決裂――2
「それで今日のギルドハントを……『湖』にしたんですか?」
考え込むように訊ねるカイは、やや怒っているようだった。
……義憤に駆られているのだろう。所々は伏せて曖昧な表現としたけれど、カイの賢さなら補完も容易い。
「場所はどこでも良かったんだけどな。しばらく『湖』に来てなかったし、こっちは何故か女の子受けするというか――根強い支持のある狩場だし」
……なぜか全員が首を捻っている。
「MMOを――それもファンタジーMMOを遊ぶぐらいだから、基本的には耐性のある奴な訳だけど……人型を相手の暴力行為は、忌避感を覚える奴もいるだろ」
「ああ、そういわれてみると、そういう人もいるかも? でも、タケルさんもそうだったんスか?」
……斜め上な感想を口にするのは、もちろんリルフィーの奴だ。
「俺は別の理由。四つ脚や――八つ脚だのじゃ、武術を勉強した利点が失われるだろうが? そりゃ騎馬を狙う技とかも、あるにはあるけど……大トカゲや巨大蜘蛛を倒す技なんてないぞ、さすがに」
それは隠れた武術の欠点だった。
相手が人型であれば、身長が倍ぐらいまで……それこそ、このゲームでなら『トロル』辺りまで応用させれなくもない。
しかし、人外のシルエットだと、それが子犬サイズでも苦労させられる。それほど応用できないからだ。
ある意味で武術家と同じスタートラインに立てるし、俺も参加しているインターネット道場などの独壇場ではあるけれど……人類がドラゴンなどの幻想種と戦うセオリーを編み出すのには、まだ十年やそこらは掛かるだろう。
「初級から中級の狩場にしては、少人数向けなのも大きいのでしょう。ソロやペア、トリオでは人気――まあ、もう少し『エルフの街』よりの話ですが」
などと助け船をだしてくれたのは、ネリウムだ。
……いまいち表情の読めない人だけれど、おそらく俺の決断に反対はしていない。やや呆れ気味ではあるが。
それは『少人数向けなのも大きい』と発言に含みを持たせているところからも伺える。
少人数向けの狩場だったから、俺達はあまり来なかったし……だからこそ、今日になって訪れた理由でもある。
「俺達が人気狩場に――少人数向けの狩場にも出入りしていると、広範囲に宣伝したかったので」
その相手は『俺達を上手く利用して欲しい一般人』と『俺達が獲物として狙っている奴ら』の両方だ。
実のところ問題人物の除外は、第一目標ではない。
最善なのは、これ以上の被害者が生まれないことだろう。獲物を狩るのに心が行き過ぎては拙い。
「宣伝? どうやって宣伝なんて?」
「ああ、簡単だ。今日、俺達はMPKに、また遭うからだ。それで大騒ぎに――ニュースになる」
なぜかカイを含めて全員が驚いていた。
考え込む様子なのは――内容を理解できたのは、ネリウムだけだ。
「あー……二人組だな。二人組がいい。俺達のギルドハントにMPKを仕掛けた二人組は、一人がその場で返り討ち、もう一人は辛くも逃げた。それでいこう」
「ちょっ! 待ってくださいよ! 今日、これからMPKが来るんっスか? そんなの……分かっていれば全員返り討ちっスよ!」
「リーくん、落ち着いて! リーくんの出番じゃありません、今日のところは!」
かなりむっとした顔で、リルフィーが腰を浮かしかけ、慌ててネリウムが宥める。
……珍しく熱くなっているけれど、どうして怒ってんだ、リルフィーの奴?
「なるほど。そういうシナリオにするんですね?」
やっと追い付いてくれたのか、難しそうな顔のカイが確認してくる。
「ああ。MPK野郎を殺したことにする。場合によっては、即断即決でPKも辞さない。一線を超えた奴には――命を以て贖わせる。少なくとも俺はやる――いや、やった。それを、まあ……でっち上げる訳だな」
「ちょっと待ってください! 駄目っスよ! そんなの! いや……その……覚悟の方は、うーん……良くはないけど、仕方がないっつーかですけど……その為に誰か死ぬ――というか、殺しちゃうのは酷すぎるっスよ!」
やや勘違いしたリルフィーが騒ぎ出す。
……良くも悪くも狡賢くないと、すぐには理解できないか。
「リーくん、落ち着いて! タケルさんは、『そういうことにする』と決めただけです。本当ではないといいますか……私達が事実として広めれば、実際に誰かが殺される必要はないのです」
さすがにネリウムは理解してくれたけれど……なぜか苦しそうだ。何か問題でもあるのか?
「そして『今日逃したはずのもう一人』は、我々や協力ギルドの連名で指名手配を掛けられる訳ですね。その……隊長が確保依頼された不心得者の方も、似顔絵ぐらいは作成できるようですし?」
「そのつもり。これで『狩場に強面のガーディアンがいる』と『一線を越えたら命で贖わせる』の評判を立てられて、さらには詳細を秘密のまま『指名手配の名目』も得れるから……一石三鳥だな」
リルフィーは首を捻っているけれど、まあ大丈夫だろう。これで必要な時は黙っていられるタイプだし、いまやネリウムもついている。
しかし――
「でも、それではタケルさんが……タケルさんが、偏見の目で――」
ずっと大人しく話を聞いていたアリサが、悲しそうに反論を口にした。
……その指摘は、おそらく正しい。
下手をしたら――いや、下手をしなくとも、俺は暴君の疑いをかけられる。暴力による解決を躊躇わないと表明しているのだから……すでに、か?
しかし、代償として強力な抑止力を手にできる。
やはり大事なのは結果――皆の安全だろう。それと引き換えにできるものなどない。
そう確信していても、泣き出しそうなアリサを前に言葉はなくなった。
堪らず視線を逸らしてしまったのは……卑怯者の証だろうか?
そして俺達五人の囲むテーブルにも沈黙が下りる。
遠くで騒いでいるのは、グーカの引率するパーティだろうか? それともリンクスの?
同じようにアフタヌーンティーと洒落こんでいる娘達の賑やかな声も、なぜか遠く聞こえる。
独断が過ぎたか? けれど、他の手段も思い付かない。
それに心の中では誰かが、急げと囁き続けている。
……何よりも後手々々だ。
断固たる対処すら辞さないと覚悟を決めて尚、俺達は――俺は敵が増え続けている。もう減らすのが間に合わないほどで、文字通りに加速度的だ。
この流れを変えなければならないし、半端な覚悟では変えられそうにない。
とにかく、まず四人から説得しようと口を開きかけたところで、それは――
誰かの悲鳴によって遮られた。




