指名手配――1
昨日、ガイアさんに呼び出され店舗『ブルーオイスター』を訪ねると、先客にリシアさんの姿があった。
内密に話があると通された奥の部屋でのことだ。
意外な人の登場で、さすがに驚きを隠しきれない。
また、リシアさんも白い修道女の頭巾を、目元が見えなくなるまで下げている。素性を隠したいメンバーがやっているようにだ。
正直、珍しかった。ちょっと記憶にないから、これが初見かもしれない。
ある意味でギルド『聖喪女修道院』の正装といえる……のか?
やはり、所属ギルドやプレイヤーネームを確認しても、浮かび上がってはこない。『隠蔽』のタレントを利用しているのだろう。
そんな訳で親しい者でもなければリシアさんと判らないはずなのに、俺を確認するや歓迎の印にパタパタと手を振ってくださって――
実に可愛い!
密かに姉と仰ぐほどで、当然に少し年上な大人の女性だけど……やっぱり可愛らしい女だ!
これぞ『Kawaii is justice』を世界標準とした原動力だろう!
しかし、どう応じたものか?
プレイヤーネームや所属ギルドを隠しているのなら、それを前提とした対応がマナーに適うのかもしれない。
その正体はしらない体で、通りすがりの女性と話すような……失礼でもなく、それでいて距離感は近すぎない感じがベストか?
いや、ありがたいことに親しみの情を示してくれているのだから、それに甘えるべき?
などと愚考している内に――
重大な事実に思い当たった!
………………いや、まさか?
だが、可能性としてはあり得る?
お互いに少しだけ融通を聞いてくれる――しかも、いろいろな秘密も厳守してくれる――場所での密会!
確かにリシアさんは、その素性をお隠しになられている。だが……誰に対して?
俺さえ――そしてセッティングしたガイアさんも黙っていれば、ここにリシアさんが居た事実はなくなる。少なくとも証言者はいない。
……そこまでの苦労をして、俺との密会を?
いや、リシアさんは俺の夢描いた理想の『姉』で……み、密会とか言われなくてもだけど……そうじゃなきゃダメって場合を考えると! でも、俺には心に決めた子が――心に決める予定の子達がいるわけで! しかし、それはそれとして……憧れの女性の手で大人への階段を昇る? 昇っちゃう? アレか? 童貞ならば、誰もが一度は夢見るという……昼は優しいお姉さん、夜は恋人なのか? バブみよりも自然で、マザコンとは違うリアル――それが姉コンだ。かの光源氏ですら、マザコンから姉コンを経て、最後にはマザコンとバブみの両立という奇跡、そして自産自消をも兼ねるという神の境地へ到達した! なんだかラーメンの全乗せみたいだが……とにかく文脈として姉コンは正しい! 男子たるもの、その根源へのルーツに姉コンを内包しているべきなのだ! それに『据え膳食わぬは男の恥』でありつつ、場合によっては敬愛するリシアさんに恥をかかせることにもなる! そう、これは全てが仕方のないことであり、二人が黙っていれば、誰にも――
………………いや、違うのか?
恥ずかしながら、生涯で一度たりともモテた記憶はない。
その俺が大人の逢引に誘われた?
馬鹿を言っちゃいけない。少し頭を冷やすべきだ。そういう妄想は、独りの夜用にとっておくべきだろう。
なぜか涙目で恨めしそうなアリサが思い浮かぶのだけれど………………とにかく、それで間違ってない!
そもそも店舗『ブルーオイスター』を経営するギルド『組合』は、LGBTの為の秘密結社だ。
まだまだ差別や迫害されがちな自分達を、裏からサポートする目的で結成されている。
実のところ『RSS騎士団』と掛け持ちの奴もいたし、当然に引き続き『ラフュージュ』へ転籍した者もいる。
しかし、それらは別段に騒ぐ話でもない。極論にしてしまえば「ああ、そうなんだ」でおしまいだ。
もちろん、元『HT部隊』の娘にだって参加者はいると思うし、自然ですらあるだろう。
……最近は忘れがちになるけど、タミィラスさんなどは元『組合』幹部だ。いや、いまも運営に携わっているのか?
まあ、どちらにせよ、意外と『組合』の活動は活発だ。
俺なども、ガイアさん達と話し合ったりする。協力することだってあるし、逆に助けてもらうこともしばしばだ。
ギルド『聖喪女修道院』マスターにして『聖喪』『不落』同盟盟主たるリシアさんも、色々と付き合いがあって当たり前だろ……う?
………………まてよ?
俺などは、ようするに御用聞きの下っ端も同然だが……リシアさんも同じか?
当然の権利として『組合』の施設にいることも――つまりはLGBTの一員な可能性も?
『RSS』に在籍していた『組合』メンバーは、「べつに咎めることでもない」で見過ごしていたけれど……当然に他所のギルドだって似たようなものだし、だからこそ『組合』は隠れた最大手ギルドでもある。
おそらく『組合』と掛け持ちしている『聖喪』や『不落』のメンバーだっているだろうし、それが当然というものだろう。秘密結社といっても、ようするに互助組合なんだし。
そして、それがギルドマスターであっても、おかしくはない。
つまり、この場合は……リシアさん本人が、だ。てっきりMDのマニアさんで、困ったことにシドウさんへ興味津々と思ったけれど……「それは、それ。これは、これ」だったりするのか? 思えばリリーは「お姉さま、お姉さま」と煩いくらいだけれど……実のところ特別な意味でお姉さまだった可能性が? 『観音様がみてた』的な意味の? なんとも羨まけしからん! いいぞ、もっとやれ! というか観音様がとか、下ネタか! いや、下ネタでも構わない! そこに美があれば! 「女の子は女の子同士で」と説いた賢者もいるじゃないか! そうだ、今日の発見を記念して、ここへ塔を――
しかし、俺のくだらない妄想は、不機嫌だがダンディな声に遮られた。
「なに入口を塞いでんだよ、タケル! 中へ入れろ」
誰かと思えばクピドさんだ。……もちろん、キューピッドちゃんモードではない。
さらに気付くとリシアさんも不審げに、俺の様子を伺っている。大失態だ。
※バブみ
ここでは狭義の意味で、母のように甘えたくなる年下の女性の魅力を指す
※LGBT
レズ・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字をとったもの。
該当する人達が自称で使う場合も多く、肯定的な意味を持つ。広義の意味で性的マイノリティとする場合もある。




