ターンオーバー――4
その暗示することは、すぐに理解できた。
この不具合の最中であっても、人はいなくなれる。
もちろんログアウトはできないから、別の方法でだ。
ただHPがゼロになれば――ゲーム的に死亡すれば、それを容易く達成できる。
特別な技術はいらないし、失敗する可能性もない。MMOプレイヤーなら誰でも経験するような、ごくありふれたイベントですらある。
しかし、今現在、それがどれだけ致命的な結果となるか、誰も知らない。
……いや危険と判断しない方がおかしいぐらい、リスクの高い選択肢だろう。
ログアウトできないという異常事態は、ただそれだけで重罪に問われる犯罪もしくは事故といえる。
つまり、誰か犯人のいるようなケースでも、単なる事故か何かの場合でも……すでにモラルだとか遵法精神なんてものは期待できなかった。
というより誰かの意思が反映されているのならまだマシで、これが事故の類だったら実は最悪だ。不運というものに人の心は存在しない。
そして敢えて死亡してみる理由……そんなものも存在するはずなかった。
どんなリターンであっても死人にはつかめない。正しくハイリスク・ノーリターンだ。
しかし、それでも自殺者は後を絶たなかった。
この不具合に巻き込まれて、強く思い知らされたことがある。
人は絶望に弱い。儚いほどに脆弱だ。
誰もが希望を喪い、悲観し、逃げるように奇跡を求め……最後には自殺してしまう者もいた。
また、その選択を完全に否定もできない。
なにより、それが『たった一つの正解』であり、早く選択すればするほどダメージも小さくできる可能性すらある。
また、いつ終わるとも知らされず、どうすればよいのかも判らない日々は辛い。辛過ぎた。
だが、モヒカンの奴はそうだったのか?
ギルドのメンバーを――仲間を放り捨てるような決断をするような?
絶望の芽は誰にでもあるはずだ。この状況では無い方がおかしい。
しかし、それが育まれてしまうか否かは、運にも左右される。
……絶望と不運が、奴を蝕んだのだろうか?
「意外とお頭は……あれでモテる方だから……どこかで女の子と、よろしくしているかもしれないけどな」
そんな馬鹿な! あの甲高い声にモヒカン刈り、そして世紀末ルックは女受けしていたのか?
いまいち信じられない。
……モヒカンが現状を儚んで自殺したことも、そのフォローじみた説明もだ。
「いくつか聞きたいことがあったんだ――いや、あるんだ。あー……それなりに公式な感じでな。お前らのところ、サブマスターとか決まってるのかよ?」
場に相応しくないほど、険のある言い方になってしまった。
どうやら俺は、納得できかねるらしい。なんというか……芽生えかけた友情まがいな何かを拒絶された気持ちで一杯だ。
視界の隅ではリルフィーがおろおろしているけれど、知ったことか!
愚痴くらいなら、いつでも聞いてやったのに! これはモヒカンの奴が悪い!
また実利的な面でも、非常に困ってしまった。
偽『RSS騎士団』を探し出すのに、モヒカンの持っている情報が重要になってきたからだ。
ジェネラル達を殺り、また俺をも襲った犯人達の三人のうち一人は、偽『RSS騎士団』だった。
間違いなく『RSS』とシステムに誤認させ、おそらくは本物の『RSS』の装備を身に纏っている。
そしてゲームだった頃の話となるが……ほぼ同じ仕組みを、モヒカンは利用した疑いがあった。あの大戦争を起こした時に。
逆説的な意味で、もはやゲームではない。真剣勝負な生存競争の側面をもってしまっている。
そして奴とも徐々にではあるが、友好関係を築けつつあった。
今日に予定していた話し合いでは、かなりの成果も得られたと思う。
しかし、奴は――モヒカンはいなくなった。
なぜだ?
すでに数週間も我慢し続けたのだから、それが月単位になろうと同じことのはずだ!
衝動に身を委ねるなんて……無責任だろう!
だが、さすがに不満を口にするのは堪える。俺などより残されたメンバーの方が、よほどに思うことはあるに違いない。
「悪いけど、うちはサブマスターとかの……あー……指揮系統?的なものが明確じゃないんだ。とりあえず明日には、暫定的なリーダー代理を立てるけどな。急ぐのか? どのみち決まれば、タケルのところへ挨拶に行くはずだ」
「……揉めてんのか?」
肩を竦めることで応じられたが、どうやら色々とありそうだ。
今日のところは退散してしまうか?
他所の会議に口を挟むのは気が引けるし、こうもささくれた気分では言葉をコントロールする自信がない。
……俺が怒るのは理不尽だ。制御する必要がある。
しかし、その場を辞する適当な挨拶を考えていたところで――
「ギルド『ラフュージュ』の者だ! ギルド『モホーク』に用がある! 隊長は……うちのギルドマスターは、こちらへ伺ってないか? 火急の知らせが――」
というハイセンツの大声が聞こえた。
ちょうど『宿屋』の表の方からだが……なにしてんだ、あいつ?
「おい、こっちだ! 『宿屋』の中じゃねえ。裏の方にいる!」
とりあえず呼びかけるも、嫌な予感しかしない。
この遠くで微かに聞こえる笛の音は……リンクス達の使っている呼子笛じゃないか?
そして血相を変えたハイセンツが、俺達のいる路地裏へと駆け込んできた。
「大変です! 隊長! MPKを……グーカ軍曹たちがMPKを仕掛けられました! すぐに本部へ――ギルドホールへ戻って下さい!」
……どうして俺は平和だなんて、ぬるいことを考えてしまったのだろう?




