残夜――3
だが、疑問であろうと事態は進む。
何よりも皆が怒り心頭だ。俺の方が冷静といっても過言ではない。
やはり、ああも目前で所属するギルドのマスターを攻撃されれば――いやギルドマスターでなくとも、仲間を攻撃されれば誰だって怒る。俺が皆の立場でも、怒り狂ったと思う。
それぐらいギルドマスターとは特別な立場だし、ギルドの仲間同志は守り合うのが当然で、敵対行為も軽く流されたりしない。
……だからこそ、ここまで戦争という言葉が現実味を帯びてしまってもいる。
俺や俺達『ラフュージュ』は簡単に許さない――下手をしたら戦争すら辞さない。
これはセオリーに沿ってすらいる。殺されかけて文句を言わなかったら、今後はそう扱ってもよい集団となってしまう。
まだ行動に移っていないのは、相手が知り合いだからだ。
見識のない奴らが相手だったら、既に詰め寄っていてもおかしくない。
それは相手だって――『RSS騎士団』だって理解できてるから、必然的に荒事も視野に入ってきてしまう。
……俺達側による当然の権利としての、怒りに任せた報復攻撃を怯えながら。
こちらも相手が判っているのは知っているので、万が一の先制攻撃を警戒せざるを得ない。
先に攻撃した方が、後々の有利を得れる。それは単なる事実でしかない。
清く正しく死ぬよりも、非難されながら生き延びる方がマシだ。
当然、こちらも全く同じ理由で選択を迫られる。タイムリミットは相手が意を決し攻撃開始するまで。
……そうやって互いに脂汗を流しながら、祈るように相手の出方を伺い合う。
戦端が開かれる瞬間には、両陣営で「まさか!」と思っているのではないだろうか?
しかし、その時をぼんやりと待ってはいられない。
「あー……ア、アリサさん?」
「なんですか、タケルさん?」
おお、神よ! どうしてこのような試練を! なぜかアリサは爆発寸前です!
「ちょ、ちょっとぉ……た、たのみひぃがぁッ! し、しばらくの間でいいからッ! そ、そのぉ……秋桜のところか、リシアさんのところへ――」
「嫌です。お断りします」
……超ニッコリと遮られた!
可愛いと美人の中道を征くアリサだったが、ここにきて大輪となって花開いたかのように晴れ晴れとした笑顔だ。
つまり、コワイが七分、奇麗が三分! 繰り返す! コワイが七分だ! そして――
「どうして隊長は……こんな無茶を……あれほど止めたのに……」
「漢には負けると判っていても、やらねばならない時がッ……皆ッ! 隊長に敬礼ッ!」
「あっしはこうなると思ってやした」
などと男共はヒソヒソとやりだす!
ず、ズルい! 俺が説得するのは、男の総意として承認を得ていたのに! また――
「夜通し何を相談しているかと思えば……」
「……ねえ? やっぱり若旦那って……ちょっとアレじゃない?」
「ほら、賢い人ほどっていうでしょ。それよ、きっと」
女の子達にも首を捻られる始末だった。
………………な、ナンデ? 俺おかしい風潮ナンデ?
けれど、評価が低いくらいでへこたれやしない!
俺に女の子たちを連れて本当の戦争をしろというのか? いや、できる訳がない!
そんな思いを胸に、再び口を開きかけたところで――
「緊迫した状況ですので、タケルさんの仰ることは分からないでもないです」
意外な人物からの助け船が! なんとネリウムからだ!
「そ、そうです! 分かって貰えて嬉しいというか……ここは一つ、皆にも聞き分けるように――」
「しかし、だからこそ! だからこそ私共も、財産権を主張いたします!」
……財産権? ちょっと意味不明だ。訳が分からない。
また珍しくネリウムは軽く赤面していて、なんだか俺の方も座り心地が悪くなってきた。
「そうだね。ここはタケルの男気を立ててやりたいけれど……あたし達も心配なのさ」
首を捻る俺へ、タミィラスさんが――我がギルド唯一の人妻たるタミィラスさんが補足してくれる。
……なるほど。
結婚などの契約に同意した以上、被雇用者は財産の一種として考えられる……のか?
話が判ってない様子なリルフィーとハイセンツが憎たらしい。念のために言っておくけど、お前らのことだからな?
そして我が意を得たりとばかりに肯くアリサ他数名。
……他数名? 他数名ナンデ? というか……アリサもナンデ?
とにかく、とりあえず逃げ――転進したほうが良さそうだ。また機会もある……はずだ……よな?
「この話は、また後ほど詳しく。そして全体的にですが……現時点をもって、当ギルドは厳戒態勢を敷きます。あー……前後するけど、離脱希望な者は止めない。何かペナルティ的なこともなし。自由な権利として認める。避難先に心当たりの無い者へは、紹介できなくもない」
そこで一旦区切り、全員の顔を見渡す。
……良くも悪くも真剣だ。それが心強くなくもない。
「また、これより常にパーティ単位での行動を命じる。あー……適切なパーティ編成は――」
「俺らが――攻略班か解析班が最低一人はいた方が良いかな。判らん殺し対策に」
「笛が吹ける奴もいると思うよ。連絡が取れなくなる」
「その辺の調整は私が。意見のある者は、会合が終わったら私のところへ」
一斉に何人かが口を開きかけたところで、カイが仕切ってくれた。まあ、基本的に任せて平気だろう。
「だそうだ。カイの指示に従って欲しい。パーティ編成後も、常に所在の判るように」
全員が黙って肯きで持って返す。
喜ぶべきか、悲しむべきか……俺達はゲームの時で、戦争に慣れてしまっている。その分だけ安心でもあるし、危険でもありそうだ。
「勘違いして欲しくないのだけれど……まだ開戦と決まった訳じゃない。可能性があるだけ。和平交渉?とでもいうのかな? とにかく話し合いの機会は持つつもりだ」
……しかし、現時点で難しいのも事実ではある。
筋から考えて、ハンバルテウスは謝罪に来るべきだ。謝罪の言葉さえあれば、後は話し合いの範囲で収まる。
だが、それがない。全くの音信不通だ。
まさか本当に対『ラフュージュ』用に戦争の準備を始めているのか?
「この厳戒態勢は、あくまでも保険の為だ。万が一、話が悪い方へ転んだ場合の」
再び全員が肯きで返してくる。
しかし、その表情は暗い。
……当然か。もし戦争となったら、相手は友人である『RSS騎士団』だ。どう考えても楽しい展開にはならない。
「それで隊長は、まず交渉へ? でも、お独りでは駄目で――」
「いやいや、そこまで無鉄砲じゃない。その時は誰かに随伴も頼む。でも、それよりも先に、お客さんの対応だ」
……なぜ千客万来なんだろう? この糞忙しいときに!




