MPK――1
すぐには動き出せなかった。頭の中が真っ白になってしまっている。
……MPK?
なんで?
どうしてグーカ達が?
「タケルさん!」
リルフィーの諭すような、それでいて焦りも感じさせる叱責が現実へと引き戻す。
考えている暇はない。もう行動に移すべき局面だ。
「……とりあえず話はここまでだ。悪いが俺らは急用が――」
「暫定リーダーが決まったら、必ず顔を出させる。それでいいか?」
サッカー名人の返事を背中で聞きながら、大通りの方へ――『宿屋』の表の方へと出た。
その間も繰り返される笛の音が、神経を逆撫でにしてくる。……この音色を嫌いなりそうだ。
しかし、内容は俺にでも――いや、ギルドメンバーなら誰でも判別できる。その意味するところは「総員、至急でギルドホールへ帰還せよ」だ。
そこまでの事態に発展しているのか?
……いや、これで正しい。
緊急時にはギルドの総力を結集する。ゲームだった頃もセオリーだし、いまやゲームではない。鉄則とするべきだ。
とりあえずの初動は動けている?
カイが臨時で指揮を? いや、それともリンクスか?
ならば、俺はどうする?
とにかく救援に向かうべきか? 確か今日は『ゴブリンの森』でのボス狙いを――
違う!
ここにいる三人だけで――俺とリルフィー、ハイセンツで救援に向かってどうする!
確かに拙速となろうとも、援軍を送る。その選択肢はあるし、無意味でもない。
だが、そうだとしても全力を注ぎ込むべきだろう。
戦力の小出しや逐次投入では、劇的な効果も見込めないし……二重遭難のような結果すら考えられた。
……まず冷静になるべきだ。
ここでの間違いが、取り返しのつかない結果を導いてしまうかもしれない。
……とにかくギルドホールへ帰還か?
集結の選択は大正解だ。戦力が集まれば集まるほど、採れる選択肢の幅も広がっていく。
現状の指揮は誰なのか判らないが……ギルドホールへ戻れば、それも判るだろう。
ならば、とにかくギルドホールへ向かうとして……そうなるとギルドホール区画への移動を受け持つNPCに…………一番近くにいるNPCはどこだ?
頭の中で街の地図を広げる俺へ、上の空な様子でリルフィーが何か差し出してくる。
……『帰還石』だ。
まだ全然、頭が回ってなかった!
MMOでは下手に歩くよりも、移動系のアイテムやスキルで現在位置をリセットした方が早いケースがある。
この場合だと『帰還石』を使って幾つかある到着地点――ただし、そのどれもが馴染みのある――へ戻った方が早かった。どの地点へ飛ばされようと、そこから最も近いNPCの位置は熟知している。
「グーカさんが? MPK? いや……でも……今日の狩場は――」
何やらブツブツと首を捻るリルフィーから『帰還石』を受け取る。
「俺は待たない。はぐれたらギルドホールで合流」
と言い捨て、そのまま『帰還石』を握りつぶす。
……いまの判断は間違いか?
身体が光に包まれ、馴染みの浮遊感を感じながら……早くも後悔した。
『帰還石』は最も近い街へプレイヤーを移動させてくれるから、街中で使えば同じ街へと飛ばされる。ようするに超短距離テレポートだ。
しかし、三人同時に使ったからといって、三人とも同じ地点へ飛ばされるとは限らなかった。
俺が遅れた場合は問題ない。
リルフィーやハイセンツが待っていても、先行してしまっても対処できるだろう。
しかし、逆に俺が先行した場合、二人は判断に悩むかもしれなかった。
……さすがに、どうとでもなるか?
二人とも子供じゃない。
それに俺がギルドホールへ戻るのが最優先……のはずだ。
いや、こんなことを考えたり、悩んだりしてる段階で……俺は狼狽しているのか?
「隊長、あっちです!」
軽い着地の衝撃と同時に、ハイセンツが叫ぶ。
都合よく同じ地点へ飛ばされたのだろう。だが、残念ながらリルフィーの姿は見当たらない。
待っている時間はなかった。言われるがまま走り出す。
……走る俺達は好奇の目に晒されるが、知ったことか!
いまは外聞なんて糞くらえだ。何の役にも立たない!
そんなことを内心で叫びながら、ギルドホール区画への移動を受け持つNPCへ目を合わせる。
普段なら気にもならない定番の台詞すら、もどかしくて堪らない。
やっと出現したウィンドウを操作し、ギルドホールに最も近い出現地点を選択する。
すると視界が滲むように変わり、ギルドホール区画への移動が完了した。
「いきましょう、タケルさん!」
どうやらリルフィーは先行していたようで、バラバラにもならないで済んだらしい。杞憂だったか?
……考えるのは後だ。とにかく走れ!
すぐにギルドホールが見えてくるも、普段から食事などに使っている円卓には誰も姿がなかった。
ここへ集合じゃないのか? 皆はどこへ?
しかし、考える間もなく、背後のハイセンツから教えられる。
「隊長! 屋上です! 全員、隊長の天幕へ集合しています!」
……それもそうだ。
身内以外をシャットアウトし、全メンバーが一堂へに集まるのなら、屋上しかない。
危険なレベルで頭が回っていない気がした。我ながら酷すぎる。
だが、それを危ぶむ時間すら惜しかった。
ギルドホール内へ飛び込み、勢いのまま階段を駆け上がる!




