宿屋会談――2
しかし、いつまでも男数人で「ウヘヘヘ」と笑い合ってるわけにもいかない。
リルフィーの言うことも尤もだとばかりに、全員がメニューウィンドウを呼び出す。取引の開始だ。
俺はカイの用意してくれたマットをテーブルの上へ広げる。
それには『砦の街・東』二〇一、二〇二……『砦の街・西』二〇一、二〇二……『第二の街』二〇一、二〇二……と部屋番号が書いてあり、今日の作業を助けてくれるはずだった。
「僕らは置けば良いのかい? 同じ番号のところへ?」
「いえ、先に確認したいので、まず俺へ渡して下さい。一時に同じ番号だけで。――手間だけど、一部屋ごと順番な」
ヤマモトさんの取り出された鍵束を受け釣りつつ、他の参加者へも説明しておく。
そして鍵束を握りしめたまま、手ごとメニューウィンドウへと突っ込む。
ウィンドウ内で「『砦の街・東』二〇一の鍵」と説明が浮かぶ。同時に積み重ねられて「×6」となった。
これで確認完了だ。きちんと同じ鍵が六本ある。
さらにアイテムイベントリへは――メニューウィンドウへは仕舞い込まず、先ほど広げたマットの同じ番号へ積み重ねておく。
「はい、次の分です」
いちいち大変と思ってくれたのか、アリサが次の束を渡してくれる。
「ありがとう」
お礼を言いつつ確認し、メニューウィンドウから取り出すと――
「置きますよ。何号室ですか?」
と珍しく気を利かせたリルフィーが手を伸ばしてきた。
「サンキュー。それは西の二〇五」
そんな風に三人がかりで作業をすると、思ったよりも早く片が付いた。俺が預かっていた分も含め、全ての鍵が勢ぞろいとなる。
「うーん? これを分け直す……のは、解るっス。同じギルドなのに東や西、『第二の街』の宿だったりと、バラバラじゃ大変だと。でも……少し念入り過ぎないっスか? その……ほとんど仲間内での取引なのに?」
「いや、そうでもないぞ。まあ……あー……習慣的な公正さ?は意識してるけどな。『宿屋』の鍵は少し特殊な仕様だから、六本セットじゃなきゃトレードできないんだ」
不思議そうなリルフィーへ答えるも、アットマーク以外は同じように首を捻っている。どうやら説明しておいた方がよさそうだ。
「『宿屋』の鍵を持つプレイヤーは該当する部屋の開け閉めと、鍵を持っていないプレイヤーのキックができる。この二つの権限があるから、部屋を自由に使える訳だ」
とりあえずの大前提を確認すると、誰もが当然とばかりに頷く。
「でも、実はもう一つ隠れた権限が――それも凄く重要な権限がある。それは鍵の返却だ」
しかし、やはりアットマーク以外の面々は不思議顔だ。「それがどうした」と言わんばかりの顔をしている。
「よし、何を警戒しているか――といより、保証しているのか実演しよう」
俺預かりだった鍵束を拾い上げる。上手い具合に、いま俺達がいる『宿屋』のものだ。
「六本ある。これが大事だ。このゲームでは部屋の規模に関わらず、最大で六本しか鍵を貸してくれない。だから同じ部屋の鍵が六本あれば、即ち全部あるということだ。また逆に、他の誰も鍵を持っていない証明でもある」
そう言い終えて、リルフィーへ鍵を二つ放り投げる。
「一つはネリウムさんの分な。――はい、アリサの分」
ついで隣のアリサへ鍵を手渡すも………………どうして顔を赤く?
「……? まあ、あれだ……こんな風に『俺達のアジト』だとか……『家』とか――」
「『家』が! 『家』が良いと思います!」
真剣な表情でアリサが推してきた。両の拳を強く握っていて、力の入りようが良く判る。
「え? あ、ああ……じゃ、じゃあ……まあ……『俺達の家』として部屋を占拠してたとしよう」
「二世帯でルームシェアでも……ネリーとならきっと上手く――」
「わ、私は……そ、そのような……まあ……吝かでも――」
アリサは妙なテンションだし、珍しくネリウムは動揺している。
……うん。これツッコんだら痛い目に合うパターンだ。
経験則の囁きに従い、何も見なかったフリをしておく。……これが万能解だろう!
「じゃあ、リルフィー。お前の分を返却しちゃってくれ」
「………………いいんですか?」
「いいから! なんで嫌がるんだよ!」
なぜか逆らうリルフィーへ怖い顔をし、手順を進ませる。すると――
「嗚呼! 二人の部屋の鍵が!」
とアリサから悲痛な叫び声が上がる。
手の中の鍵が消失して驚いたのだろう……たぶん。
「………………お、俺は悪くないっスよ? タケルさんがやれって……」
「リーくん! なんたる甲斐性のなさですか! いいですか、いくらリーくんといえど許せない場合も――」
なぜかネリウムも御冠だ。
……これ、単なる実験のはず……だよな?
とにかくリーくんが大ピンチなので、助け舟を出してやることにした。隣から凄い霊圧も感じるし!
「よし、それじゃリルフィー。改めて部屋を借りてくれ。もちろん、鍵は六本な」
「イ、イェッサー!」
叫ぶように答え、VRMMO廃人らしい素晴らしく洗練された動きでNPCとの交渉を開始した。
……なにが奴をあそこまで駆り立てるんだ? 判るような、判りたくないような……。
「はい、ネリーの分! ――タケルさん、投げますよ!」
返事をする間もなく、凄い勢いで鍵が投げつけられる。
まるで手裏剣だ。イメージアシストに頼り、なんとか受け取ると――
蕩けてしまいそうなほど甘く満面の笑みなアリサが、無言で両手を揃えて差し出してきた!
顔が赤くなるのを感じながら、右手が鍵を渡しているのをぼんやりと眺める。
のうが……えきじようか……しそうだ。アリサ……かわいい……それしか……かんがえられそうも――
………………いま勝手に手が動いたぞ! なんでだ?
これが本域の攻撃力……というやつか?
拙い! 侮っていた! 凄い女子力だ!
アリサが本気でおねだりしてきたら、誰も抗えないんじゃないか?
少なくとも俺には不可能事に思える!
だが、その慄きに身を任せてもいられなかった。
気づけばヤマモトさんやサトウさん、それにアットマークが荒んだジト目で俺とアリサを眺めてる!




