根回し――4
もう少し雑談でも良いだろう。二人が飽きてしまったり、周りの緊張が解けてしまわないうちは。
それに二人の服を褒めるよう、ネリウムに厳命されていたのを思い出した。なぜかふて腐れていたアリサも同じ意見だったから、必要なことなんだと思う。
「そういえば……すまないな、こんな無骨な鎧姿で。どうも男所帯だと……お前らみたいに綺麗な服までは手が回らん。士官用礼装も製作予定だが……『院長』を急かすのもな」
『RSS騎士団』正式採用の鎧はこの場に相応しくないだろうが、これなら俺の立場を一目瞭然にできる。……満面の笑みでネリウムが差し出したタキシード服よりは、ずっとマシのはずだ。
「べ、べつに……タ、タケルのために用意したんじゃないからな! こ、こんなのは……ふ、普段着! 普段着なんだからな!」
何か気に障ったのか……秋桜は顔を真っ赤にして怒り出した。……何がまずかったんだろう?
二人はシンプルなワンピース姿だった。秋桜は真紅、リリーは純白と違いはあるが、申し合わせたかのようなデザインだ。
これは『ローブ』を平服に流用したものだろう。
街にいる分にはゲーム的性能なんて意味がない。普段着感覚で用意するのは普通だし、俺もβテストの頃は何着か持っていた。
それに秋桜は普段着などというが……二人ともよく似合っている。
まだアクセサリーなどを準備できないからだろうが、質素ともいえる全く飾り気のない着こしなんて……この二人ぐらいじゃないと厳しいだろう。
特に秋桜の真紅なんて、普通だったら色に中身が負ける。
「そうなのか? でも、まあ……似合っていると思ったけどな。特にその赤は」
素直に褒めたら……なぜか秋桜は俯いてしまった。まだ怒っているのか、その顔は赤いままだ。
……やや、ムッときた。
秋桜と出会った頃を思い出させられる。
目元を完全隠すような髪形で、俯き加減の猫背に丸まった姿勢……秋桜は背が高いのがコンプレックスらしい。あの頃は体型を覆い隠すような、ぶかぶかのフード付きマントなんてのまで愛用だ。
あまりに癇に障ったので「背筋を伸ばし、髪形も変え、装備の新調しろ!」とうるさく説教してやった。……まあ、改めるまで付き纏ったのは、やり過ぎだったとは思う。
完全に余計なお世話だが、ちょうど俺も世を拗ねてた頃で……自分自身を見ているようで、とても腹が立ったのだ。
他人のことなど気にせず、自信を持って背筋を伸ばし、胸を張って生きればいい。
そんなことを御題目のように連呼してたら……いつの間にか俺の方が元気が出てきてしまった。我ながら現金で単純だとは思う。
……こんなのも借りというのだろうか?
しかし、いまや別ギルドの――それも競合しているギルドのリーダーだ。以前のように説教するわけにもいくまい。
だいたい、なんだって秋桜は『不落の砦』などという、素っ頓狂なギルドを立ち上げたんだか。扱いにくさは秋桜本人と良い勝負としか――
「そろそろ本題に入って下さいませ。……最近になってようやく、お姉様も落ち着かれたばかりなのですから」
つい、考えふけっていたら、リリーに文句を言われてしまった。
珍しく不機嫌な様子だし、それを隠せていない。
……失敗した。客として呼んでおいて放置では……リリーが怒るのも無理もない。
もう時間を稼ぐのも限界だろうし、本題に入ってしまおう。
「もちろん、本日の用件はギルドホール競売についてだ」
そう言いながら、ハイセンツへ肩越しに合図を送る。
奴は数歩ほど下がったはずだ。
実に気障ったらしく、尊大ですらある態度だが……綿密な打ち合わせの成果でもある。
これで周りに「いまから内密な話を始めますよ」と伝わっただろう。
本気で内密の話をするなら、こんな場所でする訳がないのだが……もしかしたら『聞き耳』のスキル持ちに、盗聴されているかもしれない。それならそれで、こちらの注文通りだ。
「……それがどのように私共と?」
可愛らしく小首を傾げてリリーは聞くが……まずいな。
これ、ひょっとして……まだへそを曲げているんじゃないか? ……なんで?
「いや、まあ……お前らの腹づもりを聞いておきたくてな」
「……ご心配していただかなくても、私共は私共で、上手く対処する予定ですわ」
……あれ? おかしいぞ? なんだってリリーはこんなにプリプリしてんだ?
悪巧みですよ、リリーさん? 『わ・る・だ・く・み』!
話し合いに持ち込むのは簡単と考えていた。
なんせ相手は『不落』のリリーだ。陰謀と聞けば……それこそ、鰹節を目の前にした猫のように、瞳を輝かすと思ってたのだが……。
「……なにか不手際でもあったか? すまんな、どうにも無作法で。今日は平和的に済ませたいんだ。失礼があったなら、指摘してくれると助かる」
こんな風に白旗を揚げるのはよろしくない。マナー的にも問題があるだろう。
だが、作法など判らない若造にだって、若造なりのやり方があるし……今日は喧嘩するつもりで呼び出したわけでもない。それに――
ツンとした表情のリリーはある意味、神秘的なまでに怖かった。
気の弱いものなら「た、祟らないでください!」と叫び声を上げるだろう。……これはこれで需要がありそうだが……俺には高尚過ぎる!
「……まあ、殿方の……タケル様のすることです。大目に見てさしあげますわ。……一言謝ってくださいまし! それで手打ちといたしましょう」
まだおかんむりのようだったが、とにかく交渉の余地があるのは判った。
なにが良くなかったのか判らんが、とにかく何かマナー違反があったのだろう。その謝罪をするくらいなら、大したことはない――
「おい、タケル……素直に謝っちゃえよ。リリーはアレだぞ、怒ると長いんだぞ? この前なんて一ヶ月近く怒り続けたんだ。私が謝るまでずっとだぞ?」
などと秋桜が仲裁しようとするが……やめろ!
いつのまに機嫌が戻ったのか謎だが……そんなことを言われたら、やりにくくなるだろうが! こっちは素直に謝っておこうと思ってたのに!
「ま、まあ、とにかく! できれば水に流してくれ。こちらに他意はない。……機嫌直せよ。その綺麗な顔で睨まれると……落ち着かん」
嘘じゃないから全く後ろめたくない。
例えば神社かなにかへ行ったとして、そこの神様や御使いの類が不機嫌だったら……誰だって怯む。
しばし、リリーは俺の謝罪を吟味している様だったが――
「謝罪を受け取ります。まあ……タケル様に『貸し』一つということで」
そう言って、ニンマリと笑う。
……ずるい。試合開始の笛が鳴る前にシュートなんて反則だ。
「でも、いきなり発表だもんなぁ。ビックリしたよな? ギルドホール……どんなんだろ……楽しみだなぁ。で、タケルの話ってなんだ?」
などと気楽なことを言って、秋桜はのほほんとしてやがる。
話題が戻ったのは歓迎だが……こいつ……何も考えてないな? これが現在ナンバーツーギルドのトップとは……人事ながら呆れてしまう。
「タケル様は……私共に『談合』を持ちかけるおつもりなのでしょう」
何でもないことのようにリリーは言ったが……その眼は爛々と輝き始めている。
いつもの……悪いことを考えているときの顔だ。
また、その予想は正解だし、ここからが本番……戦いの開始になる。




