漢の世界・その実例――3
「で、何の用だよ?」
「何の用だよ、は無えだろ! 俺は、お前が俺に用があるって聞いて――ちわーっス! お邪魔してまーす!」
俺に罵り返しつつも、ウリクセスはミルディンさんや他の先生方への挨拶を忘れなかった。MMO廃人の癖に、変なところで礼儀正しい奴だ。
「やあ、いらっしゃい! タケル君に用?」
「ちわー! ウリクセスさんも一緒にチェスやらないっスか?」
などとミルディンさんとリルフィーも応じ、ごく普通の日常かと思いきや――
「は、初めまして?」
「久しぶりだな、ウリクセス」
というルキフェルの返事で、その場は微妙な空気となった。
微かではあるがウリクセスは変だったし、両者の受け答えも噛み合っていない。
察するに二人は知り合いでありつつ、ウリクセス側では隠しておきたかった。……そんなところだろうか?
「……ひ、久しぶりだったな、ルキフェル」
観念して言い直したが、ウリクセスの奴……いったい何を内緒に?
「ふーん? それで?」
「い、いやー……ど、ど忘れしちゃってたなぁ……直接の顔見知りだったか、それとも一方的に相手を知っているだけか……時々ごっちゃにならないか?」
非常に苦しい言い訳だが、まあ無くもない……か?
事実として俺などは、相手だけがこちらを知っている場合が多い。というか、ほとんどがそれだ。
『RSS騎士団』の頃に不特定多数から恨みを買っているだけでなく、プロパガンダなどで全体メッセージにも顔を出していたし……ギルド『東西南北』が制作する報道番組の常連ですらあった。
しかし、ウリクセスの方は至って普通の?廃人であるから、一般人相手だと意外なほどにネームバリューはない。
なぜなら活動場所が常に最先端の狩場なので、普通のプレイングでは遭遇すらできないからだ。
……ある程度ゲームをやり込むと、毎日のように顔を合わすことになるけれど。
「説明は必要だと思うぜ? 何にでもよ?」
「ぐぬぬ……だ、駄目なんだぜ? い、いま言ったことが全てだ! それに……大したことでもない。本当に!」
我関せずとチェス講座へ戻ってしまったルキフェルを横目に、ウリクセスはゴリ押してくる。
……これは相当に『でかい何か』がありそうだ!
しかし、ウリクセスが話さないと決めたのなら、無理やりに口を開かせる方法など――
ここで天啓が! 圧倒的天啓! ミューズが俺に囁く!
もしかしたらウリクセスの奴、ルキフェルを相手に――『男の子を女の子と勘違いし、全身全霊でもって口説いた』なんて黒歴史があるのでは?
そんな馬鹿な奴がこの世にいるはずもない。いくら可愛かったからって、男の子を女の子と間違えて惚れるなんて……MMOはファンタジーやメルヘンじゃあないんですから!
が、相手は廃人ウリクセスだ。
俺などでは足元にも及ばないほど、レアを引き当てまくっている。それがアイテム限定だと、誰に言えよう?
奴のレア力であれば、『男の子を女の子と勘違いし、全身全霊でもって口説いた』という当たり?だって容易いはずだ!
そう『男の子を女の子と勘違いし、全身全霊でもって口説いた』なんて、世界が一巡しても一回あるかないかだが……奴ならばあり得る!
目星がついてしまえば話は簡単だ。
何も攻めるのはウリクセスでなくともよい。後でじっくりとルキフェルから聞き出せば済む。
くくく……明日には『男の子ファッカー』の通り名を献上してやる!
「で、何の用だよ! あれだ……少し失礼だろうが! こちとら用があるって聞いて、わざわざ出向いてやったんだぞ!」
……駄目だ。まだ笑うな……堪えるんだ……笑うのは、こいつが『男の子ファッカー』な証拠を握ってからだ!
ニヤけそうになるのを堪え、ついでに用意しておいたメモを渡す。
「いや、筋的には俺が出向くのも……なんだか妙に思えてな。だから呼びつけさせて貰った。悪いな」
「……なんだよ、これ? 狩場の……地図……か?」
「うちの攻略班がリストアップした危ない地域の予想図だ。相手の力量にもよるけど……その地図で赤く塗ってある場所はヤバい。MPKを仕掛けたら成功の可能性がある」
真面目な話となった途端、ウリクセスも厳しい顔付となった。
やはりMPKは少人数であればあるほど脅威となる。いかに廃人ギルドで精鋭ぞろいとはいえ、人数的不利は覆しにくい。
「……なるほど? うーん? 確かにそういう目で見れば、危ないエリア……か? ああ、細かく条件も付けられてんだな……ふーむ」
この精度なのにMPK騒ぎがあってから、たったの数日で完成している。味方ながら我らが調査班と攻略班の本気は、ちょっと恐ろしいぐらいだ。
「貴重な情報をくれてやるのに、こっちが出向くというのも……なんだか負けの気分がしたんだよな」
「それは……少しだけ解る……かも? とにかくサンキューな! 助かるぜ! うーん……知り合いに見せても?」
なかなか難しい質問ではある。
ウリクセスにも義理はあるだろうし、情報の内容も特別だ。親しい仲間には教えておきたくもなるだろう。
「しばらくはギルドマスターか、それに準ずる立場の者だけな。いきなり公表も考えてはみたけど……逆に狙い目として利用されたくない」
納得の印に頷き返してきたから、まあ大丈夫だろう。
この措置は念の為でしかないし、どのみち放っておいても広まるはずだ。……というか広まってくれないと、それはそれで意味がない。
「了解だ。これは『ひとつ借り』でいいか? 自分で言うのもなんだけど、それなりに義理堅い方で通っているんだぜ」
しかし、ややカッコつけたウリクセスの物言いは――
「それは……そうかもな」
というルキフェルの合いの手によって台無しとなり、哀れウリクセスは石造のように固まってしまった。
やはり『でかい何か』はある!
これは楽しみで仕方がない。
ルキフェルも頑固で生半なことでは口を割らないだろうが……懸かっているのは『男の子ファッカー』という重い十字架、それも廃人ギルドの総元締めたるウリクセスのだ!
万難を排して……いや、場合によってはでっち上げてでも突き止めてやる!




