決裂――4
この不具合を通じて、俺にも判るようになってしまったことがある。
それは殺意の真贋だ。
混り気なく、本気で――純粋に自分を殺そうする意思は、一度経験してしまえば容易く判るようになる。決して間違えることはない。
……ハンバルテウスの野郎、本気で俺を殺しにきた! しかし、なぜだ?
しばらくぶりに見たその顔は、控えめにいっても狂相に堕している。
憎しみ、恨み、悪意……どう名前を付ければよいのか。すぐには判断できないモノが表へ出てしまっていた。
この一撃で俺は死なない。
急所という概念のないシステム――この世界の摂理ですらあるが……そのかわりに数値化できない何かは終わる。もう修復できないほどに壊れてしまうだろう。
言葉にはできそうもない悲しみ、悔しさ、心残り……まるで喉が塞がってしまったような息苦しさを感じながら、歯を食いしばる。
もう避けれない。それは俺の不覚だ。甘んじよう。
だけど、決して目は閉じないし、一言たりとも悲鳴は上げない。それだけが唯一、俺に許された選択肢だ。
しかし、覚悟を決めた瞬間、視界の隅から何かが滑り込んできた。
ついで、鋼と鋼がぶつかり合う鈍く重い音が鳴り響く。
いつの間にかリルフィーが斬撃を止めるべく、寸前で剣を捻じ込んでくれていた。
……相変わらず凄い奴だ。その腕前もさることながら、決断をも含めた反射神経では全く勝てる気がしない。
ただ、長い付き合いなのに、一度も見たこともない据わった目付きになっている。
……どうしたんだ、リルフィーの奴? 少し、カッとなり過ぎじゃないか?
「出しゃばるな! 雑魚が!」
我がギルドの誇るエースに酷い暴論だが、それよりも酷く無念そうな表情にゾッとさせられる。
……ここまで殺意を高められるのか、人は?
だが、暴言は高く付きそうでもある。言われたリルフィーが、珍しいくらいに底意地の悪そうな表情となったからだ。
無言のままリルフィーは、切っ先で切っ先を押し合うような状態から、鍔元で競り合う形へ移行させた。耳障りな金属同士を擦り合わせる音も続く。
小さな変化だが……これで終わりだ。
剣術には、鍔迫り合いから派生する技は多い。頻繁に起きるからだ。当然に攻守に渡って研究し尽されている。
そして俺の知っている鍔迫り合いからハメる手順の全てを、身をもってリルフィーは覚えてしまっていた。もちろん、奴なりに閃いた対応策も込みで。
……なぜなら俺が、さんざん実験台にしたからだ。
つまり、奴と鍔迫り合いを始めてしまったら、よほどの達人でも負ける。古今東西の秘伝の脱出手段が、ほとんど通じやしない。
もうリルフィーの気が変わるまで、ハンバルテウスは鍔迫り合いを続けるしかなかった。
この僅かにできた時間を好機と、相手の様子を伺う。
集団の半分は、もちろん『RSS騎士団』第一小隊のメンバーだった。隊長たるハンバルテウスが率いているのだから、当然ですらある。
しかし、俺達の登場に驚き、完全に浮足立ってしまっていた。温いことに戦闘態勢に入ってすらいない。
……少し奇妙だ。何がと指摘はできないのだけれど……違和感を覚えなくもない。
また運の悪いことに、副官であるルキフェルの姿も見当たらない。
意味不明までに目立つ、あの白備えだ。見落とす可能性はゼロだろう。
どうしてあいつは、必要な時に限っていないんだ? 第一小隊では、最も話が通じそうなのに!
残るもう半分は見覚えのない奴ら――いや、正確にいうと記憶にはあるけれど、『RSS』のメンバーではない者達だ。
こいつらは不具合が始まって直ぐに『RSS』への入団を希望してきた、あの抜け目のない奴らか?
……間違いない。全員の顔は憶えてはいないが、辛うじて何人かは記憶と一致する。
何を思ったか各自で『RSS騎士団』に似せた装備なのは、俺に対する挑戦か? これだけで神経を逆なでされる気分だ。
また完全に狼狽しているのも――ぶっちゃけてしまえばビビっているのも、呆れるを通り越して怒りすら誘う。
……いつから『RSS騎士団』は、こんな有象無象と?
しかし、とりあえずアリサを止めるのが先か。
「止めろ、アリサ!」
「でも、タケルさん! その人は……その人はタケルさんを!」
さすがに必殺技の準備は中止してくれたけれど……かつてない程に怒っている。
いままでアリサを怒らせたことはあった。相当にやり過ぎたと思ったことも、一度や二度ではない。
けれど、ここまで怒っているのを見たことがなかった。俺の最高記録を二か三だとしたら、これは十を超えてしまっている。
……うん。アリサを完全に怒らせるのだけは、絶対に避けよう。
「とにかく駄目。話が先」
強いて怖い顔を作って念を押すも、逆に恨めしそうな顔で返された。
……なぜかアリサさんが超怒っているけど……俺は知らねえからな? ……いやハンバルテウスは、本気で怒った女性の恐ろしさを思い知るべきか?
とにかく後でのフォローを忘れないことにして、現状の把握へと戻る。
……人数は俺達の方が僅かに少ないか?
「ちょ……タケル! 待ってくれ! 俺達の話も!」
そうとりなすような言葉を口にしながら、第一小隊のメンバーが一歩前に――
出てこれなかった。
そいつの足元の地面へ、何本もの矢が突き刺さる。
続けて――
「隊長は動くなと言ったはずだ。次は当てるぞ?」
と警告の声がした。リンクスのものだ。
……射角や声の方角から考えるに、木にでもよじ登ってるのか?
それなりに話を合わせたのだろうけれど……少し適当過ぎる気がしなくもない。
しかし、リンクスに全員が気を取られた瞬間――
「その通りでさぁ……動くなと命令されたら、動いたら駄目。そう教えたでしょうが? ――遅れました、隊長」
と言いながら、グーカも前衛を率いて現れる。
ちょうど俺達と真逆からで、着衣の乱れた二人とハンバルテウス達の間に割り込む形にだ。
さすがにそつがない。
これで荒事に突入しても、半裸も同然の二人は保護できる。
人数比も――戦力比も倍近くとなったから、そう迂闊な選択もできない。
……多少は乱暴ではあったけれど、対話のテーブルが用意できたか?




