需要――7
全身全霊を込めて、たった一つの冴えた解決策を探す。
……いっそのこと、この依頼を引き受けてしまうか?
その場合に不利益を被るのは……ネカマとバラされるターゲットに条約を反故にされるギルド『組合』――クピドさんだ。
しかし、ターゲットは詐欺師でもなければサイコパスでもない。その部分をフォローしてやれば、致命的な結末は避けられるか?
後は『組合』との折衝になるが……クピドさんの部屋での説教は不可避だろう。前々から誘われていた酒盛りに、お説教のオプション追加される。
さすがに怒られるのを楽しいとは思えないけれど……明け方まで絞られる程度で済むかもしれなかった。
対処は必要だが、至難でもないない。ただ、クピドさんには借りを作る。そんなところか。
また、鼻の下を伸ばしながらも、ソワソワしているリルフィーが癪に障った。
SKH作品を前に、興味を抑えきれないのだろう。同じ男の子として、気持ちは判らないでもない。
この不具合でゲームの世界に閉じ込められ早や数週間、薄い実用書(男の子用)の需要は天井知らずだった。
まあ当然といえば当然だろう。やはり、『人はパンのみにて生きるにあらず』であり――
オカズも必要なのだ!
……え?
女の子も一緒に閉じ込められているのだから、オカズが必要な理由が判らない?
誰しもがリア充と生まれついてないのだ! 滅べ! というか死ね!
それに「しょうがないにゃあ」なんて返す奴は、全員が悪質なネカマだ!
この毎日が衝動との戦いである過酷さを、少しは理解して欲しい! というか漢なら判れ!
リルフィーに至っては薄い実用書(男の子用)の使用どころか、所持にすら厳しい監視の目が向けられている! 奴には憐れみをもって、「先に抜きな」と西部のガンマンばりな台詞で応えてやりたいぐらいだ!
また先生方にだって、SKH作品を持ち帰れば褒めて貰えるだろう! もしかしたら手放しでの称賛すらあるかもしれない!
嗚呼、何もかもが上手くいくのだ、きっと!
「だが、依頼は断る!」
魂から絞り出すようにして吐いた言葉に、『ゆうた』とリルフィーの二人は驚いていた。
……当たり前か。もう依頼を受けるような流れとなっていた。勘違いするのも無理はない。
しかし、依頼は断る!
レア物であるSKH作品を入手できなくなろうとだ!
「何を驚いている? 少し考えれば当たり前のことだ。あんたは『アキバ堂』の前で騒ぎを起こした。あまつさえ、話題にすらなっている。だから『鑑定士』は……絶対に依頼を受けない」
なんとかカッコつけて言い切ったが……その間もSKH作品のオーラは囁きかけてくる。「良いのか? 中身を見れなくても?」と!
嗚呼、口惜しいが……俺の手には入らない定めだったのだろう。きっと酸っぱい薄い実用書(男の子用)だったのだ!
「そんな! 助けてあげましょうよ! タケルさんなら、簡単なはずっス!」
リルフィーの発言は親切心が半分、SKH作品への未練が半分というところか?
……帰ったら先生のところで、薄い実用書(男の子用)でも買うか。二人で半分ずつ出し合って。
「そういう問題じゃない。これは悪しき前例になるから駄目だ! 万が一にでも……『アキバ堂』の前で『讃美歌十三番』を歌えば、『鑑定士』とコンタクトが取れる。そんな噂になったらどうする! 一応、言っとくとな? 『アキバ堂』の人達は、俺にとって師匠筋なんだぞ? ご迷惑を掛けれる訳がないだろうが!」
この説明で、やっと『ゆうた』は得心したらしかった。
「……すまない。配慮が足りなかった」
もう「策士策に溺れる」の典型例としか言い様もない。俺を呼び出せるだけの有能さが災いし、結局は目的を果たせないのだ。
「『鑑定士」を雇えたと話題になるどころか……断られたと、積極的に吹聴して欲しいぐらいだぜ」
あまりにしょんぼりしているものだから、なんとなく切れ味の悪い感じになった。
だが俺にしては厳しめだが、必要な選択をできたか?
……それを小さな成功と噛み締めつつ、もう少しだけ悪足掻きをしてみよう。
「まあ、ここからは雑談だ。あくまでも俺個人の感想なんだが……あんたが恐れているようなことは起きないと思うぜ? 真面目な話」
……伝わらなかったらしい。キョトンとしてやがる。
「あー……あんたが思いを伝えて、無事にオーケーを貰えるかはしらん。でも、それで酷い目に遭うことはない。それは保証してもいいぜ」
徐々に目に理解の色が広がっていく。
……これで十分なはずだった。
『ゆうた』が恐れ、また『鑑定士』を呼び出す理由となったのは――
「残念だったな……ネカマだよ。この変態ネカマファッカーが!」
と手酷く裏切られることだ。
すでに自身も口にしているように、相手がネカマかどうかは二の次……どころか大した問題ではないとすら明言している。
そしてターゲットが『組合』関係者であるのなら、ネカマであっても心は女の子だ。『ゆうた』は拒絶されることはあっても、痛めつけられることだけはない。
『ゆうた』は裏切られることもなく、ターゲットは秘密をバラされず、俺も依頼を受けなくて済む。
……これなら落としどころとして十分だろう。
「ありがとう、『鑑定士』! やっぱり君は……俺の思った通りの漢だった!」
感涙に咽ばんばかりだが、こうも手放しで喜ばれると……やはり心が痛む。
万が一、『ゆうた』が全ての真実を知った暁には、俺は恨まれるのではないだろうか?
しかし、厳密にいうと俺も、何一つとして嘘は言っていない。
……もう成るように成れか。
差し出された手に握手で返しながら、そんなことを思った。
それにベストではないかもしれないが、ベターではある。なによりも――
初めて男を売らずに解決できたかもしれない! 大進歩だ!




