根回し――3
次は下準備だ。今日この時まで、準備に日数をかけてしまった。
自分達だけではどうにもならんのだから、先にあちこちと交渉しておかねばならない。相手の意向が不明なまま、幹部レベルでの会議なんて無駄だ。
かといって、俺の独断で話を進めてしまう訳にもいかない。
それで先に団長に話を通したのだが……『RSS騎士団』はMMOのギルドとしては珍しく、メンバーに上下関係があるから楽だ。他の一般的な――民主的なギルドはどうやって意思決定しているのだろう?
一応、俺はナンバースリー……ナンバースリー集団の一人だ。
頂点を団長として、ナンバーツーが副団長、そこから団子となって尉官級となるわけだが……まあ、そのうち、シドウさんが佐官級になるだろう。人望もあって申し分ない。カイが順調に階段を上る可能性だってある。
……野心溢れるハンバルテウスがナンバースリーになる大惨事が起きなきゃ、俺としては文句はない。
だいたい、奴はなんだってリーダーになることに固執しているんだか。……明確に宣言こそしてないが、俺にはそうとしか思えない。そんなに御山の大将になりたければ、自分で山を作りゃいいのだ。
そもそも俺にしたって、こんな風にギルド運営に関わるなんて珍しい。前々から学級委員長だの、生徒会長だのになる奴らの気が知れなかった。
なんだって自発的に厄介ごとを引き受けるんだ?
俺も俺で、学級委員長やギルドマスターだとかの――集団のリーダーには不平屋としてしか扱われてなかったから、お互い様か。
……そう考えると団長――ジェネラルも変わり者に違いない。
しかし、仕組んだこととはいえ、かなりの注目の的だった。
『食料品店』の前にある、フードコートやオープンカフェの様に椅子とテーブルが並んだ広場にいるわけだが、一等席だとか、舞台の中心と言ってもいい。フードコートからも、大通りからも良く目立つ席だ。
この席は数時間前から準備した。
目立たないように注意して、他の席は『正しい』位置に動かしたし……俺の到着まで『一等席』を確保していたのも、こちらでの仕込みだ。俺がずっと座り続けていたら、他人に与える印象が変わってしまう。ここに到着したのは、ほんの十分前程度だ。
俺の背後にはハイセンツが、気をつけをするように直立不動で控えているから……かなり偉そうでもあるだろう。
奴は舞台装置の役目となる。ずっと直立不動でいるのは大変だろうが……そんなに長時間でもない。まあ……散髪代くらいは働いてもらおう。
また、俺のスキルでは何処にいるのか判らないが、『隠密』特化型のメンバーも周りに配置してある。万が一のアクシデントに備える処理要因だ。
さらに遠くではカイの陣頭指揮で、情報操作の準備をしている。
この為にわざわざ、先生方に一時的退去までお願いしたのだ。舞台装置は整っているといってもよい。
あとは主演女優たちの登場なのだが――
注文したわけではないが、主演女優たちは着飾ってきてくれた。
今日はツキがあるかもしれない。
主演の二人は一目を集めながらやってきた。渡りに船の展開だ。
「……呼び立てるような真似をしてすまない。さあ、座ってくれ」
席を立って、二人を招くように話しかける。俺の挨拶に――
「本日はお招きありがとうございます」
「タ、タケルがいうから、き、来てやったぞ! か、貸りを返すだけだからな!」
主演女優の一人、リリーは上品にスカートの裾を摘むような挨拶――良くわからないが上流階級の正式な挨拶なんだろう――をした。
もう一人の主演女優もやや挙動不審ながら、まあ及第点だろう。……秋桜にはおどおどするなと、何度も注意したんだがなぁ。
大サービスで二人に椅子を引いてやる。俺は秋桜に、ハイセンツはリリーにだ。
よく知らないが、レディ――この二人をレディと呼ぶべきか疑問だが――をエスコートするときのマナーらしい。なぜか不機嫌だったアリサと、凄く楽しそうだったネリウムが監修したのだ。おかしな振る舞いでもないだろう。
リリーは優雅に、秋桜はぎくしゃくと座った。
その後、意識してゆっくりと歩いて自分の席に戻る。……せかせか歩くなと注意されたのだ。
やや、周囲がざわついている。
無理もない。俺と秋桜、リリーの三人を知っている者なら、吃驚する光景だろう。
残念ながら『RSS騎士団』も、『不落の砦』も……この世界で敬愛されているとは言い難い。むしろ、積極的に関わりを避けるべきだし、要注意と心得ておくべき集団だ。
その中心人物たちが和やかにお茶会をしている。
狩場で小競り合いをしていたと聞かされるより驚くだろう。少なくとも、各ギルド間の力関係に気を配っている者なら注目に値する。捨て置けない事件に遭遇したのを、幸運に思うかもしれない。
予定ではこのタイミングで、カイによる情報操作が始まる。
もちろん、この珍事を喧伝するためだ。
「ハイセンツ……お二人にもお茶を」
「畏まりました」
予め練習していたハイセンツが給仕にまわる。……アリサとネリウムにシゴかれた成果がでている……はずだ。
意識して無言で見守る。
マナー的にどうなのかまでは知らないが、急いで会話をするメリットがない。野次馬がこの会合を見物に来るための時間を、稼いでやる必要がある。狙いは他の有力ギルドのメンバーか、そいつに情報を流せる誰かだ。
秋桜は早くも焦れだしたようだが、リリーが押し止めてくれている。
その顔は悪戯そうな表情をしていたから……早くも『この演目』を楽しみだしているのだろう。……相手は『不落』の女小悪魔とそのオマケだ。先手を取った程度で油断してはならない。気を引き締めねば!
ハイセンツが定位置……最初に立っていた場所で直立不動に戻るのを待って、会話を始める。
「初日の作戦はどうだった? 俺は細々とした雑用ばかりで……あまりレベリングが捗らなかったぜ。どこも裏方は忙しいな」
この話にべつに裏の意味はない。「最近どうよ?」程度の世間話だ。
時間を稼ぎたいのもあるし、この会合が平和的になされた印象にもしたい。
「ふふ、私はけっこうレベルが上がったんだぞ! ……もう、タケルよりレベルが高いかもしれないな! いや、高いぞ、きっと!」
秋桜は自慢げだ。
こいつにレベルが抜かれているなんて、少し悔しく感じなくもないが……今日は喧嘩するわけにもいかない。……だいたい、少しのレベル差なんて、戦術次第で覆せると教えたのになぁ。忘れちまったのか?
「まあ、すぐに追いつくさ。時間を作れば、まだ何とかなるだろ」
そう言い返す程度で済ます。秋桜は負け惜しみと受け取ったのか、ご満悦だ。……少しレベリングの時間を作ることにしよう。
「私は……タケル様と『同じ』で、装備の手配やらなんやらと些事が……なかなか思うようにはいきませんね」
さりげなくリリーは反撃してきた。
作戦を盗まれたのだから、『同じ』方法で調達したに決まっている。軽い当て擦りなんだろうが……「簡単にやられはしないぞ」といった意思表示か?
しかし、まだ戦いを始めるつもりはない。もう少し時間を稼ぐ予定だ。
……獲物は多くかかった方がいい。




