指名手配――3
事情を咀嚼しようとする間にも、クピドさんは話を進められた。
「で、だ。実は先日、一匹獲物を逃した。そいつを探し出すのに難儀している。見つけるのを手伝え」
「えっ? 見つかってない?」
「うちで保護している子だけ……その――」
言い難そうなリシアさんを、慌てて手を振って押し止める。
馬鹿か、俺は。
事件があったのなら、そこには加害者と被害者がいて……さらには被害者だけは絶対に確認される。そうでないのなら、それは何も起きていないということだ。
「可哀そうと思わなくはないけど……私達にも余裕がある訳じゃないし」
ガイアさんも、諦めの言葉を口にされる。
……当然の判断だ。いまの俺達に余力などない。
仮に捕まえて閉じ込めておくとしたら……下手したら一人を監視するのに、人ひとりの人生が要求されてしまう。
アメリカで行われているようなスリーアウト制ですら贅沢だ。とてもじゃないが、そんなチャンスは作ってやれない。
罰というシステムもまた、文明と共に発達してきた証拠だろう。
刑務所というものは――人を閉じ込める檻というものは、非常な努力によって維持されている。
そして禁固に処すこともできず、更生も――再犯の防止も確約されないのであれば……断固たる手段をとる――この世界から退場でもさせるしかなかった。
……残念ながら話し合う余地はない。
俺にだって、命に代えてでも守りたい女達がいる。誰にだっているだろう。
耳障りの良い信念や主義主張の為に、その笑顔を犠牲にしたくない。非人道的な野蛮人といわれようとだ。
「いえ、当然でしょう。俺も――うちのギルドも協力します」
……事後承諾となるが、これぐらいは権限の内だろう。
「助かるぜ。あー……これは、あくまで俺の勘なんだが……どうも常習に思えてならない。早いうちにケリを付けるべきだ。で、タケル。お前のところに似顔絵を描ける奴がいるだろ? そいつに――」
「なにか上手に……その……誤魔化して?似顔絵を――この場合は手配書?を作って欲しいの」
……なるほど。
セカンドレイプなんて言葉がある以上、必要な措置か。この世は男にも女にも、生き易くできていない。
おそらく保護された被害者は、匿名の『聖喪』メンバーになっている。それでもリシアさんにすれば、できる限りに守ってあげたいのだろう。
それに常習に思えてならないだなんて……聞いただけで眩暈がしてくる。これは未だ判明してない事件すら、存在し得るということだ。
いや、あって当然なのか?
残忍で徹している犯人だった場合、絶対に明るみにならない方法を選ぶ可能性がある。
……もしかすると事態は、俺の想像より悪化しているのか?
「まあ、あれだ。最終的に責任を取らされるのは、俺になる。タケルは――」
「よして下さい。俺だって似たようなもんです。あー……手遅れかもしれませんね、もう」
ニヒルに笑おうと思ったが、なんだか格好がつかなかった。どうにもダンディさが足りない。
日本は死刑制度が維持されている世界的には珍しい国だが、実のところ死刑を避けるのは簡単な国でもある……そうだ。
まず殺人以外で死刑にならない。
そして過失致死も――故意ではない場合も免除される。
よくある例が、事故などで人を殺してしまった場合などだ。仮に飛行機を墜落させ百人単位で死傷者をだしてしまったとしても、この原則は守られる。
その上、一人殺しただけでは死刑とならない。
通常は三人以上殺した場合、極めて悪質な場合でも二人を殺している必要がある。
三人以上を殺している場合でも、情状酌量の余地があったりすれば、死刑だけは免れることがほとんどだ。
連続の計画殺人だとか、記録を狙うだとか……誰の目にも明らかに常軌を逸していて、引き返すチャンスも多く、極めて悪質……そんな場合にしか死刑にはならない。
しかし、クピドさんは既に三名。俺は、まだ一人だが……この分では、まだまだ増える。
正当防衛を主張したいところだが……実のところ適用されることは少ないらしい。
よくても過剰防衛、下手したら極悪な連続殺人犯として扱われそうだ。どうあがいても実刑は免れないか?
だからといって止める気はないけれど、もう極刑すら視野に入りつつある。
……こんなことを考えるのは無意味か?
いや、もしかしたら思考停止をしてしまっていて……判断を誤り続けている?
………………他に選択肢もなさそうだが。
それに考えるのは、この不具合が解消されてからにするべきだろう。
いまは出来ることをするしかなかった。
「とにかく……いままでに……その……問題が起きた場所を知りたいですね。それと……似顔絵の描ける奴は、すぐに手配しますけど……あと、なにか適当な名目が必要ですね。指名手配するだけの。別件で何か罪状をでっち挙げましょう」
同じような境地なのか、ご三方も頷きで返してくれる。それを見て――
天国へはいけないかもしれないけれど、沢山の慰めと一緒に地獄へ落ちれるかもしれない。
そんな馬鹿なことを、突然に思った。




