その名も『誘い受け』の計……と呼ぶらしい――3
とにかく戦争回避は成された。
それだけは間違いない。もう喝采を上げても良いぐらいだ。
確かに事後処理は残っている。……というより山積みか。
しかし、その一つひとつに解決策がなくもない。
例えばヤマモトさんが条件にされた――というか要求されたアジトも、すぐに手配可能だ。
ちょうどギルド『モホーク』から占拠していた『宿屋』の『鍵』を託されている。そのままヤマモトさん達へ貸してしまえばいい。
『RSS騎士団』はβテストの時にジェネラルが立ち上げられ、その後、俺の進言もあって全ての『宿屋』を占拠。ギルドホール実装の際には、その大半を所有すらした。
一時期は世界最大の版図を得たといっても過言じゃない。世界征服の達成すら、あと一歩のところだった。
それが『宿屋』の何部屋か所有にまで縮小となるのは、さすがに感慨を覚えなくもない。
……まあ俺にしては、マシな待遇を用意できた方か?
ギルドホール所有に次いで『宿屋』占拠は安全で快適だし、対外的な面目だって保てる。不自由だって、それほど感じないで済むはずだ。
また『宿屋』の『鍵』を強奪は難しい。自分で『鍵』を持っていないと自由に譲渡できない。
ちょうど預かっていたから――
……あれ? 何か引っ掛かるような?
これについて、もう少し考えるべきか? というか、なぜ気になる?
「どうかしたのかい?」
不信そうに――というより隙でも伺うように尋ねられた。……意外とヤマモトさんは、勝ち負けに拘るタイプか?
「いえ! これからのことを少し」
「ふーん……なら、べつに良いのだけれど」
そう仰られるけれど、軽く拗ねられてる。
……やっぱり負けず嫌いらしい。サー・パーシヴァルを――隠遁騎士団を否定されて、やや不機嫌そうだ。
「ま、まあ! 後でも良いことばかりですし!」
慌てて誤魔化すも、それは的も射ていた。
もう急がなくて良くなっている。
ハンバルテウスは開戦へ踏み切れなくなり、俺にそうするつもりもない。
結果、戦争は起きようもなくなった。残るは細々とした事後処理だけだ。
そして時間をかければかけるほど、ハンバルテウスと対話の可能性だって生まれる。
何か見落としているような、忘れているような感覚があっても……いや、そうであればあるほどリソースとして時間は貴重だ。考える為の余裕が得られる。
この流れは歓迎するべきだろう。
そして固唾を呑んで俺とヤマモトさんを見守っていた人達も――
「『分かってますよね、俺の言っていること?』 そう口にするなりタケルは、甲冑の喉輪を毟り取るように脱ぎ捨てた! 『タケル君! 考え直すんだ! 僕には妻と娘が!』」
「『いいんですか、そんなことを言っちゃって……俺の腹積もり一つでギルドは……』 『ギルドの皆は関係ないだろう! そ、それに! 彼らには……彼らには手を出さない約束を!』 ――定番だけど牡丹の華を散らす? それとも薔薇?」
「これぞ……『はいはい……ギルメンの為……ギルメンの為』……様式美! リリーッ! 白飯を持てッ! これで……どんぶり……三杯は……余裕ッ!」
などと『聖喪』の姉さん方は大きな声で話し合っており、何を言っているのか分からねーと思うが、もちろん俺にも分からない。
……介入した方がよいのだろうか?
しかし、この距離からでもエンジン全開絶好調! 触れたら火傷でもしてしまいそうな熱意が感じ取れる。
「す、すげえぜ……さ、さすがは『ツーハンド』!」
「俺達じゃ真似のできない守備範囲の広さ! 雄として格の違いを見せ付けられた気分だぜ」
などと野次馬共も騒いでいるが、まるで褒められてる気がしないのは何故だ?
さらにアリサと秋桜の様子もおかしい。
「嗚呼……もう何もかもが……煩わしい。……誰にも邪魔されない世界で……私だけが……永遠に……お世話を……二人っきりで……」
「お姉さま達の仰る通りだったんだ……男の人を……そうだから……あの時も……」
少し聞き取り辛くて、何を言っているのか完全には理解しかねたけれど……やや虚ろな目つきが怖かった。そして――
「これは……世にいう『下剋上』? しかし、そうだとすると間尺に合わないような? 見たことを素直に感じ取るならば……『下剋上』の形式でありつつ……『誘った』? でも、そんなことが可能なんでしょうか?」
なにやら考え込むリリーも異様だ。
いや、あいつの知力であれば、目の前で起きている雑多な出来事も説明可能か?
どうも女性陣は、開戦寸前まで昂ったテンションに振り回され気味らしい。少しクールダウンの時間が必要にも思える。
まあ戦争回避となって、まだ数分だ。無理からぬことか? とりあえずは『触らぬ神に祟りなし』が安定だろう。
ただ、ヤマモトさんの接待を頼めないのは困りものだ。
これから甘言を弄する予定――もしくは篭絡した形を装うのだから、形式的になろうと饗応した方がよいだろう。
……後からアリバイを作るようなものだが。
「そうだ! ヤマモトさんは『ブルーオイスター』という店はご存知ですか?」
「なんだい、それは? このゲーム内での話かい?」
都合の良いことに、ご存じないご様子だった。
あそこならショービジネスの玄人がいるし、俺のような若造の接待でも助けてくれるだろう。
それにマダムであるガイアさんは、どうしてか熱狂的なヤマモトさんのファンだ。歓迎まちがいなしといえる。
また『RSS騎士団』の棟梁が『組合』幹部と顔をつなぐのは、そう悪いアイデアでもない。
「もちろん、このゲームでの話です! 楽しいお店ですし、お引き合わせたい方もいますし……ご足労願えませんか?」
そう口上を述べた俺は、やや悪い顔になっていた……かもしれない。




