需要――4
「あー……アレだ。俺が『鑑定士』として依頼を受けなくなったのは、色々な事情もあるけど……この糞ったれな不具合の間は、なるべく物事を変化させない。なるべく動かさない。そんな配慮でもあるんだぜ? 自粛というか……しばらくは自重するべきだろ?」
……なぜか二人には――リルフィーと『ゆうた』の二人からは、共感を得られなかったらしい。
「その考えは、間違ってないと思うっスけど……それを揉め事の中心も同然なタケルさんが口にしても――」
なんと背後から痛いところを突かれた! リルフィーの癖に賢しげなことを!
「あ、あははっ……大手ギルド運営陣だと、そういった考えになるんだな。でも、逆にいってしまうと……いつまでこれが続くのかも判らんし」
なんと『ゆうた』にフォローをされる始末だ。
……本来ならお前の役割なんだぞ、リルフィー!
ただ、まあ指摘は正しいか?
ギルド間での調整を推進したり、安全の観念を変えたり、ドラゴンを倒したりと……確かに俺は、世界へ影響を与え過ぎている気がしなくもない。
少しは俺も、自重するべきなのだろう。
「なにより待たせちゃってる。待たせ過ぎちまった! 結局のところ、この不具合はきっかけに過ぎないんだと思う。なんというか、もう……待たせている罪悪感に押し潰されそうで」
妙な照れを滲ませながら、『ゆうた』は言うが……それは判らなくもなかった。
……どうしてリルフィーは――そして皆は、待っていてくれたのだろう?
またギルドを――『ラフュージュ』を立ち上げることで、俺は応えられたのだろうか?
とりあえずモニョモニョした気分を晴らすべく、無防備なリルフィーの脛を蹴っておく。
不満の声が上がるも、そんなのは無視だ。どうせ痛いといっても、リミッターはかかっている。
「それでも……止めるのか? その相手が……ネカマだったら?」
「……思っていたよりも難しい問題だったんだな。それに……意外と気にしないかもしれない。確かに驚くし……話し合いの必要性も生じるだろうけど……べつに、その程度のこと……もしかしたら……つまらないことなのかもしれない」
苦笑いで『ゆうた』は答える。
……悪くない漢の顔といえただろう。俺だって似たような感慨を持たなくもない。
もし惚れた娘が――
「ボクは男の子なんだよ!」
などと妄言を口にしても、笑って受け入れてやるのが立派な漢というものだ。
しかし、意気に感じなかったのかリルフィーは、不思議そうな顔をしている。
「なら……べつにタケルさんへ依頼しなくとも……よいのでは?」
……なるほど。確かに素人考えだとそうなる。
そして『ゆうた』が恐れるものも判明した。こいつは『究極の恐怖』を知っているのだろう。
「い、いや……その……男の方から口にするのもッ! 友情を取り違えた勘違い野郎といわれるのもッ! どちらも覚悟はできているッ! 面白くない結末があり得ても、男から動くのが……それが甲斐性ってものだろうからッ! それでもッ! それでもッ!」
……それでも『究極の恐怖』は越えがたい壁か。
誰かに確定申告をしたとする。
その結末は、基本的に二つのパターンしかない。
まず、めでたく受理され、以後は細かな納税額の調整となるパターンが一つめだ。
……これには「今度は戦場で会おう」ぐらいしか、俺からの言葉はない。
もう一つは逆に「ごめんなさい、友達としてしか考えられないの」と断られるパターンだ。
……それが友人に起きたことだったら、一晩ぐらいなら愚痴を聞いてやってもいい。
また確定申告をしたことで始まる物語だって……世界が一巡に一回程度の確率であり得ると聞く。……滅べ!
だが、この単純な筋書きに悪のネカマが混ざると、『究極の恐怖』という結末が加わってしまう!
プロポーズした瞬間に――
「えっ? 俺、男だし! きめえ! こいつきめえ! ざーんねんでした! 騙されちゃったな、この変態ホモ野郎!」
と詰られるのだ!
そして変態ネカマファッカーとしての烙印を押され、以後は日陰者としての生活を余儀なくされる。引退の理由となることすら珍しくない。
だが、そんな珍事が頻繁に起きるか?
MMOに詳しくなければ、そんな疑問を持つかもしれない。
しかし、決して小さくない確率で発生する定番の事件だったりする。なぜなら――
それだけを目的としてネカマとなるプレイヤーが、一定数いるからだ!
なぜこんなプレイヤーが生まれるのか、正直いって全く理解できない。
悲劇の――悪意の再生産が原因かもしれないし、突然変異で生まれる悪なのかもしれなかった。
しかし、どんな理由だったにしろ、折り紙付きの変質者――それもサイコパスレベルな異常者だ。
誰かの顔に『ネカマファッカー』という糞を塗りたくる。
ただそれだけの為に何時間、何十時間と費やす。……標的が罠に落ちるまで延々と!
これは最早、キチガイ呼ぶ他はないはずだ!
……だが、しかし、それはインターネットが――人の心が抱える闇であることも否定はできない。
結果、誰が誰に告白しようとも、突然に裏切られる可能性が生まれた。
なぜなら人を嘲りたいだけの変質者が、サイコパスレベルで偏執的に、情熱と才能の全てを注いでくるから。
……ただ人を蔑みたい一心で。
それはネカマに関わる問題だけでなく、インターネットのあらゆる場面に隠されている闇で……『究極の恐怖』と呼ぶ他のない何かだ。




