宿屋会談――3
咳ばらいを連発しておく。……まずは仕切り直しだ!
「大丈夫か? まあ、風邪では絶対あり得ないと思うけど」
「うるさい、ほっとけ! と、とにかく! 一つでも外部の者の手に渡ると、残り全ても今みたいに奪われかねない。トレードの場合も、他に鍵がない証明を兼ねて、常に六本セットでとなる訳だ」
混ぜっ返すアットマークを一喝?し、説明の続きへと戻る。
しかし、そんな俺の横でアリサは、受け取った鍵へ鎖か何かを通そうとしていた。凄く嬉しそうだ。
……俺の威厳なんて元々無いにも等しいし、まあいいか。
「あー……で、まあ……一つ取られたら全部取られたも同然だから、鍵の管理は厳重に。間違っても放り出したりしておかないで、アイテム欄へしまっておく」
「ふむ……その注意は『手引書』にもありましたね。しかし、何故なのです?」
やはり大事そうに鍵を手にしたネリウムが、真剣な表情で訊ねてくる。
『手引書』は――情報部で作成した極秘マニュアルは、このゲームの攻略本じゃない。当然な前提で話されては困る。
いや現『ラフュージュ』幹部としてなら、その閲覧権は認められるか?
まあ、この場のメンバーに秘密とするほどでもない。用心にもなるし、カラクリは知っておくべきだろう。
「実に簡単な話です。このゲームにはアイテム強奪系のスキルが存在しません。なので他のプレイヤーが持っている――アイテム欄内へ入れている所持品が欲しかったら……それこそ『拷問』にでもかけるしかない。だから絶対に盗られたくない物は、身に着けずにしまっておくのがベストなんです」
なるべく簡単に説明したつもりだが、上手くできただろうか?
厳密にはアイテムと装備品で扱いが違う。
装備品類は正式なトレードでなければ所有権が移らない。もし盗まれたとしても『故買商』のNPC経由で、簡単に回収できる。
……βテストで俺達『RSS騎士団』が、片っ端から叩き売って回った成果だ。
そんな訳でアイテムに限定した話だったのに……愕然とした様子のアリサは、ネックレスにして首に掛けかけた鍵を、慌ててメニューウィンドウへ仕舞い込んでいた。
うん。少し大げさに伝わっちゃったらしい。
「待った。ちょっと待って欲しい、タケル君。――それに他の皆も。まず現時点を以て、この場からの出入りを禁止したい。――サトウ君、出入り口を。あー……もう一つは――」
「……? リルフィー、裏口を封鎖してくれ。――これで良いですか?」
突然に真剣な口調となったヤマモトさんへ、とにかく応じる。
……荒事だろうか?
しかし、出入り口は――扉周辺はPKすら許されてるし、その門番がサトウさんにリルフィーなら万全だろう。
「まず、その『拷問』?の説明をして欲しいんだ。言葉通りなのかい?」
「えー……まあ……その……言葉通りといいますか……下手したらそれ以上です。他人のアイテム欄の――メニューウィンドウ内のアイテムは、その本人にしか取り出せません。なので色々な手段を使って、取り出してくれるよう説得します。それの俗称が『拷問』ですね」
「あれかい? βテストの頃……タケルくんは、あるプレイヤーに『二度とログインしないで欲しい』と強く説得した。それこそ『RSS騎士団』の権勢すら使って。あれと同じ?」
ヤマモトさんが仰ってるのは、『ゴブリンの森』に出没した強姦野郎の一件だろう。
「まあ、その……ほぼ同じです。こちらの要求を呑むまで、強く説得し続けます。あの時は要求を引退だったので、念を入れる必要がありましたし、手間も掛かりましたけど。普通は……脅し程度からですよ?」
あの時は最終目標が厳しかった。
一プレイヤーの立場で誰かを引退へ追い込むには、PTSDになるぐらい徹底的にやる必要がある。
それこそゲームのCMを見ただけで発作、VRマシーンを使おうとしたら吐き気と……一生ものなトラウマを植え付けねばならない。
ハッキリいって大変だ。至難の業といってもいい。
あの一件では協力者も多数で、すぐに『世界対あいつ』の図式へ持ち込めた。だから順調に進み、首尾よく相手の心を折れたのだと思う。
……予想より早く解決して、驚いてしまったほどだ。普通なら長期戦だし、成功も確約されない。
「では、やっぱり楽しい方法ではないようだね、『その拷問』というのは。される立場となったら、尚更だろう?」
「そりゃもちろん、そうですけど……なんというか……有言実行といいますか……やるとなったら絶対に最後までやる必要もあって……そう簡単に選べる方法でも――」
「うん。僕の予想通りだ。仕掛け側も覚悟ということは、苛烈ということでもある。もし仲間が『拷問』に遇わせられてたら、決して許せないんじゃないかな。そう思わないかい、アットマーク君?」
なぜかヤマモトさんの矛先は、意外な人物へと向けられた。
しかし、奴の方も覚悟していたのか、緊張の面持ちで――
「誤解だ。いや、煙に巻くつもりはないし、質問にも正直に答える。でも、まずは説明させて欲しい」
と、ゆっくりと両手を挙げる。降参のジェスチャーだ。
「でも、君達が――『モホーク』がうちの子を――『第一小隊』の子を『拷問』に掛けていたのなら……我々も手段は選ばないよ?」
据わった目をされたサトウさんが、剣呑なことを口にされた。……おそらく脅しではない。
けれど『第一小隊』? しかも『拷問』? どういうことだ?
「僕はね、ずっと不思議だったんだ、ジェネラルから話を聞いて。なによりも謎な点が多すぎた。そして、ここにきてタケル君は、『拷問』でもしなけれゃ鍵は奪えないという。では、そういうことなんだろう?」
にこやかな顔でヤマモトさんは問うけれど、それでいて目は全く笑っておられない。
そして第一小隊、『モホーク』、『宿屋』の鍵を強奪と……やっと俺も追いつけた。これは『アキバ堂』開店の日の話だろう。
あの日、第一小隊は『モホーク』に『宿屋』を奪われていた!
……らしい。
それを話として聞いたのは、パトロールに出た日だったか? ジョニーと決闘をする羽目になった?
俺はリンクスに『第一小隊』の様子を調べてもらってた……気がする。確かハンバルテウスの予算配分に疑問があって。
あの大騒ぎで有耶無耶となってしまっていたけれど、間違いない。思い出してきた。
そして鍵を奪うのに、『拷問』でもするしかないのであれば……こいつらはした……のか?
「まず鍵を――『宿屋』を、あんたらから奪ったことは認める。でも、その手段に『拷問』は使ってない。別の方法を使った。というか……無理なんだ、あんたらを――『RSS騎士団』のメンバーを『拷問』へ掛けるのは。それは判ってくれると思うぜ、タケル?」
そんな主張をアットマークはしてくるけれど……どうしたものだろう。




