アウトからインへ、えぐり込むように取引――2
どうしたことか秋桜にリリー、ギルド『ヴァルハラ』のウリクセス、そして『ダガー+2』を売っていた男と……勢ぞろいになっていた。
『ちょろっと賢く立ち回り、お高い装備を安値でゲット!』という俺の罪のない野望は、ここで潰えてしまうらしい。
……いや、まだ望みはあるのか?
待ち構えていた四人のうち、リリーだけは期待に打ち震えている。これなら誑しこむ余地――もとい、話し合う余地は残ってそうだ。
「さあ、タケル様! プランをお聞かせ願いましょう!」
人は禁欲生活を長く続けると、ちょっとした快楽にすら膝を屈すると聞く。もしかしたら今のリリーなら――
「ジャンケンしようぜ! でも、俺は最初にチョキをだすからな!」
程度の駆け引きで、三日三晩は喜んで考え続けるんじゃなかろうか?
さりげなく現在の指値を確認しておく。うまい具合に俺が指したままの値段だ。
「なに簡単な話だ。この『ダガー+2』は、このまま落札してしまう。そして俺かお前らかで、どちらが所有者となるかは……あー……コインでも投げて決めねえか?」
「な、なんと! そ、それでは……私共は勝てばタケル様からプレゼント、負けてもノーダメージではありませんか!」
……違うよ?
それだと俺は『安く買える』オア『二人にプレゼント』で……期待値的に負けだろうが!
美少女の満面の笑顔――ただし、その悪質さは隠しようもない――が相手だろうと、ここで負ける訳にはいかない!
しかし、気分は聖なる光に消し飛ぶアンデットも同然だ。これが節理というものか?
そんな休養十分なリリーに即死させられそうな俺を、窮地から深淵へ呼び戻す女がいた!
……アリサだ。
弓手に唐草模様の財布を持ち、馬手で隙あらばガマ口を開かんと構えている姿は………………超コワイ。
それにいつの間にかアリサと秋桜、リリーの三人で囲まれていた!
……い、意味が判らない!
ちょっとだけ狡賢く立ち回り、舌先三寸で儲けようとしただけなのに!
どうして魔のサルガッソー? なぜに折檻のトライアングル?
嗚呼、ネリウムがバリバリと煎餅を食べる音が、たまらなく気に障る! 俺は見世物じゃない!
そして弾劾の口火を切ったのは、意外なことに秋桜だった。
「なんだか分からなかったけど……とにかくタケルの口車には乗らないからな!」
どうして、ここまで頑なに?
秋桜を騙くらかしたことなんて………………自分でも驚くくらいにあった。凄くある。
「なにを警戒してるんだ、秋桜? ちゃんと話を聞いて、よく考えろ。リリーに解説を頼むのでもいい」
「だ、騙されないぞ! も、もう私は騙されやしない!」
……まだいけそうだ。
甘ちゃんなことに「騙されない」と言いつつも、耳を傾けてしまっている。今日こそは秋桜に、自分が『チョロ山チョロ子』であると思い知らせるか?
しかし、そう思った矢先――
「全ての……禍根は……今日、この場で――」
などと口走りながら、アリサが軽く腰を落としかける。
拙い。何をするつもりか知らないけれど……がま口火を切るつもりか? それはちょっと都合が悪い。
全身全霊で誠実さを絞り出しつつ、微笑みながらアリサとアイコンタクトを――「とりあえず俺を信じて、この場は任せて」と言外に伝える。
突然でビックリしたのか、アリサは顔を赤くして俯く。きちんと伝わったか疑問ではあるけれど……まあ、目的は達せられた。
同時にリリーへは目配せだ!
全幅の信頼を寄せながら、「このまま『プランB』を遂行する」とばかりに肯いておけばよかった。
もちろん『プランB』なんてありゃしない。
だが俺は、リリーが勝手に勘違いすると信じている! なぜなら賢すぎるから!
……よし、掛かった! これで数分は考えるはずだ!
まだ闘れる! 俺は……まだ翔べる……まだ……!
三方を囲まれ、不運と踊っちまいそうだろうとッ!
おそらくこれが俺の奥義ッ! 真骨頂ッ!
あれほど煩く感じたネリウムが煎餅を食べる音も、今では万雷の拍手のようだッ!
しかし、そんな万能感にすら満ちた瞬間は、ただの一言で破られた。
「ぜっーたいに嫌だ! タケルが謝るまで、絶対に取引には応じない!」
これ聞くなり場は、完全に敵地へと変わった。
もう驚くほかない。面白いぐらいに瞬く間の出来事だ。誰も彼もが、秋桜に謝るべきだと思ったらしい。
「タ、タケルさん! なんだか判りませんけど……とにかく謝っちゃった方が――」
って……お前もかよ、リルフィー!
「そ、そんなこと出来る訳ないだろ。な、なんのことだか判らないのに……」
我ながら心当たりが多過ぎて歯切れが悪い。
……どの一件がバレて、秋桜はキレちゃったんだろう?
「もう! 『キン・スレイ』の時と全く同じ手じゃんか! 騙されないからね!」
「んあ? いや……そりゃ……秋桜……アレは、お前らが……そういや違うんだったか?」
まったくの想定外な名前が飛び出し、思わず口籠る。
でも、指摘は正しいか?
βテスト末期に実装されたタレント・アイテムの『キン・スレイ』だが……『RSS騎士団』と『不落の砦』で総力を挙げての競り合いとなり、その値段も信じられないほど高騰した。
慌てて談合を持ちかけたものの、ギリギリのタイミングで密約は裏切られ……『キン・スレイ』は封印し損ね、今に至る。
けれど秋桜とリリーにいわせると話は全く逆で、俺が裏切ったことになっていた。
どちらかが勘違いしている証拠だ。おそらく秋桜達の方だが。
しかし、お互いが被害者と思っていると判明したのも、つい最近のことで……それまでは顔を合わせる度に喧嘩の種になっていた。
そして今また似たような談合を持ちかけたのだから、秋桜が警戒するのも無理はない。むしろ用心深さを褒めてやりたいぐらいだ。




