その名も『誘い受け』の計……と呼ぶらしい――2
勝ちたいのであれば『積み上げる』でも『相手の山を崩す』でもいい。そしてさらに――
『自分の山を崩す』でも目的は達成……できる?
いや、違う。そうじゃない。
常には成り立ちそうにないし、その必要もない。現実に即していれば――今回に限って成立すれば十分だ。
………………ならば問題は……ない?
確かに冴えたやり方であるが、非常に危険な選択肢でもある。
ようするに「自国と他国が戦争になりそうだったので、自国の戦力を削って開戦不能にした」だが――
史実に当てはめると『売国奴』だとか『裏切者』と呼ばれやしないだろうか?
また俺は戦争を回避できれば満足だけど、誰もがそうとは限らない。
相手が勝手にコケてくれたのだから、「またとない好機!」と考えてもおかしくなかった。
……その辺は信頼されている証拠か。俺なら矛を収めると。
さらに引っ掛かることもあるのだけれど、それが何だか判らない。奥歯に何か挟まってしまったような違和感も覚える。
「思い切りましたね。あー……ギルドホールを用意すれば? それこそハンバルテウスを追い出すじゃダメなんですか?」
「うーん……それでも良いかもなんだけど……少しやり過ぎにも思えるんだ。『言うこと聞かなきゃ追い出すぞ』は……やっぱり、ね?」
しかし、だからと言ってヤマモトさん達が出ていくのも変に思える。
「それは……集団である以上、仕方のないことでは?」
「でも実際、シドウ君は納得いってないんだよ。彼にとっては年下なら、誰だろうと守るべき弟分だし。……甘やかしすぎは為にならないのだけれどねぇ」
シドウさんらしくはある。
また、それで問題点というか……不備にも気付いた。
「……可能性としてシドウさんは残留も?」
「うん。あり得るよ。サトウ君の方は納得してくれてるんだけどね。こればっかりは命令する訳にもいかないし。いっそのこと、残りたい子の統率を頼んじゃおうかな」
満足の笑みを漏らしながら、ヤマモトさんは説明を捕捉される。
……いつのまにかテストが仕込まれていたらしい。危ないところだった。
おそらくヤマモトさんは、巧遅より拙速を尊んだのだろう。間違いない。賭けてもよいくらいだ。
その証拠に根回しなどが済んでない部分もあり、らしくなく第三小隊の面々に抜け駆けされたりと……全体的に荒も目立つ。
しかし、素早く大胆な手を打つことで、全体のキャスティングボードを握られた。
ここからの挽回は至難だし……逆に『ハンバルテウスによる宣戦布告』で先を越された場合を考えると肝も冷える。
……だからこそ急がれた? その実、水面下では競争だったのか?
「ちょっとシドウさんが貧乏くじ過ぎませんか?」
「さすがの僕でも思わなくはないね。まあ……ハンバルテウス君と同様、シドウ君も勉強かな。真っすぐで良い子だとは思うけど……優しいだけじゃ駄目だって」
年長らしい文言ではあるが、人の悪そうな笑いで台無しだ!
また底意地の悪い作戦も見え隠れしている。……というか解らさせられた。
ハンバルテウスのことを、半ば強引にでもリーダーに仕立て上げる気だ!
あいつは常日頃から、お山の大将になりたがっていたが……実際にそうなってしまえば変わる。変わらざるをえない。
なぜなら俺自身、そうだったから!
俺も不平不満ばかりだったけど、ギルド運営陣となってからは見識も広がった。
偉そうにしているリーダー役の奴らも、実は苦労している。
やっぱり文句を言うばかりじゃ駄目だ。見ているだけじゃ分からないことも多い。
数日もすれば、奴と分かり合える可能性すらある。それぐらい変わるだろう。
しかし、同時に見落としもある気がしてならない。
だが、何をだろう?
「大筋での合意を。ヤマモトさん達には、アジトが必要なんですよね? それは用意しましょう」
重要なのは、まず流れを作ってしまうことだろう。
細部を煮詰めるのはアドリブでというか……走りながらというか……それが『拙速を選ぶ』という方法論のはずだ。
「助かるよ! というより……その条件なら、僕らも考えないでもないというか……嗚呼、この誘惑には抗えそうにない!」
……わざとらしくヤマモトさんは嘆かれた。言っちゃ悪いが酷い棒読みだ。
「順番的に俺が唆したから、移転場所が必要となるんじゃ? まあ、図式はそれでいいですけど」
「細かいことはいいじゃないか! なんなら後で、どっちが悪役になるか決めるかい?」
楽しそうなヤマモトさんへ、苦笑いで首を横へ振る。
この人の良さそうな悪いお父さんには、まだまだ勝てそうもない。
「あいつがいたら、現状を良くは思わないだろうしね」
突然なこと言い出したヤマモトさんは、少し寂しそうだった。
……長年の友人を喪うというのは、どんな気持ちになるのだろう?
思わず何も言えないでいると、ヤマモトさんは話を続けられた。
「まあ、ハンバルテウス君はあんなだし、タケル君もこんなだし……せめて僕だけは、奴の残したものを守ってやらんと。もしかしたらサー・パーシヴァルは、このような心境だったんじゃないかな?」
「ちょっ! 俺がこんなって――」
人の悪そうな笑みに抗議の言葉は遮られた。
まあ、清く正しい『RSS騎士団』の道から外れてしまったか、俺やハンバルテウスは。
でも、サー・パーシヴァル?
「あの聖杯の騎士、サー・パーシヴァルのことですか?」
「そそ。我らの大義は尊く、かの聖杯にすら匹敵するんだよ!」
アーサー王の伝説は、実のところ『聖杯探索』を契機に斜陽を迎える。息子であるサー・モードレッドの謀反より前にだ。
それに準えたいのだろうが……さすがにサー・パーシヴァルはないと思う。
円卓の騎士全員が失敗していく中、見事に聖杯を見出した三騎士。そのうち一人とはいえ――
アヴァロン滅亡は、ほぼほぼこいつの責任。ロマンス文学における俺Tueee。暴れん棒サー・ランスロット。
その息子にして上位互換たるメアリー・スー。『聖杯探索』では「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」状態のサー・ガラハド。
……最後に見ていただけの人、サー・パーシヴァルだ。
本当に悲しいぐらい脇役で、『聖杯探索』における不幸担当としか思えない。
「あれ? タケル君は知らないのかい? サー・ガラハドと共に昇天した聖杯だけど……実はサー・パーシヴァルに託された説もあるのを?」
「耳にしたことはあります。でも、それは……あまりに影が薄くて、三人しかいない聖杯の騎士なのに――それも唯一人の生き残りなのに、後日談も無いに等しいぐらいマイナーで……サー・パーシヴァルに限り、いくらでも捏造可能だったからでは?」
さすがに嫌な顔をされた。
……もしかしたらヤマモトさんに初めて勝てた瞬間かもしれない。




