決裂――1
一通り話し終えてから、アリサの用意してくれたスコーンを口へ運ぶ。
……熱々だ。それに甘くて美味しい。芳醇なバターの香りが背徳的ですらある。
そういえば前々からスコーンとビスケット、パンの違いが判らないのだけれど、どう違うんだろう?
まあ、とにかく美味い!
……この感想だとアリサは不満に思うか?
頼りなげに見えた組み立て式の椅子も、意外に確りしている。鎧一式を装備した俺が座っても壊れないどころか、軋みすらしない。
アイテム類は絶対に壊れない特性を、利用しているのか?
だが、ある種のズルや誤魔化しだとしても、それを最大限に活用した造形は認めるべきだろう。
目の前に置かれた簡易テーブルだってそうだ。
アリサが嬉しそうに運んできた籐のバスケットは、複雑怪奇な手順で簡易テーブルへ変形したと言ったら……はたして、どれだけの人が信じてくれるだろう?
いや、順番が違うか?
籐のバスケットが簡易テーブルへ華麗なる転身を果たしたのは、色々あったギミックの最後でだ。
まずバラバラになった組み立て椅子が数脚分ほど取り出され、さらに別に小ぶりな蓋付きのバスケット、テーブルクロス、専用でお揃いのナイフやホーク、暖かい飲み物が入った魔法瓶と……手品でも見ている気分だった。あの空っぽの箱や筒などから、いくらでも物を取り出すマジックショーを。
そして子供の頃に買ってもらった戦隊ものロボットを彷彿とさせる。
男の子なら誰だって、一つぐらいは知っているのではなかろうか?
戦隊ヒーロー達が乗り回すマシンが、複雑怪奇に合体してビルより大きなロボとなる――日本の特撮が誇る、あの伝統的メソッドだ。
なるほどアリサ達が、自らの手で持ち歩くのに固執していただけのことはある。
ようするに、これはやや大人の玩具・女の子用なのだろう。……もちろん健全な意味で。
何の変哲もないバスケットが、あっという間?にティーセットへ変身! これで狩場でもお茶を楽しめる!
……みたいな謳い文句だろうか?
これを売りつけに来たのは『女性用品店』の外商担当だろうから、間違いないだろう。賭けてもいい。
そう『女性用品店』の人達は、何故かギルド『ラフュージュ』に出張訪問販売へ――より正確にいうのなら、アリサ達を狙って外商担当がセールスに来る。まるで『昭和劇』にでてくる百貨店だ。
そんな訳で、時折にアリサ達は変な物を買っている。
今回でいうと揃いのエプロンドレス――微妙に細部が色違いの――やティーセット専用バスケットなどをだ。
……あまり無駄遣いはしないよう、注意するべきだろうか?
しかし、アリサほどのやり繰り上手も思い当たらない。
元『情報部』の俺達が――そして今はギルド『ラフュージュ』のメンバーが満足な食生活を送れているのは、全てアリサが上手に管理してくれてるからだ。
そりゃ俺やカイでも、管理だけならできるだろうが……生活の質は天と地の差となってしまう。なのに俺達がアリサに説教など、それこそ釈迦に何とやらだ。
また、アフタヌーンティーというのだろうか?
とにかく『湖まで遠出して、そこで豊かなティータイム』という企画は悪くない。やっていることは狩場への移動に過ぎなくとも、目先は変えられる。
いまや俺達にとって狩りは、仕事や義務に等しい。これが言い過ぎであっても……よくて部活動の練習程度か?
べつに嫌いではないのに、軽い義務感も覚える。サボろうと誘われても、吝かではない。なんだか中途半端な感じだ。
それにリア充の輩共が、なにかと「海だ、山だ、BBQだ」と騒いでいたのも理解できた。
ようするに『やや大人の遠足』なのだろう。……少しだけ不健全な意味も含めて。
小学校低学年ぐらいな頃の、遠足という楽しすぎるイベント。
あれの追体験を狙いつつも、現在の自分達でも楽しめるようアレンジし、ほんの少しだけ青い春の欲求も満たす。
ゆ゛る゛せ゛な゛い゛!
――じゃなかった。やはり、リア充は侮れない。警戒に値する恐ろしい異星人だ。
それはアリサ達が嬉々としてギルドハントを、アフタヌーンティーに改造してしまったことからも伺える。
もう言葉を掛けてよい雰囲気じゃなかったし、断固たる意志を強く感じさせた。
きっと少しでも抗うようなそぶりを見せたら、反対の『は』の字も口にしない内に、ギルドの全女性メンバーに吊し上げられる裁判へご招待だ!
が、まあ……危ういところで誰も抗いはしなかった。
……誰だって風車に突撃なんてしないだろう。もちろん俺だってしない。どころか無謀な奴が試みようとしたら、人類愛の見地で止める。
よってアリサ達念願のアフタヌーンティーは、無事に開催された。
……BGMが小鳥の歌や梢を泳ぐ風の音でないのが、ハラハラとさせるけれども。
「おい、そっちに巨大蜘蛛!」
「逃げるトカゲは、訓練されてないトカゲ! 逃げないトカゲは、訓練されたトカゲだぁ!」
「ぎゃあ、巨大種が湧いたぁ! み、みんな……か、囲め!」
などと修羅場の叫びが上がっても、アリサ達は頑なに聞こえない体だ。
明らかに聞こえたであろう大騒音にすら、微塵も反応せず笑顔のままなのは……まるでガラスの仮面を被っているようで、恐ろしい子にしか思えない。
まあ『念願のアフタヌーンティー』に相応しくないからか。そりゃ……誰かを殺してでも、維持したくなる……のか?
………………うん。怖いから定期的にアリサ達の要求は満たしておこう。
喉を潤すべく、コーヒーを啜る。
……美味い。実に完璧だ。
こんなことをいうと英国面に堕ちたと見做されそうだが……たまにはスコーンにお茶も悪くない。
……いや、コーヒーでは英国面に堕ちれないか?
それに俺だけアフタヌーンティーならぬ昼下がりのコーヒーブレイクな訳だが、後で――
「どうして一人だけコーヒーなんてワガママを! 普通は紅茶です! なんで皆に合わせてくれないんですか!」
などと叱られやしないよな?
……こっそりとアリサの様子を伺う。
アリサに限らず、皆は――アリサにネリウム、リルフィー、カイの四人は一様に難しい顔をしていた。
「スコーンが美味しい」だとか「定期的にアフタヌーンティーも悪くないな」とか考えていたのを知られたら、即座に説教でも始まりそうな雰囲気だ。




