需要――3
遠くにアリサ達の女子会がよく見える。
……楽しそうだ。
アリサと秋桜が喧嘩友達なのは察していたが……そこへリリーと亜梨子も混ざれるらしい。
まさしく姦しい――女が四人なら違う字を当てるべきか?――とすらいえたが、真剣勝負の持つ緊張感のような素晴らしさも醸し出していた。
……ただ眺めてるだけなのにドキドキでハラハラなんだから、この感想で間違ってない。
どうして俺は、こんなところで野郎と密会を?
いまからでも遅くない。面倒臭そうな依頼人は放り出して、アリサ達の女子会へ乱入しよう!
最初は迷惑に思われるかもしれないけれど……少し押せば、混ぜてくれるに決まっている!
もう考えただけで、この背筋に走る戦慄が止まらなくなりそうだ! よし、この唯一にして完璧な選択をするべく――
おや、誰だろう? こんな時間に?
などと現実逃避をしていた俺を引き戻すのは、もちろんリルフィーの咳払いだった。
……付き合いが長すぎるのも、色々と考えものだ。
これがハイセンツだったら、女子会へ混ざってキャッキャッウフフと楽しむところまで妄想できたのに!
まあ依頼人を放置する訳にもいかない。
それに無言の間を、俺に値踏みされる時間とでも考えたのか……しゃちほこばった様子で黙って待っている。
……堅い。真面目か!
「予め言っておくけど、知り合いがネカマかもしれないだとか……その程度の理由だったら、話を聞くまでもない。お断りだ。俺は正義の味方じゃない。そういうお節介は卒業したんだ」
敢えて無頼を気取って釘を刺しておく。
……それからリルフィー! 首を捻るんじゃねぇ!
確かに『鑑定士』としてのキャリアを始めた頃は、ネカマを探し出してでも断罪して回った。
しかし、いまやそんな愚行は久しく行っていない。どころか頼まれても渋々なぐらいだ。
「よしてくれよ、そんな……ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーじゃあるまいし。人の迷惑に掛からないところで……じょ、女装?しているくらいなら見逃してるさ」
『讃美歌十三番の男』こと『ゆうた』は冗談と思ったのか、苦笑いで答える。
……だからリルフィー! お前は顔に出すんじゃねぇ!
「気になる娘が『そうかも』とかだって、同じだぜ? 恋愛相談に向いているとは、自分でも思えないし……その程度の浅い付き合いなら、自分で聞き出してくれ」
少なくないキャリアが生んだテンプレートな警告を口にする。……期待を込めて。
「え? ああ……もちろん違う。でも……言われてみれば、その通りだな。まだ付き合いが浅いうちに、冗談めかして聞いておけば良かった。それに……そうか。確かにその程度の軽い理由で呼び出されていた日には、さぞかし『鑑定士』は大変だろうな」
……重い。重過ぎる返答がなされた。
逆算すれば、もはや事態はのっぴきならないところまで進んでいる証拠でもある。
……どうしたものか?
それが予想できたとしても、俺は依頼を断らなければならない。もう十分に考え抜いた末の決定事項だ。
が、この僅かな逡巡は、物事を悪化させた!
何と俺の沈黙を勘違いしたのか、『ゆうた』は事情を説明しようとしたのだ!
「いや、その……あいつと出会ったのは、正式サービスが始まって間もない頃で――」
嗚呼、なんということだ!
こいつ……もしかして……誰ぞとの馴れ初めを、惚気るつもりか!
「黙れ、小僧! お前に俺を救えるか! そして……俺のギルド名を言ってみろ!」
……しまった。つい反射的に魂の叫びが口から!
しかし――
「えぇー……タケルさん、今回はギルド関係なしって……自分で……」
「ギ、ギルド名? ら、『ラフュージュ』さんで……いいんだよな? …………あっ。そ、そりゃ……元『RSS騎士団』だってことも……うん、知っているけど……」
などとリルフィーと『ゆうた』の二人からはドン引きされた。
くっ……染み付いた『RSS』魂が邪魔を!
「い、いまのは冗談……いや、試してみただけだ。というか馴れ初めなんぞ、俺には関係ないし!」
とっさに機転を利かして誤魔化すも、リルフィーだけは不信の目を止めなかった。
……無駄に付き合いが長いと、これだから困る!
これがハイセンツだったら、「さす隊! さす隊!」と賛美の合いの手を入れてくるものを!
しかし、初見に近い『ゆうた』の方は戸惑っている。
これは押し切るチャンスだ! 『話術三十六計、勢いに如かず』ともいうし!
「では、本気なんだな?」
「えっ? あ、ああっ! 本気だ! うん、俺はこれ以上になく真剣に決まっている!」
「その言葉が聞きたかった!」
不敗の黄金コンボを前に、依頼人は気圧された。これこそ完璧なフォローといえる。
……ところでリルフィー! 首を捻るな! そして不満そうな顔も止めろ!
「でもな、それでも尚……ひとつ確認しなけりゃならないことがある。あー……いわゆるネカマだとか、ネナベ――ネカマの男女逆転版だな――も……どちらも、それだけでは悪とはいえないことだ。ネカマやネナベの中に、悪党もいる。それだけのことだ」
真面目な口調で説明するも、いまいち『ゆうた』には解って貰えなかったらしい。
「……あれか? 誰かにアイテムや武器防具を貸してて……そいつがネカマ臭い?」
「うん? いや……違う。そういうのじゃない。もちろんアイテムの貸し借りというか……人間関係的な貸し借りはある。でも、厳密に考えたら……俺の方が頼っているかな。だから、そういう問題じゃない」
つまり今回、盗まれた『アイスソード』は存在しないみたいだが……かえってきな臭い雰囲気しか感じられなくなった。
「……なら、べつにいいだろ。親しい友人がネカマかもしれない。確かにそうだったら驚く。俺でもビックリする。でも、結局のところ……それは、そいつの個性だろ?」
「なるほど。実に勉強になった。確かに突き詰めれば単なる個性に過ぎないし……友達の特徴に好き嫌いをいうのも……まあ、アレではあるよな」
どうやらキレ者という予想は、間違っていなかったらしい。スムーズに説得できたようだし、これなら依頼を引き受けなくとも――
「いや、でも……それじゃあ困る。その……話は友情レベルで終わらないというか……実は俺……そろそろ年貢の納め時というかで……あいつに結婚を申し込もうと思っているんだ。もう、かなり待たせちまったし」
などと顔を赤らめながらの供述によって、俺の期待は儚くも打ち砕かれた。
……こいつはガチだ。正しく本気の依頼人だった。




