MPK――2
徐々に身体が重くなり、額にも汗を感じるようになってきた。
……すべて幻覚に過ぎない。
確かに急ぎ過ぎてペース配分を間違え、疲労再現のペナルティを課せられている。
しかし、それだけのことでしかなく、実際に俺の身体が悲鳴を上げている訳ではない。リアリティとゲームバランスを維持するルールに引っ掛かっただけだ。
無視して先を急ぐ。
多少、足が鈍ったくらいで、立ち止まってなどいられない。
……MPK? グーカが?
今日もグーカは、ギルドハントへ出掛けていたはずだ。
となると参加メンバー全員が、襲われた?
でも、なぜ?
頭の中では幾つもの疑問がグルグルと回り続ける。
止めろ! 判断材料がないまま考えても意味がない!
いまはただ足を動かせ!
無限に続くかに思われてた階段を、やっと上り終えて屋上へ飛び込むと、集まったメンバー全員からの視線で迎えられた。
緊張しているのか、まるで泣き出しそうな――
怒りに震え、表情を強張らせている――
まだ事情が呑み込めないのか、狼狽もあらわな――
それらの顔、顔、顔が、一斉に俺へ注目してくる!
続けて何かを口に仕掛けるも、自制心を発揮して堪えていた。
それを目にした瞬間、ギルドメンバーとの連帯や心強さ、そして――
いまさらながら自分はギルドマスターなんだと再確認させられる。
……胃に穴でも開きそうなプレッシャーと共にだけれど。
俺には皆を守る義務と責任があり……権利も有している。俺がリーダーと認められ続ける限りは。
だが、そんな感慨に耽る時すら惜しかった。いまは行動するべき局面だ。感傷に浸る暇はない。
すばやく集まった面々を確認する。
……アリサは…………いた。いてくれた。
例の馬鹿でかい執務机の近くに、ちょこんと腰かけている。気遣わしげに俺を見てくるけど、いまは軽く頷くことでしか応えてやれない。
……まあ大丈夫か?
アリサの隣にはネリウムが――やや剣呑そうな表情だけれど――いるし、その後ろには『HT部隊』の娘たちも支えるように控えてくれている。
……エース格だった長刀使いの娘が見当たらないが、運悪く巻き込まれたのだろうか? それともギルドホールへ帰還できてないだけ?
いや、ギルドハントが狙われたとは確定してない。予断は禁物だ。
執務机の斜め後ろ――いかにも副官の定位置とでもいうべきポジションにいるのは……なぜかリンクスだった。
……カイもいないのか?
グーカは当事者で、カイも不在。だからリンクスが陣頭指揮を?
「状況は? 仕切りはリンクス?」
進めとばかりに道を開けてくれたので、元『情報部』の面々を確認がてら、自分の定位置へ――執務机に向かう。
……結構な人数の顔が見当たらない。不在のメンバーは十名を超えてるか?
「集結は順調です。所在不明者は七――いえ、いま五名になりました」
そうアリサが教えてくれる。
五から七へ減ったのは、ちょうど俺達と同じ様に駆け込んできたからだ。
しかし、五名? ざっと数えても十名近くは足りないのに?
「最初の指示はカイだよ。俺は笛を吹ける奴の仕切りと留守番。そのメンツも帰還させ始めてる。すぐに戻るはずだよ」
……なるほど。
リンクスが本部に残れば、ネットワークを維持したまま行動できる。適所適材か?
だが、そうするとカイは何をしているのだろう?
「カイさんは、上手いメンバーを連れて――えー……十一人パーティでしたか?で、救援部隊の指揮に」
ネリウムの説明へ反射的に「勝手なことを!」と罵りかけ、すんでのところで思い留まる。
……いや、べつにネリウムが怖いとかじゃない。正しいからだ。
ギルド全体には集結を指示。
その後、最も小さい最大戦力としてフルパーティの救援部隊を組織。
さらに拙速になろうとも、即座に出発。
賛否両論はあろうが、一つの選択肢ではある。
姿の見当たらない十名近くも、その救援部隊へ駆り出されているのだろう。
だが、なぜ十一名なんて半端な人数なんだ? どうして十二名の完全フルパーティとしない?
「は、早く! 早くグーカの小父ちゃんを助けに行こう! ひ、酷かったんだよ! カガチ達は狩りをしていただけなのに、いきなり沢山のゴブリンを連れてきて――」
泣き出す寸前のカガチによって、より事態は明確になってきた。
どうやらギルドハントの最中に襲われたらしい。
いつものように朝食の後、参加メンバー募集や狩場選考などをしていたから……グーカ率いるギルドハントパーティがか。
………………なんで襲われたはずのカガチが帰還してんだ?
「タケル……あたしもグーカさんを迎えに行くメンバーは増やした方が良いと――」
カガチを後ろから抱きしめるタミィラスさんの言葉は、途中で止められた。何やら長々と、まるでメロディでも奏でるように呼子笛が鳴ったからだ。
自然、首を捻りながら解読するリンクスへ皆の注目も集まる。
「うーん? 二個パーティかな? 『象牙の塔』と『妖精郷』の人達が合流してくれたみたい、カイ達と。合計したら三十名オーバーだから、救援部隊の戦力は十分じゃない?」
その意外と中身の濃い報告に、耳を疑いたくなるが……リンクス達のキャリアも負けないくらいに濃ゆい。
俺にできて、グーカやリンクス達にできないことなんて無いんじゃないかと思うぐらいだ。
それに先生方からの援軍は朗報だ。
何よりも心強いし、カイ達先行組も十分以上の戦力となる。万が一の事故の確率はゼロに近くなっただろう。
精神的余裕が生まれたせいか、やっと抜本的な疑問へと辿り着けた。
「いま現在は誰が……あー……逃げてる?いや、襲われているんだ?」
「そりゃ、隊長。グーカ軍曹がですよ?」
などとギルドメンバーが教えてくれるけれど……こいつも今日のギルドハントの参加者だった気がする。
「いや……でも……ギルドハントの最中に襲撃されたんだろ?」
「ええ。ですから……襲われると同時に軍曹の指示で円陣を組んで……後衛を守りながら処理で耐える方針に。軍曹は剥がせられるだけ狙いをゴブリンから取って……囮的に森の奥へ誘導を」
……この説明には肝が冷えた。
しかし、ややグーカの役割が危険なものの、戦術的には正しい気がする。
「つまり、他のギルドハント参加者は、全員が帰還済み?」
「もちろんです」
いや、平然とそんなことを言われても……なんだかモニョモニョした気分に成らざるを得ない。
……なんだろう?
MPKと聞いて血相を変えて駆けつけてみれば、その騒動の大半は終了している?
いや、現在進行形でグーカは危険だし、帰還か救援隊との合流が確認できるまで予断は許されないけれど……鎮火寸前で間違いないだろう。
……俺が過保護というか、小心者だからか? ここまで心が乱れたのは。
そんな微妙な気分が顔に出てしまっていたのか、リルフィーに――
「いや、タケルさん? MPKといっても……ゴブリンの森で……しかもグーカさんにですよ?」
とドヤ顔をかまされる始末だった。
うん。この分は必ずイジメ返してやる。




