予想外の展開――2
「あ……暗殺……でっか?」
「うん。ちょっと解決策を考えてみたけど……これ以上のベターな方法は思い付けなかったんだ」
ニコニコとミルディンさんは言うものだから、その人柄を知らない者には誤解されたらしい。……平たく言い直せばドン引きだ。
「あー……それは意気込みというか……努力目標? ちゃうな……ひょっとしてジョークでっか?」
どうやら見事に?ジンの奴も騙されたようだった。
いつもの似非関西弁も、より偽物臭くなってしまっている。
「違うよー! というか僕は、ユーモアのセンスないんだ、残念だけど。いつも皆から怒られるんだよね。お前のギャグは本質的過ぎるって。あっ……これはギャグの語源が猿轡ってところからきているんだけど、酷いよね? つまりは僕のギャグを聞いたら絶句してしまうって――」
……うん。ミルディンさんは絶好調でおられる。
そして縋るような目で俺を見るのは止めろ、ジン!
俺にミルディンさんを止めるなんて、出来るわきゃねーだろうが!
「ギルマス! 脱線している! ちゃんと説明してあげて!」
幸いなことに先生方から軌道修正が入った。
しかし、お止にはならないところをみると……これは同意済みなのだろうか?
「ああ、ごめん、ごめん! どうも話しているうちに、何を話していたか判らなく――え? そういうのも、今はいい? うん、という訳で……正真正銘、掛け値なしに暗殺な訳だよ!」
やはり発言そのものは取り下げられないようだし、これは先生方の総意だろう。
つまり、万難を排してでも『暗殺』の承認を得ておいた方が、後々に都合がよくなる?
……そんなことを考えている僅かな隙に、ハンバルテウスに発言を許してしまった。
「暗殺、暗殺と……言葉の威勢だけは、よろしいようですが……失礼ながら中身は伴われてないように思えます。いま必要なのは、実現可能な対策でありましょう?」
実に慇懃無礼というか、馬鹿にしているのを隠そうともしない。
……悔しいぐらいに腹が立つ! これなら自分を罵られた方がマシだ。しかし――
「やだなぁ……べつにカッコつけている訳じゃないよ、もう厨二な年頃でもないしね。ただ、公正を期すというか――卑怯を自覚していうのなら、暗殺としか言いようがないんだよね、本当のところ」
気にも留められないのか、まるで世間話のようなトーンでミルディンさんは応じる。
……さすがだ。良い意味でも悪い意味でもミルディンさんは、大人物過ぎてハンバルテウス程度には揺るぎもされない。
だが、ハンバルテウスの方も、いつの間にか成長をしていたようだった。まるで折れる様子がない。
舌戦はこれからとばかりに、何か暴言を口にしようと――
それを察した俺は、反射的に腰を浮かしかけて――
「おい、ハンバルテウス! 何を発言するにしても、礼儀は守れ!」
「タケルさん、落ち着いてください!」
……二人して寸前のところで諫められた。奴はシドウさんに、俺はアリサにだ。
「喧嘩にならんよう、ワイらは話し合いをしているんやで? しかし、説明が足りんようにも思えますな。もう少し噛み砕いては貰えませんか?」
やや強引に場を取り繕ったジンの要請に、ずっと不機嫌な様子だったギルド『妖精郷』代表のクルーラホーンさんが応じられる。
「ミルディンが言った通りだよ。今回の犯人は――いや、今回に限らずMPKをする者は、誰であろうと暗殺対象する。人物の特定が済み次第、次に街を出た瞬間に殺す。警告もしない。隙があるような奴なら、街にいるところで始末してもいいね。色々と方法もあるし?」
あっさりした感じではあったけれど、その分だけ決意の堅さも伝わった。
会合に参加していた者は絶句するしかなかったし、遠巻きにしていた野次馬達もどよめく。
いや、これは『冷たい方程式』の類か?
一聞しただけでは滅茶苦茶に思えても、冷徹なまでに合理的かもしれない。
が、ハンバルテウスは裏の意図など頓着しなかったようだ。
「それこそ無法ではありませぬか! どのような権限によって、そのような非道を!」
「私共が襲われたのも、十分に非道な振舞いです!」
……即座に怒りに燃えるリリーに切って捨てられる。
阿呆な奴だ。怒っている女の子に逆らうなんて自殺行為だろうに。
しかし、このやり取りの間も秋桜は苦しそうだし、二人の姉貴分であるリシアさんも思案顔だった。
……どうやら何かあったのは間違いない。でも、何があったんだ?
それへ思いを馳せる間もなく、ミルディンさんが再び口を開かれる。
「いやー……ハンニバル君だっけ? 君は面白いね! でも、間違えてしまっているよ。いまこの世界には、立法機関も絶対的権力者も存在しない。だから守るべき法律も――守ってくれる法律もないんだ。判るかい?」
……もしかして怒ってらっしゃるのか?
「そんなものがあろうと、なかろうと……従うべき正義とは、己の心の中にあるものでしょう!」
負けじと言い返すハンバルテウスの言葉は、妙に薄っぺらく感じた。
ここにいる誰もが自分の正義を貫こうと――仲間を守ろうと必死だ。それに敬意を払えないようでは、人間的に問題がある。
……ハンバルテウスは、こんな奴だったか?
少なくとも、ここまで独善的ではないと――他人にも信条はあると、理解はできる奴だと思っていたのに。
「正直なところを言うとね、興味ないんだ。『正しいかどうか』とかは。あれでしょ? 犯人を特定してさぁ……裁判みたいな場へ引きずり出してさぁ……そこできちんと罪を認めさせてから……罰を与えたいんでしょ? でも、そんなのどうでもよくない? 僕の興味があるのは、そいつが二度とMPKできなくなること。それだけだね」
ミルディンさんと親しくない者には、まるで狂っているように思えたことだろう。
だが、違う。狂っているとしても、これは佯狂。演じているだけだ。
つまり、狂人のふりして暴挙を通そうとしつつ、その裏の意図を隠していた。
この暗殺という方法論が承認まではいかなくとも、黙認されてしまえば……MPKに対する強い抑止力となる。
仕掛ける側は成功するまで繰り返せるといったところで、犯人と特定されてしまえば終わりだ。
次にMPKを試みようと街へ出た瞬間、ミルディンさんの宣言通り……そいつは暗殺されるだろう。
特別に対策を考えまでもない。予め罠でも張っておけば、苦も無く達成できる。
だが、真の狙いは違う。その意味での成果に意味はない。
この抑止力の利点は、犯人を特定できてなくとも即座に――いま現時点からでも発生可能なところにある。
いつか背後から報復されるかもしれない恐怖は、必ず相手を思いとどまらせるはずだ。
少しでもMPKを躊躇わせ、仲間を――そして仲間でなくても誰かを守るべき。その為に名を捨てて実を取った。
……そんなお考えなんだと思う。




