The Call of……――4
気付かれないように注意しつつ、秋桜の様子を窺う。
……うん。大丈夫だ。酷く驚いているというか、微塵も疑っていない。
一応は若い娘さんなのに、この不用心さは……こちらが逆に心配してしまう。秋桜が相手なら、どんなことでも信じさせれそうな気がする。
しかし、まだ目的を全て達してない。すぐにでも追撃だ。
「というか、なんで緩んでんだよ? 俺は怒っているんだぜ?」
「へっ? でも、私……てっきり、あの人を殺してしまったと――」
……実に晴れ晴れとした顔になってやがる。
こいつを騙した罪――特に道徳的な問題は、俺が墓場まで持っていく必要がありそうだ。
まあ意味もなく秋桜の顔を曇らせることもない。後でリリーとも口裏を合わせておこう。
「なに喜んでんだよ? 全然よくないだろうが! ちゃんと息の根を止めておけよ!」
「で、でも……そ、そんなことしたら……相手は……死んじゃうかもしれないんだよ、タケル?」
信じられない人間を見る表情が――裏切られたと感じている顔が胸を衝く。
だが、ここで引き下がる訳にはいかなかった。たとえ嫌われようと、恨まれようと……絶対に解らせなければ。
逃げ出しそうとした秋桜の手を捕まえる。
「駄目だ。何処へも行くな。まだ話の途中だぞ」
「こ、怖いよ……タケル。そ、それに私は……もう――」
怯える秋桜の様子は、容赦なく俺を苛むが……それでも心を鬼にして続ける。
「次は容赦しないと――手加減しないと約束しろ!」
「できないよ、そんなこと! もし間違えたら……運が悪かったら相手は死――」
「それでもだ! それでも剣を取って戦え! お前にだって、俺と同じく守るべき仲間がいるはずだ!」
もはや秋桜は泣き出す寸前だったけれど、さらに言葉を重ねる。
……もしかしたら俺は、これで一生恨まれるかもしれない。
「俺は……俺は見たこともないMPKの糞野郎より、お前の方が大事だ! 俺に言われたからでいい! なんだったら何もかもを、俺の責任にしちまえ! そばにいる時なら、代わってもやる! だから……だから降りかかる火の粉だけでも、自分の手で払ってくれ! 俺は……俺はお前が死んだら嫌だ!」
精一杯の説得を試みる。
秋桜は――秋桜達『不落の砦』は女が女を――自分達自身を守るべく集結したギルドであり、その精神的支柱にしてエースが秋桜本人だ。
リシアさん達『聖喪女修道院』が後見に付いてくれていても、そのエースが剣を捨ててしまうようでは危う過ぎる。
いや、エース論など無視しても……秋桜自身の戦う意思が挫けたままでは、まず本人が危険だ。
今回のような低レベルなMPKであっても、次は判らなくなってしまう。紛れだってあり得るだろう。
……やはり不殺なんて綺麗ごとは、平和な状況でしか通じやしない。結局、究極的には単なる優先順序の問題となる。
相手よりも自分。そして次は仲間だ。これは譲れそうにない。
なのに――
恨まれる覚悟での厳しい言葉のつもりだったのに――
どうして秋桜はモジモジしてんの?
薄っすらと顔を上気させ、ブツブツと何やら繰り返し始めていた。
「せ、『責任取る』って……『お前が大事』って……あと『そばにいてくれる』とか……そ、そんな……突然に言われても……気持ちの準備が……で、でも……タ、タケルは誠実に応えてくれたのなら……わ、私も……」
……どうしちまったんだ? ついに壊れたか? 秋桜の奴?
そしてかつて知り得なかった戦慄が背筋を走る。
……判らない。なんだか判らないが、ここから全速力で離れろと魂が囁く!
だが、その場から走り出そうにも、片手が――秋桜の手首を掴んでいた方の手首が、しっかりと秋桜に握られていた!
『深淵の女へ手を伸ばしたとき、彼女もまた手を伸ばし返してくるのだ』と説いたのは、誰だったか?
とにかく簡単にいえば――
なぜか退路が断たれてる!
意味が解らない!
ただ俺は、秋桜を元気づけてやりたかっただけなのに?
次があったら拙いと気も回したし、女の子らしい柔らかいところも守ってやりたかったけど……基本的には、それだけだ。なのに――
なぜ?
そして珍しいことに秋桜は鎧姿でなくて……その胸元の女の子らしい柔らかいところが近すぎて、普段より気になるし……妙に潤んだ瞳も……なぜかだか僕をドキドキとさせて……僕は……僕は……何も言えなくなってしまった訳で……つられたように彼女も……言葉を見失って――
突然の冷気に――裂帛の気合にも似た殺気に、俺達二人は振り向かさせられた!
……観られている。観られていた!
「いーよー! 実にいいね! 記録はあたしらに任せんしゃい!」
「くぅー……これ、ちゃんと録画できてる?」
「…………よし…………いけ! そこだ! 押し……倒せ…………タケル!」
などと騒がれてる『聖喪』の姉さん達はまあいいだろう。
S・Mを録画用のイメージアイテムを構えてらっしゃるが、どうせ不具合で使えやしない。
そうでなく殺気の主は――
かつて見たことないほどに笑顔なアリサだった!
いや、アリサだけではない。
すぐ後ろには、同じように微笑むリリーが! そして、いつ駆け付けたのか亜梨子も! さらに後ろにいるのは、ちょっと見覚えはないけれど……誰だ?
その全員が能面でも張り付けたかのように笑顔で、申し合わせたかのように手招きを繰り返していた!
………………怖い! 意味は解らないけど、正直いって怖すぎる!
「ひ、ひぃっ! ち、違うよ……違うの、アリサ……こ、これは抜け駆けじゃないし……淑女同盟も破ってなんか……」
意味不明な秋桜の呟きで、我へと返る。……ひょっとして俺は無関係か?
それに薄っすらと記憶に引っ掛かることがある。
どんな同盟を結んだのか知らないが、いつだかアリサ達が一堂に会していたお茶会。あれのメンバーじゃないか? あそこで手招きしているのは?
「お、おい、秋桜……ア、アリサ達が……よ、呼んでるみたいだぜ?」
「や、やだ! わ、私……私、まだ死にたくない! タ、タケルも……タケルも一緒に怒られにいこ? ね? 二人でいけば……折檻も軽いものに……」
やっぱりだ!
深い理由は解らないし、知りたくもないけれど……なにかセクトが作られていたのだ! 間違いない!
嗚呼、あの日のお茶会は女子会なぞでなく、『女死会』と呼ばれる別のナニカだったのだ!
呼び声がする! |『女死会』の呼び声《The Call of Jyosikai》が!
「ふ、ふざけるな! あれは秋桜! お前を呼んでいるんだ! 俺は関係ねぇ!」
「そ、そんな! タケルが……タケルが『そばにいてくれる』って! 『代わってくれる』って――」
「明らかに場合が違うだろ! というか、そろそろ手を離せよ!」
「でも、タケル……私、こわい!」
………………醜い擦り付け合いは、しばらく続いた。




