根回し――1
情報部の根城――として定めている宿屋の一室――に戻れば、案の定、カイの奴はご立腹のご様子だった。
「なんだってハンバルテウスが初メッセージしてんですか!」
……俺に聞かれてもな。
「わからん。シドウさんにも話を聞かなきゃだが……どれくらい拙い?」
「……致命傷レベルの問題発言はありませんでした。いくつか情報漏洩とも受け取れますが……なにぶん、演説が下手糞で……韜晦しているんだが、伝えられてないんだか……」
まあ、そうだろう。
たまたま一緒に拝聴するハメになったガイアさんとタミィラスさんにも、感想を聞いたが……「タケルのとこって宗教?」と聞き返されてしまった。
色々と対処しなくちゃならんだろうな、やっぱり。
そう思いながらメニューウィンドウを呼び出し、個別メッセージをしようとしたら――
「奴はログアウト済みですよ。なんでも徹夜で十ヒットしたから、話をするもの億劫だとか。……こっちは別に、奴に頼んだわけじゃありません!」
なるほど。すでに抗議済みだったわけだ。
シドウさんも調べてみれば、プレイヤーネームは暗く表示されている。ログインしていないようだ。当事者が二人ともいないんじゃ、いまは何も出来そうもない。
ついでに要監視対象者もチェックする。もはや習慣になってたからだが――
一人だけ、リストから名前が無くなっていた。
ログインを意味する明るい表示でも、不在を意味する暗い表示でもなく、リストから名前そのものが消失している。
これはキャラクターを削除したのだろう。運営による休眠アカウントの整理なども考えられるが、他の監視対象者には変化が無かった。まず間違いない。
引退時にキャラクターを消してしまう奴もいる。二度と戻らない覚悟での行動だが、それなら叩き出された直後だ。
身辺整理だの、知り合いに連絡だのも、やるなら似たようなタイミングだろう。
誰かを引退させるというのは……相手の心を粉々にまで折るか、絶望でもさせなければならない。決して簡単ではないし、恨みをかうつもりでやらねば駄目だ。
そんな相手が――このゲームには嫌な思い出しかない者が、意味も無くキャラクターの消去だけをした? 引退して何日も経ってから?
そんな訳が無い。
復帰するつもりなんだろう。キャラクターネームを変え――もしかしたらベースアバターも変更して――このゲーム世界への帰還だ。
不愉快極まりないが……面白くもある。
起きた出来事は、俺が相手を引退させただけだ。客観的には俺が悪者で、相手は犠牲者といえる。
だが、俺が相手を許しているだとか、もう何とも思っていないだとかは……別の話でしかない。俺から見ればゲームを引退されたことで……まんまと逃げられたともいえる。
「VR空間じゃ眠くなんてならないんですから――そりゃ身体には悪いですけど――徹夜がどうのなんて逃げ口上です! ハンバルテウスの奴は……って、隊長、聞いてます?」
まだ俺に苦情を申し立てていたカイは、不審に思ったようだ。……俺は少し、怖い顔をしていたもしれない。
「いや、すまない。聞いてたぞ? よし、このことはカイに任せる! 好きにやっちゃってくれ」
だが、俺の決定にカイは不思議そうな顔をする。
……まずいな。少し好戦的な気分になってた。
「何かあったんすか、タケルさん?」
リルフィーにまで心配される始末だ。
……そう、なぜか部屋にはリルフィーの奴がいる。隣にはネリウムも――なぜか機密扱いの報告書を読んでいる! ――ちょこんと椅子に座っていた。
「……どうもしないぜ? まあ、たまにはハンバルテウスにお灸を据えてやらないとな」
それでリルフィー以外の奴は納得したが……リルフィーはまだ不審そうだ。
……付き合いが長いと隠し事がしにくいなぁ。
残念だが復帰してきた敵を探し出し、もう一度引退させるのには、表立って『RSS騎士団』の力は使えない。個人的な制裁で引退に追い込んでしまったからだ。
こんなことになるなら正式に『RSS騎士団』の案件として処理し、全団員で対処できるようにすれば良かった。
……権力だろうと、数の暴力だろうと、個人の才覚だろうと……敵を倒せる力が良い力だろう?
まあ、リルフィーにはあとで説明し、多少は手伝わせるか。
「……それより、お前……何してんの?」
「何って……鎧の採寸ですよ?」
まあ、それは説明されなくても判る。
リルフィーのそばにはヴァルさんとディックさんがいて、例によってああだこうだと揉めているからだ。
聞きたいのは、なんで『RSS騎士団』の技術者相手に、『情報部』の根城でやってるかなのだが――
「カイさんがリー……ルフィーさんにローンを組んでくれるそうで」
リルフィーの代わりに、ネリウムが答えた。
あー……はいはい。カイが話に噛んでるなら、『リーくん』が心配ですよね。
それより、俺は貴女が機密書類を読んでいる事を取り沙汰したい! それは待合室に置いてある雑誌とは違うんですよ? ……まあ、秘密は守ってくれるだろうが。
「なにか?」
色々な思いを胸に、カイを睨むと……自信ありげな顔で返される。眼鏡に手なんか当てちゃって、実に憎たらしい。
……良く考えたら、いつのまに眼鏡を新調したのだろう? 徐々に色々な小物が揃い始めているようだ。ネリウムが読んでた機密書類があるのも、先生方が『紙屋』を再開したからに違いない。
……まあ、いいか!
この体たらくは今に始まったことじゃない。これはこれで『情報部』の味とするべきだろう。
そう思っていると、この酷い人口密度――なぜか今日に限って凄い人数だ――を縫うようにして、アリサが近寄ってきた。
「はい、タケルさん、コーヒーをどうぞ」
良く見れば手の空いている者はみな、何かしらの飲み物を持っていた。アリサが気を利かせて、皆に配ってくれたのだろう。
「ガイアさんのお店に行ったんですね? ……その髪型も……に、似合ってます」
恥ずかしそうに褒められると、なんだかこそばゆい。
「お、おう……あ、ありがとうな」
誤魔化すように、受け取ったコーヒーを一口すする。美味い。俺の好みにあった味だ。
ちょっと素っ気なかったかと考えてたら――
「おう、なんだ新人? その頭ぁ?」
「ちょ……か、からかわないで下さい、軍曹。そ、それと……俺の名前はハイセンツです」
「よろしくね、ハイセンツ君。……その髪を逆立てるの……流行っているのかい?」
同じように……いや、俺とアリサとは違うだろうが、ハイセンツがグーカとリンクスに髪のことでからかわれていた。
またもグーカ相手に気骨あるところを見せているが……哀れハイセンツは箒かブラシとでもいった感じの、髪を全部逆立てるヘアスタイルにされてしまっている。
まあ、タミィラスさんの仕事だ。珍妙とはなってない。どころか、醸し出していた暗い雰囲気を中和すらしている。なんだかんだ言って、さすがガイアさんのお弟子さんだ。
「……カイ、あいつの代金、情報部の交際費で――」
「さすが隊長です。新人に散髪代を『自腹で』奢ってやるなんて……感服しました」
「いや、任務も兼ねたんだから――」
「感服しました」
……駄目らしい。
ああ、神様! 僕の所属している集団は、部外者にローンの名目で援助はしても、その長に交際費は切れないそうです!
なぜかメニューウィンドウを操作しだしたアリサに手を振って止める。
いいんだ、アリサ。俺は諦めるのに慣れてきたから。




