宿屋会談――5
「ちょっと待ってください。あの……問題にしてたのは『どうやって鍵を奪ったか?』ですよね? なのに……いつの間にかスパイの話になってますよ?」
脚を使って裏口を通せんぼしたままのリルフィーが、疑問を口にする。どうやら例によって話に追いつけてない。
しかし、妙に格好つけていて、いまにも――
「ここから先は『一方通行』だ!」
などと間違ったドヤ顔を決めそうな感じがする。……いや、絶対にチャンスを伺っている顔だ!
ちなみに進んではいけない側からだと『進入禁止』で、通っても良い側からのみ『一方通行』と判る。
つまり、決め台詞の誤用が意味するところは、「どうぞお通り下さい」だ。
「いや、話は変わってないぜ、リーくん。俺らの密偵は首尾よく『第一小隊』に配属された。そして鍵当番になった時点で、『宿屋』の鍵を奪ったんだ。つまり、何度も言っているように、俺達は『RSS』のメンバーを『拷問』に掛けたりしてない」
アットマークは必死に身の潔白を主張しようと必死だ。
「仲間を『拷問』されてたら、それがゲームのことだろうと流せない。……僕の知っているレベルであるのなら。あれは見方を変えたら、悪意すら隠さない集団でのイジメも同然だし」
「で、ですからッ! そこまではやってないと――」
「そして『スパイ』を使うというのも……どうなんだろうね? ゲームだからと笑って受け入れるべきなのかなぁ? なんというかスポーツの試合で、相手側ベンチへ盗聴器を仕掛けるようなというか……守るべき一線を越えちゃってない?」
当たり前かもしれないけれど、ヤマモトさんは不満顔を隠そうともされない。
………………まあ、御尤も。
ただ、難しいところではある。
『MMOは遊びじゃない』とするか『ルールだけでなく精神性も含めて守るから、遊びは成立する』とするべきか……意見は分かれると思う。
俺個人の意見でいえば――
グレーゾーンである以上、反則ではないと思う。
だからといって賛同はしないし、無防備に諦めもしない。対抗策もとる。
そして他に手段がなければ、自らで行うのも吝かではない。
なんてところだろうか?
相手のサインをこっそり盗み見る程度ならテクニック。でも、ベンチに盗聴器はやり過ぎだ。ましてや番外戦術で暴力行為なんて、許せそうにない。
我ながら実に優柔不断で……汚い玉虫色だろう。
「それに全てを話さないのなら、当然に和解も不可能だぜ? 大負けに負けて、過去にゲームの一環としてスパイを送り込んだことは許そう。だとしても現在進行形は駄目だ。スパイのメンバーは引き上げてもらわないと」
やや先走ってしまったか?
ヤマモトさんへ確認の意味で視線を送ると――
「うん。まあ……『拷問』レベルの暴力行為――精神的にだろうと、あれは暴力だからね――は無かった訳だし……過去のことは流してもいい。なんといっても非常時だしね。お互いに仲良くやろと、すでに合意も得ている。でも、いま潜伏しているメンバーは、あー……BANというんだっけ?させてもらうよ」
しかし、それなりに気前のよい要求だったにも関わらず、なぜかアットマークの奴は困惑してしまった。
「え? 現在進行形? いや……そういうのも……あり得るかもだけど――」
「おいおい、この期に及んで惚けるなよ。お前の説明じゃリスクとリターンが一致してない。そんなチョンボを、モヒカンの奴がやる訳ないだろ?」
……マジに悩み始めやがった。
なるほど。一枚落ちるという自己申告は、謙遜じゃなかったらしい。
「あのな? 手間暇かけてスパイを送り込んだ。千載一遇の好機を捉え、見事に『鍵』も奪い取れた。で、それを即座に返却? 『やーい、ざまーみろー』と囃し立てるだけで?」
「いや……うちのギルドは……そういうの好きな奴が――」
「んなっ訳ゃねーだろ! いや、それはそうかもしれないけど……そうじゃねぇ! いいか? この一件が大事にならなかったのは、うちのハンバルテウスが隠したのもあるけど……その日のうちに『鍵』が返却されたからだ。そうじゃなかったら、即座に大騒ぎだろうが!」
そうかとばかりに納得してやがる!
他の者ならいざ知らず……アットマークだけは、それじゃ駄目だろう!
「僕もタケル君の言う通りだと思うね。それだけ切れる人物像なら、見返り無しで『鍵』は返さない。うーん? どこまでいける?」
「俺なら交渉の体は整えて、恩を売り……貸しと思わせ……引き続きメンバーの潜伏――もちろん、別人と交代で――を呑ませる。結果、スパイは送り込んだまま――どころか、ある程度の便宜すら要求可能に。そしてハンバルテウスは、イリーガルな取引の窓口とする。 ――ですかね?」
「良い線ついてると思う。それなら実質的に損はないし……ハンバルテウス君を窓口化することが、真の目的だった可能性すらあるね」
俺とヤマモトさんで展開されていく読みに、アットマークの奴は口をパクパクさせていた。……お前は金魚か!
「つまりだな、現段階も最低一人のスパイ――お前のところから差し向けられた――が潜伏してんだ。そいつの名前を教えろ。もちろん、安全は保証してやる。外交官でもないけど……元のギルドへ強制送還するだけだ」
「えっ? いや……でも……その……しらばっくれる訳じゃないけど……俺は知らない。そういうのを知っているのはモヒカンだけだ。う、嘘じゃないぜ! 信じてくれ!」
「隠しても無駄だぜ? 団員の入団日を照らし合わせれば、すぐに誰なのか絞り込める。『鍵』が奪われたのは『アキバ堂』の開店日だから……それ以降で確定だろうしな」
「いや本当なんだって! 駆け引きじゃない! 最初の作戦を知っていたのだって、俺自身が潜伏メンバー候補だったからで……つまりは偶然なんだ。お頭は『秘密が漏れないよう、知る人が少ない方が良い』って考えの人だったから――」
ほとんど半泣きでアットマークは弁明を続ける。
……本当に知らなさそうだ。今後を思うと、さすがに思いやられる。
「何でもかんでも『お頭しか知らない』で通そうとしてないか?」
「タケル君……いくらなんでも、それは言い過ぎだ」
思わず暴言が漏れ、サトウさんに咎められた。
……どうやら疲れてきたらしい。口のコントロールが効かなくなってる。
「悪かった、アットマーク。いまのは失言だった。取り消させてくれ」
「……こちらこそ。きちんと引継ぎをしてないうちも悪かったし」
現状は誰にとっても不意打ちだ。準備万端だった奴なんていない。多少はお互い様と流すのが筋だろう。
「――それで、どうします?」
「うーん……その間諜役の子も、この不具合でさぞかし不安だろうね。早いところ帰してあげられない? あと、ハンバルテウス君には……まあ……少し反省してもらおうかな。そうなると……事実関係の調査もいるね。頼めるかい、タケル君?」
そう仏頂面なままヤマモトさんが仰ったので、今後の方針が決まる。
………………正直、いまから気が重くて仕方がない。




