アウトサイダー取引――2
ちょっと名前が思い出せそうになかった。……誰だ?
まあ、向こうは俺を知っているのに、こちらは判らないのも日常茶飯事ではある。いちいち気にしてたら始まらない。
「確かに。嫌いじゃないぜ、こういう……あー?……質実剛健?とでもいうのも」
多少のリップサービスも苦痛じゃなかった。なにより嘘じゃない。
聞いた相手も相好を崩し、とても嬉しそうだ。まずはwin―winの関係を築き上げれたか?
「タケルさん……それをお求めに?」
と訪ねてくるアリサは、なぜか少し困った顔をしている。
なんだろう?
敢えて言葉にするのなら「もう、また玩具を買うんですか? 確か同じの持ってますよね?」みたいなニュアンスといったら伝わるだろうか?
呆れと諦めのハーフ&ハーフに、甘やかしを添加した感じで……心を強く持っていないと、こちらの顔が赤くなってしまいそうだ。
しかし、やや意味不明ではありつつも、その隣のネリウムより質は良かった。……遥かに。
「ふむ。私……そろそろ『のびのび君・二号』が欲しかったのです」
………………それを何故に俺へ?
けれど思い付いたことをそのまま口にするほど、もはや俺も初心ではない。
これでも歴戦の……勝ち続けてきた訳でもないが、とにかく戦績だけは残してきている。
「おい、リルフィー! ネリウムさんが何か言っておられるぞ!」
「ちょッ! いきなりッ! ………………『のびのび君』は『ダガー』じゃなくて、『フレイム』の改変なんだよ、ネリー」
聞いてネリウムは、そうだったのかとばかりに深く何度も頷く。
まあ、確かに事実ではある。ネリウムが愛用する『のびのび君』は、いわゆるスパイク付き鎖分銅の改変だ。
しかし、ただそれだけの話でしかなく……次は『フレイル+2』を探すだけに思えるのは、俺だけだろうか?
……老婆心ながら忠告しておいてやるか。
そのような問題の先延ばしは、却って窮地に追い込まれる原因だぞ、リルフィー!
しかし、俺のアドバイスは届かなかったのか……やや強引にリルフィーは言葉をつなげ、話題を切り替えてきた。
「そ、それでッ! 入札するんですか、タケルさんッ! 次は鎧だと思ってました、オーバーエンチャント装備を買うのなら」
苦し紛れにしては、最も過ぎるほどな見解といえる。
メインの武器に先生からお預かりした『バスタードソード+3』がある以上、強化するのは防具――唯一の装備である鎧がセオリーだろう。
やはり総合的な防御力に劣る『腕力』型であれば、けっして防具の強化は手抜けない。
それに厳密にいうと俺は、本格的な二刀流でもなかった。
『片手で剣を操り、逆手は空ける』『両手で剣を振るう』『両手各々に武器を持つ』と……その時々の状況に応じて変化するスタイルだ。
二刀流だとしてもパートタイムで、常にサブの武器を必要とはしていない。
なので逆手用の武器――『ダガー』も高級品にする必要はないのだが……そこに『火力型』のジレンマがあった。
ほぼ全てを犠牲にして『腕力』に特化させている。なので当然に短所は耐久力だ。
だからといって弱点補強を防具優先で整えると……場合によっては「良い武器を持った『体力』型に、火力で並ばれる」なんて最悪な状況に陥ってしまう。
唯一の長所で追いつかれ、短所ではダブルスコアの大敗だ。もう存在意義すら疑われる。
それが逆手用であろうとも、惜しみなく武器にも資金を投じる必要があった。
なにより『火力』型の奥義――「二刀にスイッチすることで、特化させた『腕力』ボーナスも倍!」が燻るようでは、それこそ『火力』型の沽券に関わる。
「ここいら辺りで+2に買い替えても良さそうだしな。それに安い! これはお買い得だろ?」
そんな俺の断言に、売り手の男は肩を竦めて返してくる。
「まだまだオークションは始まったばかり。これから高くなるんだぜ」とでも言いたそうだ。
しかし、それは事実でもあり、間違ってもいる。常にはそうじゃない。
「いや……あれだろ? この三人目の入札者……秋桜かリリーだろ?」
聞いて男はキョトンとしている。
表情の変化から探った感じだと、「いや、それがどうかしたか?」だろうか?
間違いない。入札者は秋桜かリリーで決まりだ。
「なぜ判るのです? 記入されている名は『ジェーン姉妹』。これでは匿名に思えるかもしれませんが……あの二人と断定も不可能でありましょう」
「簡単な話です。ゲーム中に名前を記名する場合、可能なら匿名を使えと秋桜へ教えたのは俺ですからね。その時からあいつ――とリリーは、『ジェーン姉妹』を使っているんです」
なぜか興味津々なネリウムへ答えるも……な、なんなんだ、このプレッシャーは! ニコニコと笑顔なアリサに、なぜか気圧されそうだ!
「い、いやッ! アリサにも教えただろ? 下手にプレイヤーネーム書くと、良からぬ輩に絡まれたり、敵対的プレイヤーに妨害されたり……碌なことにならないって」
俺の説明に凄みを滲ませたアリサさんは、可愛らしく小首を傾げていた。
記憶を辿っているのだと思うけど……俺の言葉を吟味しているのかのようにも見える。
ここは先手必勝! 謝るか? だが……なんて謝罪の言葉を口にすれば?
「あー……なるほど。女の子は色々と煩わしそうですねぇ……いまは全体メッセージ使えないから、ほとんどオークションだろうし。苦労してそう」
「そう、それだ! 敵対勢力だから釣り上げ工作なんて序の口で……『気になるあの子の代わりに落札してプレゼント!』なんて考えるアホまでいるらしい」
渡りに船とリルフィーのぼやきに乗っかってみる。
……ミスター泥船ことリルフィーであっても、そうそう沈むはずがない!
「それで入札を? いまいち辻褄が合わないと申しましょうか……それでは秋桜たち『不落の砦』への嫌がらせになりそうですが?」
実に不思議な見解をネリウムが主張する。これは変わり者だからか?
しかし、その隣のアリサも何ともいえない困り顔をし、眉根を寄せていた。
「いやいやッ! 知り合いと競合になったからって、オークションなら正々堂々と――」
「確かにレアものであれば、仕方ありませんけれど……今回は……」
「ゲームのルールは判らないですけど……譲れるときなら喧嘩はしなくとも」
即座に否定された。
……これが男女の間に流れる深い河ってやつか?
「そ、それにッ! 俺が参入しても、秋桜――かリリーは困らない! ふふっ……我に秘策アリ……だ!」
しかし、全身全霊で以て断言したのに、三人ともに呆れ顔で返してくる。
……仲間甲斐のない失敬な奴らだな!




