高度に発達した科学は宗教とも見分けがつかない――1
痙攣しだした脚は、もう限界の近いことを知らせてくる。
さらには架空であるはずの肺が、空気を求め激しく膨らむ。
額から――背中から――脚から――身体中のあちこちから滝のように汗が流れた。
これは雰囲気だしの演出なのか? それとも実際に身体が――アバターが悲鳴を?
しかし、考える余力と暇はなかった。
いまにも力尽きてしまいそうになっている! 何もかもを投げ出してしまいたい!
「大丈夫か?」
そう目で問うようにシドウさんが振り返られた。
「もちろんです!」
俺もまた、視線だけで答える。
シドウさんだけに頑張らせる気か? せめてあと一漕ぎっ!
まるで鉄のように重く感じる脚で、ペダルへ力を伝える!
「うおぉーー!」
反対側にいたリルフィーが、雄叫びじみた気合を発する。
……糞っ! まだ粘ってやがった! 早く諦めればいいものを! 勝てないとしても、負けたくはない! あの勝利を確信したヘラヘラ笑いが気に障る!
怒りを力へ転嫁しろ! 歯を食いしばれ! 根性でもう一回転だ! しかし――
重い!
まるで世界全体と思えるほど、ペダルは重かった!
『腕力』型の『戦士』にしてステータスもカンストな俺にですら、動かしがたい山のような質量を感じる。
……いや間違っているか?
そもそも同じ作業を継続できるかは、スタミナに――『体力』に左右される。
『体力』型の『戦士』にして、やはりステータスをカンストさせてるシドウさんやリルフィーに勝てるはずもなかった。
だが、それでも! 粘れば引き分けにぐらいは!
などとペダル漕ぎ奴隷かモルモット状態の俺達を他所に、ミルディンさんはテンションMAXとなられていた。
「クックック……フハハハハ…………ハーッハッハッハ! 神よ、ご照覧あれ! 私は今、見い出されなかった道を探し出す! 嗚呼、今日を境に世界は変わる!」
その眼前には複雑怪奇にパイプが配管された、ちょっとした小屋ぐらいの大きさのオブジェがあった。
……まるでスチームパンクの悪夢から抜け出してきたようだ。
俺達の送る動力の振動で微かに揺れ、それが機械の鼓動じみていて……激しくアヤシイ!
さらには何処からともなく風が吹き、ミルディンさんの羽織られた白衣を激しく煽る。
雷が落ちず、晴天なままなのが不思議なくらいだ!
……もしかしてミルディンさんが呼びかけたのは、『科学という名の狂える神』か?
アシスタントとして駆り出された元・攻略班&調査班のオペレートも始まる。
「圧力、八十……九十……百!……順調です!……百十……百二十! 圧力充填百二十パーセント! 余剰圧力の備蓄開始!」
メモリとして百二十パーセントは変に思えるけれど、それは古式ゆかしい様式美というもの……らしい。
先生方はもちろん、元・攻略班&調査班の奴らまで同意したから、それなりに常識……なのか?
そして人の背丈ほどもあるレバーを、数人がかりで押し倒す!
どうして? なぜ、そんな大きさ? そして何の為に水蒸気らしきものが噴出?
もう何もかもが、激しく意味不明だ!
「出力安定! 諸数値……最終確認完了!」
報告を受けたミルディンさんは、重々しく肯かれた!
「さあ、わが愛娘『キティ』よ! 我らに道を――解を示せ!」
恭しくスイッチを押す様を、誰もが固唾をのんで見守る!
俺もまた例外ではなく、ハンドルへ身体を投げ出すようにしながら、解の出力場所であるドラム式表示板を凝視した。
だが動かない!
表示板は『0』のままだ!
『1』+『1』を計算したのだから、二進法に則って『10』と出力されるはずなのに、『キティ』は身動きもしない!
「な、なぜだ! なぜ動かん! 頼む『キティ』! お前が動かねば――」
嘆かれるミルディンさんを尻目に、クルーラホーンさんが声を張られる。
「はい、休憩! 実験は一時中断ねー。動力担当の皆、お疲れさまでした! しばらく休んでて。制作担当の諸君! 諸君らは自分の受け持ち区域を再チェックだ! 今日のうちに、あと何回か始動テストしたい!」
それを聞いて全員から溜息や無念の言葉が漏れる。
……なぜだろう? それが俺には、健全な世界へ帰還できた証に思えてならない。
わらわらと配管のお化けへ取り付く制作担当……先生方と元・攻略班&調査班による合弁チームを眺めていたら――
「はい、タケルさん! タオルにドリンクです! 良ければレモンの蜂蜜漬けも!」
とアリサから差し出された。
サンバイザーにポニーテールでジャージの上下と、まるで運動部のマネージャーみたいな恰好で……とても可愛い。
ただ顔は真っ赤になってて視線も合わせてこないし、非常に居心地が悪そうにモジモジしている。
……当たり前か。
俺やリルフィー、それにシドウさんたち第二小隊の動力担当は、上半身が裸で下はピッチりしたスパッツで……ちょっと目のやり場に困る恰好だ。
慌てて受け取ったタオルでざっと汗を拭い、首へかけるようにして乳首を隠す。
紳士たるもの、妄りに婦女子の前で乳首を晒さぬもの!
……らしい。つい最近仕入れたマナーだ。
しかし、これで良かろうとアリサの様子を伺うと――
全然駄目だ! まるで効果がない!
まるで俺がセクハラしているみたいだし、恥ずかしがられるものだから……逆に意識させられる!
しかし、まだアリサは正常というか、普通というか……対応しやすい部類だろう。
「ふふ……我が背は細い方と思っていましたが……意外と……中々……」
「ちょっ! ネリーの姐御! そんな衝動を抑えきれなくなりそうな快楽殺人狂の道化師みたいな顔してないで、撮影場所を譲ってくださいよ! あたしらリシアさんと『聖喪』の大姐御達に厳命されてんですから! 必ず撮影してくるようにって!」
などと言い争うネリウムと元・HT部隊の娘達に比べれば!




