根回し――2
勝ち目の無い交際費交渉より、今日は大事なことがある。まずは現状の確認だ。
「おーい、ハチ! ウチの総資産――『情報部』じゃなくて、『RSS騎士団』全体な――を……いや、すぐに現金化できる総額を教えてくれ!」
隅っこに座り、いくつものウィンドウとにらめっこをしていた八郎兵衛に声をかける。
……それまで精悍ともいっていい顔付きだったのに、なぜかいきなり、ヘラヘラした感じになった。
「大丈夫です、隊長! 総資産はちゃんとあります!」
しかも、この超適当な返事だ。
リルフィーとは別の意味で、頭が痛くなる。
俺はかなり高い確率で、この頓珍漢な態度が演技だと思うのだが……なんの目的でそんなことをするのか謎だ。暇なら付き合っても良いが、今は早く答えが知りたい。どうしたものかと考えてたら――
「おう、おう! 隊長が聞いてんだ、サッサッと教えねぇか、べらんめえ!」
気の短いグーカが食ってかかる。
「ぼ、暴力反対!」
そう、ハチは悲鳴をあげるが……ツッコミどころ満載でしかない。
『RSS騎士団』が掲げる看板の一つは力……暴力だ。ハチの奴は自分が所属している集団を、なんだと思っているんだろう?
「いい、グーカ! よせ!」
カイは止めるが……その手には一枚の書類があった。それに、少し楽しそうだ。
「……とにかく、準備できる現金を知りたいんだよ! 早くしてくれ!」
付き合ってられないので、急かしたが……そこで気が付いた。
全員が注目している。ただし、誰一人として、俺の質問をおかしく思っていない。
当たり前か。運営からの重大発表を受けての行動だし、ほとんどのプレイヤーが関心を持っているはずだ。ここにいるメンバーは全員、『俺がどうするつもりなのか』を知りたくて集まってたんだろう。
「そうすっね……ざっとで良いなら、金貨五十万枚は用意できるっす」
ハチの言った金額は、俺の予想より遥かに多い。
無言でカイは手に持った書類を握り潰した。
興味を感じたので「寄こせ」というように手を伸ばせば、しぶしぶ渡してきた。その書類は細かな数字がたくさん並んでいたが、要するに『RSS騎士団』がすぐに用意できる推定金額だ。それは俺の予想と大差がない。
カイには悪いが、思わず笑ってしまいになった。
おそらく、カイは推定金額より低かったら、ハチを責める……下手したら横領の容疑くらいはかけたに違いない。……俺も間違いなく横領していると思うから、それは見当はずれでもないだろう。
だが、ハチは簡単に尻尾をつかませるようなタマではない。
なにより資産運用――MMOでの商売が上手すぎる。奇矯な振る舞いさえなければ、間違いなく『RSS騎士団』の大黒柱だ。
なんだって周りをイライラさせたり、信用されない言動を好むのだろう?
「もう少し欲しいな。今週は足りると思うが……先々を考えたら、とても足りない」
俺とカイ、ハチ以外は五十万枚という数字に驚いたようだが、「足りないという」感想には異論がないようだった。まあ、それで普通だろう。
「……さすがに毎週五十万枚は用意できませんよ? 総資産を何とかしても、次までが何とかで」
「隊長、装備の売却は容認できません。今後が立ち行かなくなります!」
カイとハチが――珍しくハチは真面目だった――先回りした意見を言う。
「いや、それでも……万難を排して、序盤は俺達で占める。全部をだ」
俺の言葉に、全員が息を呑む。
「隊長、いくら不動産……ギルドホールの解放といっても……全部買い占めるのは無理です! だいたい、俺の読みじゃ……一物件あたり金貨十万枚台です。今週分すら用意できない!」
いち早く立ち直ったハチが――やはり、ヘラヘラした態度は演技なんだろう――妥当な見解を述べる。
「馬鹿な事を言うな。相場に従ってどうする。相場は作りゃ良いんだ。それに俺の見積もりじゃ、今週に三十万枚、来週に同じだけ。……再来週は相場が上がるだろうが、四十万枚もありゃいける。第一、買い占めるとは言ってない。コントロールできれば同じことだ。さらに先……四週目以降まであるなら、そのときは……不動産部門でも作るか? 儲かると思うぜ?」
俺の話を聞いて、みんな空いた口が塞がらないようだった。……失礼な奴らだな!
ギルドホール解放は、唐突に運営から発表された。
……いや、突然に感じたのはプレイヤーだけで、運営側にすれば予定通りか。
とにかく、その発表というか、予定は例によって不思議というか……奇妙だった。
なんと毎週やるらしいのだ!
公式ホームページには「ギルドホール&ショップ解放! 第一期、第一週開始!」と喧伝されていた。
第一週とあるからには、少なくとも三週ぐらいは連続して行われるのだろう。大方の予想でも三週以上と見られている。それは第一週で解放される物件数が、異常に少なかったからだ。
発表ではギルドホールが三物件で、ショップに至っては一店舗だけ。
これでは少なすぎる。少なすぎるが、しかし……逆に考えると、とんでもなく長いイベントといえた。
仮にギルドホールの総数が百物件だったとする。
毎週三物件ずつ解放しても、三十三週かかる計算だ。合間に別のイベントを挟んだりで休むこともあろうから……下手したら向こう二年間近く、ギルドホール入手のチャンスがあることになる。
これはMMOとしては異例のことだ。
ギルドホールなんて一気に解放されてしまうことが多く、既存のゲームだと新参プレイヤーは解放イベントを体験すら出来ない。以後はプレイヤー間で売買され、その価格は絶対に入手不可能と悟れるほどだ。
どうなるのか予想もつかないが、少なくとも向こう二年はギルドホール入手の夢が見れるなら……なかなか上手いやり方かもしれない。
しかし、それは一般人の立場での話だ。
俺達『RSS騎士団』としては、絶対不可侵の避難所なんぞ持たれる訳にはいかない。
完全な対処法は全部買い占めてしまうことだが、そんな予算は無かった。
それでも何とかするのが、作戦担当と思うのだが……。
「――とにかく金! 金だ! 金が要る! あと一ヶ月で現金百万枚は用意したい。ガイアさんにも融資は頼んである。もちろん、『象牙の塔』と『妖精郷』にも協力を仰ぐ。それでも俺達自身がある程度を用意しなくちゃならん」
発破をかけると、細かいことはともかく、とにかくやらなきゃならんと理解はしたようだ。とりあえずは、これで十分ではある。
「作戦開始は……団長に裁決を仰いでからだが、とにかく、当面は現金重視だ。……しばらく緊縮財政になるな」
……ちょっとした交際費にも苦労するのに、さらに厳しくか。自分で自分の首を絞めている気がしなくもない。
ふと気が付けば、リルフィーとネリウムが羨ましそうにこちらを見ている。気持ちは解るが、なんともならんだろうな、やっぱり。
リルフィーのような廃人でも、ギルドホール所有の経験はない。俺だって買い付けを検討するのすら初体験だ。
何とかしてやりたいところだが……。まあ、暇なときに考えてみるか。駄目で元々だし。




