監獄実験――2
冷徹に考えるのであれば、これは好機と捉えるべきだった。
どのような形であれ敵対勢力の吸収は、削りと増強を同時に為せる一石二鳥の妙手だ。
しかし、だからこそ仕込みに適している。いわゆる偽降の策に。
単純に裏切られるだけでも大損害だし、内部からの手引きや情報漏洩まで考えたら尚更だ。無邪気に喜んではいられない。
義によって駆けつけてくれた第三小隊を疑うなんて、我ながら人品の卑しさに反吐が出そうだが……正しい人間ほど篭絡するのは簡単だ。
例えば第三小隊の面々は非常に仲間思いだから、そのあたりを突けばよい。一人二人、保険として預かれば十分か?
……下種な手段であろうと、目的は達せられる。問題視するべきは、そこだろう。
また俺が思い付くようなことは、他の誰かにだって閃ける。自分だけが特別じゃない。
だが、そんな真っ黒なことを考えているのは俺だけらしく、なんというか……皆の対応はおかしかった。
まず目立つのは、二人してハンカチを噛んで悔しがるアリサと秋桜だ。
「先をッ! 先を越されたッ! それも……それも男の人にッ!」
「やっぱり! やっぱり、タケルさんは男の人が……ツイてらっしゃる方が――」
などと悔しがっており、意味不明だ。
「お姉さま! このような時は『先を越された』と嘆くのではなく、『リストから一行片付いた』と思うのが真の漢女と! そのように私は教わって!」
……うん。言葉の意味は良く解らないけど、リリーは学びなおした方が良いと思う。
いや、それよりも『先生役』の再考が先か? なぜなら――
「意外ッ! それは小隊単位での追加!」
「た、タケルちゃんの……タケルちゃんのハーレム力は止まることを知らないのかッ!」
「間違い……ないッ! これは……一話……一殺……いけいけ……ぼくらの……Vメソッド!」
と秋桜とリリーの先導役である『聖喪』の姉さん方は、意味不明を通り越して電波気味ってる。
そして女性陣だけがおかしい訳じゃなかった! ……悲しいことに。
行列のあちこちから――
「ゆ、許された! あいつらは許された!」
「これなら俺達も!」
などと歓声が上がる。
……義勇兵とでもいえば良いのだろうか? 第三小隊以外にも志願者はいたらしい――というより、その内の何人かは明らかに顔見知りだ。
悪乗りしてはいけない場合もあるのだと、小一時間ほど問い詰めたくなってきた。
だいたい、なにが「許された!」だ! 早とちりにも程がある!
第三小隊の面々を追い返したら逆に面倒となるのは、火を見るよりも明らかだ。
なので、とりあえず保留しただけ。そして待機を指示したのも、事実関係を調査したり最善策を考えたりと……時間稼ぎの為に過ぎない。
この局面で義勇兵など受け入れる訳がなかった。ただ騒動の規模が拡大するだけで、なんのメリットもない。
そして、やっと確信を持てた。
明らかに皆が変になっている。
これから起きるかもしれないのは、戦争――つまり殺し合いだ。それもごっこ遊びではない、本物の。
なのに呑気に義勇兵気取りだとか……頭のネジが何本も抜け落ちてしまったとしか思えない。
これは悪名高い『スタンホード監獄実験』と似たような異常心理か?
人は長い期間、他の人格を――日常とは異なる立場を演じると、その役柄に乗っ取られてしまうそうだ。
例えば囚人役であれば囚人として、看守役であれば看守として。本来の人格や主義主張とかけ離れた、役柄にピッタリのパーソナリティを獲得してしまうという。
思えば俺達は、この不具合でゲームに閉じ込められて二ヵ月にもなろうとしている。
……それは逆にいうと、ずっとスーパーヒーローであり続けたということだ。
これが拙い。大変よくなかった。
いや、普段であれば違う。
非現実的な強さを楽しむのが、ゲームの趣旨ですらあるが……あくまでも生活の一部でしかなく、それも娯楽や気分転換としてだ。
さらに定期的にログアウトすることで――現実へと立ち返ることで、感覚のリセットもできていた。
だが、二ヵ月弱だ! 継続しての二ヵ月!
予め注意されていたとしても危うかった! これでは訓練された精神力を持っていても、VR世界に感覚を飲まれかねない!
兆候だって、すでにあった!
このゲーム世界こそが現実であり、現実世界とかいうのは空想。そんな妄言を吐く輩がいるらしいが、そいつは既に人格を浸食されていたのだ!
嗚呼、いまや窓の外にいるのは俺達で、部屋の中に! 家の内側にナニカが!
――という愚痴を俺は、なぜか列に並んでいたギルド『ヴァルハラ』のウリクセスとギルド『モホーク』の新代表に一席ぶっていた。
「おい、少し落ち着けよ、タケル! 誰よりもお前が危なく見えるぜ?」
「なんでだ! あっ……ひょっとしてウリクセス! お前……いまの話にピンとこなかったな? お前らは日常的にログイン時間が長かったし、すでに脳がやられてたんだろ?」
こいつらほどの廃人であれば、すでに主人格はゲーム世界が基準だったりしてもおかしくない。
「馬鹿いってんじゃねぇ! いや……ところどころアレだったけど……まあ、それなりに的は射ていたと思ったぜ。けどな、逆に俺達はゲームに居る状態の方が普通なんだよ!」
……それは誇って良いことなのか?
「おおっ! アレですね! スーパー状態でいるのを維持することで――」
「口を挟むのは悪いけど、違うと思うぜ、リーくん」
斜め下へ抉り込む様にリルフィーが脱線しかけたのを、『モホーク』の新代表がやんわりと正す。
……たしか『アットマーク』と名乗っていたはずだ。
その証拠でもないだろうが、世紀末野党ルックなスキンヘッドの広いオデコに『@』と入れ墨がしてある。
「というか、何しに来たんだよ! 言わないと判らないか? 俺は忙しいんだよ! どうしてか千客万来で!」
「そう邪険にするなよ。俺なんかは、まあ……アレだ。手が足りないのなら、手伝おうかと――」
言い終わる前に被せておく。下手に言質は取りたくなかった。
「なんのだよ! なにも予定はない! 手は足りている! そうやって人をからかう奴がいるから――」
「あっ、俺は違うぜ? うちは大人しくしている予定だ。ほら、うちのが約束したんだろ? 暫定リーダーが決まったら顔を見せに行かせるって?」
アットマークの方は態度を鮮明にするも、その筋ぽい外見で台無しだ。妙な含みができてしまっている。




