残夜――1
翌朝、ギルド『ラフュージュ』の男共は、一様に不機嫌で寝不足気味な顔をしていた。
まあ無理もない。
昨晩は夜を徹しての話し合いとなった。
それに朝といっても現実時間での話だ。まだゲーム世界の方は暗く、日が昇るまでには時間がある。
……この薄暗闇は、人の心を沈ませるのに最適だ。
夜が明ける前が一番に暗いというけれど、いまの心象風景としてピッタリかもしれない。
そんなことを思いながら、憤懣やるかたない様子なアリサから朝食の分のコーヒーを受け取る。
……当然に怒っていた。
アリサを筆頭に女子達も一様に不機嫌だったし、全く納得してそうにない。
昨夜の話し合いから、女の子達を除外したからだろう。それについて謝る気は毛頭ないが、さすがに居心地は悪い。非常に気詰まりだ。
しかし、俺達男共と同様に眠そうなのは、女性陣も自分達で集まったからじゃなかろうか?
どんな話し合いとなったのか、まだ聞いてはないけれど……それなりに収穫もあったはずだ。それを棚に上げて、俺だけを槍玉にあけるのは如何なものか。
男全員の連帯責任であるべきなのに、どうして吊し上げられるのは俺一人なんだ?
もちろん、そんな文句を口にはしなかった。俺だって経験を糧に成長するし……とてもそんな惚けた気分にはなれない。
ややもすると、心の中でただ一つの言葉がグルグルと回りだす。
このままでは戦争になる。
ただ、ただ……この言葉だけが。
寝ても覚めても頭から離れないとは、このことだろう。
しかし、それでいて落ち着いて考えることもできやしなかった。
次から次へと最悪の予想が、浮かんでは消えていく。泣き出したくなるような不安に耐えたところで、すぐにまた『戦争』という言葉が脳裏へ蘇ってくる。
正直、叫びださないだけで自分を褒めてやりたいくらいだ。
けれど、もうタイムリミットが近付いていた。
珍しくギルドメンバー全員が朝食と称して屋上へ集まったのも、直後に全体の話し合いを求める為だろう。
朝食を終える頃には、俺も覚悟を決めねばならなかった。
その時になって初めて凡人は悟るというが、まあ、もちろん俺だって例から漏れやしない。
本当の戦争を指揮なんて、それこそ思いもよらなかったけれど……真に大事なこと、最も優先するべきことは理解できた。それは――
負けないことだ。
暴論と受け取られるかもしれない。
しかし、戦争をしない正しさだとか、平和を貴ぶ精神だとか……そんなものは犬に喰わせる価値もなかった。無責任な立場の人間が楽しむ嗜好品だ。
もちろん勝てばいい訳じゃない。でも――
戦争だけは負けたら駄目だ。
世界を相手に命懸けで大戦争をしたご先祖様たちへ、こんなことを言うのは申し訳ないけれど……戦争をするのなら、負けだけは回避しなくてはならない。もう最低限度の義務ですらある。
だから、大日本帝国は正しくない。間違っていた。
戦争を起こした罪――侵略した罪とやらだって、結果として負けないで済むのなら正解となる。
唯一尊いとされる独立戦争だろうと、負ければ悪でしかない。
自分が選択する立場に置かれ、強くそう感じる。
当然、戦争を起こさなければ、必然的に負けはない。やはり戦争回避こそ、常に最上の選択肢の一つだ。
手を汚すことになろうとも、それで負けないで済むのなら……悪となろうとも戦争を始めるべきだった。
さらに負けない為であれば……全面降伏や無抵抗主義だって、十分に立派な選択肢となる。
もちろん、何をもって『負け』とするかで見方は変わる。
信仰や誇り、主義主張、利益、積年の恨み……戦争を選ぶ名目は、集団それぞれ様々だ。
しかし、それら全てが尊い。
考えるまでもなく当たり前の話だろう。俺にですら、例え戦争になろうと守りたいものがある。
当然、他の誰かにだってあるはずだ。さすがに無条件で全てを肯定はできないけれど……あるのは絶対に間違いない。
俺にとってそれは『仲間の命』だ。
これを守るためであれば、戦争もやむ得ない。
騙し討ちや奇襲、グレーどころか悪とされる選択――最も忌み嫌われる侵略戦争だろうと、手段として肯定する。
……それで負けずに済むのなら。
謝ればいいのであれば、いくらでも頭を下げよう。
ハンバルテウスに詫びを入れるなんて、腸が煮えくり返る思いだが……それで済むのなら安い。
例えばアリサ達女性陣はギルドから追放、以後は関わることを禁ず。男共は檻か何かへ軟禁……などと和解の条件を突き付けられても、十分に検討の余地はある。
それなら負けないで――仲間の命を一人として損なわずに済む。
だが、これらは結局のところ、相手を――
ハンバルテウスを、どこまで信じられるかに懸かっていた。
ほとんど全ての譲歩案は、そこへ落ち着く。落ち着いてしまう。
……正直、危うく感じる。
無理筋としか思えない。そこまで奴を信じられなかった。奴だって信じてはくれまい。
では、徹底的に逃げに徹するか?
だが、それもそれで苦しかった。
相手をするのはハンバルテウスだけではない。
いざ戦争ともなれば……古巣である『RSS騎士団』を敵に回さねばならなくなる。
……一騎当千、百戦錬磨の集団を。




