指名手配――2
クピドさん――装いはザ・伊達男な感じで、実にダンディだ――に続き、ガイアさんも続いて小部屋へと入ってくる。
……すごいメンツだ。
表の世界の女王であるリシアさん、裏世界の帝王たるクピドさん、裏表を通じ最も敬意を払われているガイアさんとで――三巨頭が揃い踏みとすらいえる。
正直、『ラフュージュ』の規模では比較にもならない。対抗できそうなのは全盛期の『RSS』ぐらいか?
また、お三人共に真剣な様子で、先ほどに俺の脳内で繰り広げられた妄想が、とんでもなく場違いに感じてしまう。
例えるのなら、騙し討ちで葬式へ連れてこられたみたいだ。べつに誰に知られる訳でもないけれど、申し訳ない気分で一杯になる。
……でも、男なんて『妄想が七分に、現実が三分』が基準じゃなかろうか? 俗に一日一万回ともいわれるのだし――
「そういえばタケルには、言ってなかったか? 実は何人か処理してたんだ。あー……もう三人になるな。この世界からご退場をお願いしたのは」
前置きなしのクピドさんの発言で、一気に目を覚まさせられた。
……処理? 退場? それは一体?
慌ててリシアさんとガイアさんを伺うも、特に驚いたご様子ではなかった。どうやら既知のことらしい。
とにかく真意を問い質そうとするも、さらに先回りをされる。
「レイプだ。その犯人を、独断で俺が対処した。べつに宣伝することでもないから、吹聴して回ったりはしてないけどな」
そう断言されたクピドさんは、詳細の説明を拒絶される感じだった。
……当然か。
事後でのことを、どう話し合えば? また話しても、気分の良いことでもない。
「私のところは……その……詮索はして欲しくないのだけれど……何人か預かっている子がいるの」
あらゆる犯罪に犯人がいるように、被害者も存在する。そしてリシアさんのところなら、名無しのまま身を隠せるだろう。
「色んな子と話をすると、良くない噂も耳にしてね」
そう説明を加えるガイアさんは、なんだか悲しそうだった。
俺の身の回りでレイプの被害者や加害者が出なかったのは、単なる偶然だ。
もちろん安全には気を配ったし、確率論でいうのなら相当に低くできた。だからこそギルドを作ったともいえる。
しかし、守れたのはギルドの仲間やギルド外でも親交のある奴と――限定的な範囲でしかない。
そして歯止めが利かない奴というのは、どんな場所、状況、境遇にでもいる。当然に性欲を他の何かへ転化したり、抑えたりできない奴もだ。
万単位もの大人数が、一ヵ月以上もの間、意思に反してゲームに閉じ込められているのだから……ありとあらゆる問題が発生するのが当たり前だろう。
耳にしなかったからといって、起きなかった訳ではない。目を背けても、世界の裏側では子供が飢えて死んでいる。
……それは心を痛めようとも、でもあるが。
また、VR独特の問題も背景にはある。
レイプを容認してしまうシステム――本当に撲滅したいのであれば、絶対に性交できなくすればよい――なのもネックだろう。
これだけが原因でもないけれど、結果としてPKと強姦とを同列に考える者すら生みだしている。
実のところVR空間での性交は、色々と特殊だ。なにより表面的には、女性が問題視する点が全てクリアされている。
第一に妊娠しない。
これは当たり前だろう。どんなに精巧にできたVR空間やアバターであろうと、現実の肉体へ受精させることはできない。
同じ理由で性病などの、病理的なリスクもゼロとなる。
これは人によって意見が分かれるが……純潔の担保だって可能だ。VR空間で何度となく性交をしようと、肉体的には処女のままでいられる。
つまり、VRで性交しようと、妊娠もせず、病気もうつされず、処女性も喪わないで済む。
さらに、きちんと立ち回れば、匿名性の維持も可能ときている。
何か致命的な問題を起こした――例えば「誰とでも性交する」などと後ろ指をさされようと、匿名性を利用すれば解消可能だ。
この事実を背景に――
「VRではフリーセックスが標準となるし、レイプなんて少し不愉快な出来事に過ぎない」
と主張した者もいる。当然、大間違いだが。
……もし納得してしまった場合、大事なことを幾つも見落としている証拠だ。
逆の立場で考えれば、すぐに理解できると思う。
なぜならレイプを容認するのなら、自らが標的とされる覚悟も必要となる。
ここでエロ漫画によくあるような『痴女同然な女性とムフフ』を想像してはいけない。俺は異性愛者だから、細かく語るべきではないかもしれないが――
ある日、突然、顔見知りですらない男によって襲撃を受ける。少しでも抵抗すれば蹴る殴るの暴行を加えられ、とても抗えそうもない。なんだなんだと戸惑っているうちに――
と酷い目に遭わされた挙句、一生忘れられそうもない不愉快な経験を強いられる。
もう言葉の暴力にも近いが……レイプする側にとって、被害者など後始末に使うティッシュペーパーほどの価値しかない。人格否定どころか、あると考慮すらされないだろう。
それがレイプだ。
結果として肉体的に何一つ喪わなかろうと、決してPKと比較できるような出来事ではない。
もちろん、事実としてそうはならなかった。
おそらく人類は――VRでセクロスできるようになった俺達世代は、根本的な問い掛けをされている。
「なぜレイプはいけないのか?」という、根本的な質問をだ。
加害者や被害者にもなったことがない、どころか性交を未体験な俺がいうのもだが……究極的には『相手に拒否する権利があったかどうか』の問題に思える。
勢いに任せて押し倒す、酒やムードに酔わした、土下座して頼んだ、金や権力にものをいわせる……どの手段を選ぼうと、過程のどこかで相手の拒否権さえ守られていれば、それは恋愛の交渉としてセーフだと思う。
しかし、いくらルールや法律、慣習に則っていようと、相手に拒否権がなかったらアウトではなかろうか?
……いずれにせよ、この世界は何もかもが自由な楽園とは程遠い。
現実と同じく不愉快なことは不愉快なままに、容認できないことは容認できないままだ。




