決裂――3
湧き上がる怒りの衝動をグッとこらえる。
……またなのか? そして……まだ足りない?
この不具合を、皆が無事にやり過ごす。ただ、それだけのことなのに……代償を支払う覚悟もしているのに……いまだ後手を踏むのか?
……違う。
後悔や憤怒は後だ。それらを噛みしめる時間は、後でもいい。
椅子を蹴るようにして立ち上がる。
……どうする? まずは――
「放棄することになっても構いません! 各自で支度しながら、タケルさんの指揮に従って!」
僅かに考え込む間にも、アリサの指示が飛ぶ。
それを聞いてティーセットを片付け始めていた娘達も作業を止め、各自で装備を変更し始める。
……お茶会用の可愛らしいエプロンドレスから、物々しい鎧甲冑へ。
カイの呼子笛の音に負けじと、ネリウムも声を張る。
「パーティの確認を! パーティに入っていない者はおりますか?」
グーカとリンクスがいないのは不安だけれど、このままネリウムに任せておけば大丈夫か? パーティ再編成の作業は、このまま委任してしまおう。
「いまのは?」
「本隊の――隊長の位置を知らせるだけのものです。すいません、複雑な情報交換は時間が。それより――撤退ですか? それとも集結を?」
逆にカイに問い返された。
……決まっている。
総員撤収とすれば、俺達に被害はないだろう。しかし、それを認められそうにない。
どこからか聞こえる笛の音――こちらの笛に応えたものだろう――を耳にしながら、宣言する。
「全員集合だ。決まっている。何が起きたのか判らないけれど……見て見ぬふりはできない」
「了解です。そうすると……ここで? それとも移動しながら?」
指摘されて気付く。先ほどの悲鳴はどこからだ?
そう遠くないのは確実だ。なんというか――悲鳴の大きさから、そうと判る。
しかし、正確な位置や方角ともなると――
「タケルさん! あそこの森です!」
真剣な表情でリルフィーが、そう遠くもない位置にある森を指し示す。
やはり思った通りで、幸運にも近い。全力で走れば十秒も掛からない距離だろうか?
……その十秒は永遠にも等しくて――必要に足りてしまう長さかもしれないが。
「合流は移動しながらとする。いまは拙速になろうと速さが大事だ」
それへ無言で肯いたカイは、メモを片手に呼子笛を口にした。
最初とは違うその音色は、おそらく『本隊の移動』と『全員集合』を呼びかけるものだろう。
「編成は完了しています!」
「各種付与は移動しながらでも!」
笛の音へ被せるように、ネリウムとアリサの報告も加わった。
いつの間にか先頭のど真ん中へ陣取っているリルフィーも、力強く頷き返してくる。
……準備完了だ。
「よし、いこう!」
全員が肯く、そして走り始める。
アリサが中心となって開始された付与――
『僧侶』に指示を徹底させているネリウムの叱咤――
やや神経質に前線を整えるリルフィー――
そんな様子を目にして、思わず苦笑いがでてしまいそうになる。
俺達は慣れ過ぎだ。平和な日本で生まれ育ったはずなのに、修羅場に馴染み過ぎている。
……しかし、どうする?
何が起きているのか全く判らないけれど……それでも、どうするのか決めておかねばならない。
グーカやリンクス達の笛の音は、一つがやや遠く、もう一つは意外と近い。
先に合流できるか? いや、それとも同時になる?
走る間にも色々な考えが浮かんでは消えたが、そう長くは続かなかった。すぐに森へ着いたからだ。
視線の通らない木立を回り込むように――ちょうど道のように開けているところから、森へと侵入する。だが、しかし――
すぐに現場の様子が目に入ってきた!
黒で揃いの装備に身を固めた一団。
場違いで、人をドキリとさせるような露出の多い肌の色。そして――
血の赤だった!
着衣の乱れた二人と、黒衣の軍団。その両者の間に血の水溜りだ。
「突入するぞ! 全員突撃! 割って入る! ――抵抗は止めろ! 誰も動くな! 逆らわないなら、こちらも攻撃はしない!」
戸惑う皆の目を覚ますように怒鳴る。
……無理もない。俺達もだが、相手だって同じく動揺している。
しかし、勢いに恐れをなしたのか、両者の間に隙間が生まれつつもあった。
被せるようにネリウムの指示が飛ぶ。
……混乱状態になったら、とにかく声を出せる方が勝つ!
「手当たり次第で構いません! 目についたケガ人を、片っ端から治すのです!」
また、その指示も的確だ。
これなら敵対行動とは見做せないし、もし誰かが死にかけていても救える。
俺自身も陣頭で剣を振るっていた奴と、半裸で倒れている者の間へ、捻じ込むようにして身体を入れる。
「止めろ! こいつらが、なにをしたのか知らないけれど……とにかく止めるんだ、ハンバルテウス!」
「煩い! 関係ないのに口を挟むな、タケル!」
意外なまでに――不思議なほど明確な敵意とともに、罵り返される。
さらに遅まきながら、失策にも気付かさせられた。
……武器を抜いている相手――それも常軌を逸した殺意を隠そうともしない相手を前して、迂闊に間合いへ入るなど愚の骨頂だ。それを裏付けるようにして――
赤の混じった鋼の白が、まっすぐに顔をめがけてきた!




