがやらかした重大な失敗の一つとなった。
そして相当に加熱した論争を招いた結果、ドロップ停止という実質的な実装中止へと追い込まれている。




