残夜――2
元・調査班と元・攻略班が見せた絶望の表情は、とてもじゃないが忘れられそうにもない。
改めて問うまでもなかった。
日常的にPKのメソッドを研究し続け、誰よりもこのゲームでの殺し方に精通している。それが我らが誇る元・調査班と元・攻略班だ。
その殺しの大家達が、戦争を始める前から絶望していた。
もはや対処法を検討の余地すら残ってなく、戦争となれば犠牲者は避けられない。なぜなら必ず殺れる作戦を立案可能だ。
そして研究の成果は、相手側も――『RSS』側も保有していた。
……つまり相手も必殺の戦術を使ってくる。当然に。
もはや消極策は危険なだけでなく、背信とも受け取られかねない。
呑気に朝食をとる暇があるのなら、すぐにでも行動を開始するべきだった。少なくとも相手の動きへの備えは必須だろう。
なぜなら戦いの基本は先手必勝。それはMMOの戦争だろうと変わりはない。
しかし、これはいつもの『MMOの戦争』と同じなのだろうか?
そんな疑問はあるし、正直、全く違う気もする。
MMOに不案内だと『MMOの戦争』などと聞いたら、参加しているプレイヤー達は余程の気違い揃いと思われるかもしれない。
だが、それは大きな勘違いだ。プレイヤー同士での抗争こそ、MMOが持つ本質ですらある。
よくMMOを題材とした物語で、主人公は『生粋のコミュ障ぼっち』なんて設定を見かけるが……俺には全く理解できないし、共感も持てない。
なぜならMMOは他のプレイヤーがいなかったら、単なる糞ゲーだからだ。
またシステム的な宿命として、全員が横並びのスタートをさせられる。誰一人として幸運には恵まれない。運の要素は徹底的に排除される。
その誰か一人を特別扱いしないルールは、裏を返すと地味にもなってしまう。
オフラインゲームであれば自動的に選ばれし勇者でも、MMOでは違う。何者かになるまでは単なる一般人だ。成功だって約束はされていない。
さらに受動的な享楽という観点では、全く駄目なジャンルだろう。どんなことでも自分で探しに行かなければならない。それが楽しいことなら尚さらにだ。
けれど、そこにMMOの面白さの本質があり、『全てのプレイヤーが、誰かと関りを求める理由』にもなってると思う。
『生粋のコミュ障ぼっち』で誰とも知り合わないなんて、それはMMOを遊んでないも同じだ。
そんな背景もあって俺達はゲームの世界で友達になったり、競ったり、喧嘩したり……場合によっては戦争も――集団対集団での喧嘩もする。
ちょっと慣れたプレイヤーなら戦争中の立ち回りを必ず知っているぐらいだ。珍しくもなんともない。
そして超越した個人が集団相手に渡り合えるシステムは少数派なので、基本的には数で勝負することになる。
間違っても孤立して殺されないよう、常に団体で行動だ。
『戦争中で危険だから、仲間がいない時間帯にはログインしない』などという本末転倒なセオリーすら存在する。
そして自分からは逆に孤立した敵を探し、撃破を狙う。
戦争状態はどちらかが負けるか、停戦合意が結ばれるまで続くし……戦争状態が年単位となることすら珍しくない。
……そうなったら毎日がスリリングだ。
だが、今回の戦争は……そんな俺がよく知る『MMOの戦争』と同じだろうか?
敵陣営を倒して「してやったり!」と喜び、逆に討ち取られたら復帰地点で怒りに震える……そんなゲームと?
いや、過去に経験した『MMOの戦争』にしたところで、もちろん真剣に取り組んだ。
負ければ最悪でゲームを引退――自分の居場所や交友関係を失う羽目となる。遊びや冗談で済む話ではなかった。
しかし、いままで真剣だったとしても、それでも比較にならない。なぜなら、今回は――
死ねば、本当に死ぬ。
言葉遊びでなく、正真正銘の命懸けだ。そして下手をすると――
先に殺らなければ、殺られる。
実際、先制攻撃も検討を勧められていた。
……俺達が選べる手段は、相手だって実行できる。そして先に使われたら挽回の難しい戦術も多い。
誰かと敵対した時、相手の善意に期待するのは愚か者だ。
ましてや味方に被害が出てから――誰かが死んでから嘆いても、絶対に取り返しはつかない。
だからこそ、先手を――こちらが最初の一撃をとるべきだった。
もし全面戦争へ発展すれば、その選択いかんで最終的な結果は大きく変わる。
しかし、当然に相手陣営だって考えることで、だからこそ機先を制すのなら急がねばならない。だが、そんなことよりも――
「本当に『RSS騎士団』と戦争をするのか?」
という疑問は拭えない。
あのヤマモト団長代行率いる『RSS騎士団』の面々と? 元・『RSS』である俺達が戦争?
ギルドの仲間が大切なのと同じくらい、『RSS』のメンバーだって大事だ。
気恥ずかしくて口にはできそうもないけれど、友達や同志、親友――その類の思わず赤面してしまいそうな名称にカテゴライズできる。
なのに、どうして俺達が戦争を?
また、動かしがたい事実として――
俺はヤマモトさんに、一度も知恵比べで勝ったことがない。
色々な感情は抜きに考えても、自分より上手の人間と勝負? それも自分や仲間の命をチップにして?
……思い上がりも甚だしく、いつの間にか逆上せあがってやしないだろうか。
さらに向こうには、シドウさんとサトウさんがいらっしゃる。
……このゲーム世界最強の『戦士』のシドウさんと古武術の達人であるサトウさんが。
あのお二人とまともに勝負できそうなのは、こちら側ではリルフィーぐらいだろう。
俺などは戦うと考えただけで心が萎えてしまいそうだ。それに――
なぜ兄や師と仰ぐ人と命懸けで戦う羽目に?
そもそもハンバルテウスとだって、殺し合いをしたい訳じゃない。色々とあったが、それでも同じギルドだった仲だ。
確かにお互いに反りは合わなかった。何かと流儀も違う。その上、巡り合わせも悪かった。
それでも殺したくなるほど憎くはない。少なくとも俺側に、そこまで強い感情は生まれてなかった。
……残念ながらハンバルテウスの方では、そうではないようだったけれど。
あの俺へ向けられた憎悪は本物だ。勘違いのしようもない。しかし――
なぜ奴は、あそこまで強い殺意を俺に?
奇妙すぎて何者かの作為を疑いたくなる。
どうしてハンバルテウスは、俺のことを殺したくなるほど怨んで?




