漢の世界・その実例――2
「よし、僕は『騎士』が軸の戦術にする!」
「あっ! ズルいっスよ! 俺もそれがいいっス!」
「あははは……まあ、そういう愛着があっても悪くはないかな? 拘り過ぎは駄目だけど。でも先に定跡を、ある程度は知っておいた方がいいね。ちょうど君達の好きそうな『フォー・ナイト』なんて名前のもあるんだよ?」
そのあやすような言葉に、リルフィーとルキフェルの二人は目を輝かせていた。
なんというべきか……ミルディンさんは手慣れてる感じだ、少し意外なことに。
現実では技術者か研究職と予想していたけれど、もっと教育機関よりであられるのかもしれない。例えば……大学教授とかの。
少し至らない程度なら見逃される懐の深さをお持ちで、目下の者が相手でも辛抱強く話をしてくださっていた。
何より競技レベルでチェスを学んでいらして、ルキフェルを解らさせれる圧倒的な実力も兼ね備えていらっしゃる。
これは正しい意味での『役不足』ですらあるか?
また考えていた以上に、ルキフェルに師匠をつけるのは妙案だったかもしれない。
俺などでは歳が近すぎて生意気としか思えないが……これで『凄い人は凄い』と認める度量は持っていたようだ。
上手くいけばミルディンさんから良い影響を受けて、厨二病とも折り合いをつけられるようになるかもしれない。
………………悪くいってしまったらどうしよう?
唐突に凄みを纏った『聖喪』の姉さん方が脳裏に浮かんだ。正直、怖い。
……なぜか姉さん方はルキフェルのファンだ。『ルキ君』なんて仇名まで献上されている。
厨二だろうと美少年はお得ということか? 死ねばいいのに。
もっと意味不明なことに『香港の青年実業家とショタ』というセット――ちなみに香港の青年実業家とは、ハンバルテウスのことだ――で愛でられている。
なのにミルディンさんと引き合わせたことで、『変人教授と生意気天才美少年』という新コンビの結成だ。
………………拙い。もし姉さん方の逆鱗へ触れてたら、謂れのない教育的指導の的にされる!
けれど、これでも良かれと思ってしたことだ! 後悔なんて、それほどない!
もし姉さん方がご立腹だった場合は、何か賄賂を贈って誤魔化そう!
しかし、ルキフェルが影響を受けやす過ぎて、瞬く間に『ミルディン二世』となってしまう懸念もあるのか?
あの美少年が、どうしてここまで!
なんて結果になったら、俺は雲隠れでもするしかない。
怒り心頭な姉さん方からはもちろん、違う意味でルキフェルを愛でているアリサやネリウムからもだ。
なぜ女の子は『美少年×恋愛』の組み合わせに弱いのだろう?
だが信じ難いことに、ルキフェルがイジメられているという情報も得ている。
『RSS騎士団』で一番偉そうにしていた第一小隊の、それも副長であるルキフェルがハブられるなんて、正直いって眉唾物だけど……まあ情報提供があったのは事実だ。
俺がBANされてから、『RSS』で何かあったのだろうか?
それとなくルキフェルから聞き出しておきたいし、場合によってはヤマモトさんと一席設けることになるかもしれない。
……先にシドウさんかサトウさんにコンタクトを取るか?
ただ、あまりに内部のことに口を出すと越権的というか……内部干渉にとられると拙い。難しいところだ。
……しばらくはルキフェルの様子見からか?
そんな風に、ぼんやりミルディンさんのチェス教室を眺めていた俺を――
「こんちわー! 失礼しまーす! ――探したぜ、タケル。俺に用があるんだって?」
などと呼び掛ける声がした。
誰かと思えば……ギルド『ヴァルハラ』の頭である廃人ウリクセスだ。
「おー……って、なんだよ、出先にまで」
「ギルドホールへ顔を出したら、こっちにいるって言われてな。――しかし、凄いな!」
呆れた様子で周りを見渡すが……いきなり失礼な奴だ!
確かにその場は――店舗『アキバ堂』の裏は凄い状態ではあった。
所狭しと雑多に物が置かれていて、まるでオモチャ箱でも引っくり返したかのようだ。
ほんの少し前――俺達が『アキバ堂』の二階を『詰所』として間借りし、この裏へ大きな円卓を据え付けていた頃の面影なんて全く無くなっている。
……アリサに見付かったら、本域でキレるかもしれない。少なくとも一心不乱の大掃除は開始されると思う。
しかし、勘違いしてほしくないのだが……この状況、汚いわけでは決してない!
……足元に意味不明なオブジェクト――おそらく先生方のオモチャ――が転がっていていようともだ。
これはゴミなどではなく、正しい定位置が地面であるから、そこに鎮座している。
決して片付けるのが面倒だとか、そういった理由からではない。おそらく勝手に位置を動かしたら怒られる……はずだ、たぶん。
さすがに食べ掛けのまま何日も放り出されてるパンなどは、もはや食べているのを忘れてしまったか、すでに満足されたかで……ようするに廃棄物である可能性も、ニュートン力学的には考え得る。
が、これこそ漢の世界なのだ!
仮に毎日三十分を、掃除とかいう徒労に費やしたとしよう。
そうすると一年では約一万分、時間へ直せば約百八十時間、日数でいえば丸々七日以上となる!
考えただけで眩暈のしそうな時間だ! 究極的には我慢で耐えきれるのに!
まあ『我慢』を選んだ場合、一年三百六十五日、年中無休で休みなく「そろそろ掃除しなければ」と感じて生きることになるけれど……そんなのは些少な問題でしかないはずだ。
「文句があるのなら、べつに掃除を始めてもいいんだぜ? ここの皆さんは、その程度のことでお怒りにはなられないし?」
「……人間、埃で死なないよな! 掃除とか……片付いてないとか……そういうのは小さいことだった!」
即座にウリクセスは、カオス状況容認派へ転向しやがった。
……「長い物には巻かれよ」だとか「言い出しっぺの法則」、「雉も鳴かずば撃たれまい」なんて言葉が脳裏に浮かばなくもない。




