ガイアさんの店――3
「こんなもんかしら? この色で良い?」
ガイアさんが出来上がりを聞いてきた。
実際、見事だ。俺が変更した色も黒だし、ガイアさんも黒に変えただけなのに……なんと言えばいいのか判らないけど、全く違う。若々しい黒、少し強めの黒ではあるが、俺がやったのとは大違いで、実に自然だ。
「ありがとうございます! 髪型?セット?もβの時と同じで!」
「あら? 気に入ってくれていたのね。タケルちゃんには少し強面かと思ってたのだけれど……男を売る稼業ですものね」
……ガイアさんの認識だと『RSS騎士団』はそうなるのか。
しかし、あながち間違いでもない気がしてきた。『RSS騎士団』はともかく、俺は『男を売る』ことが多いかもしれない。その証拠に――
「そうだ! モホークなんてどうかしら?」
「モ、モホーク? な、なんですか、それ?」
「うーん……『ボク』に判るようだと……モヒカンかな! いま流行っているのよ?」
などと、ハイセンツがからかわれているのが聞こえてきた。
さすがにタミィラスさんも勝手にモヒカン刈りにはすまい……たぶん。まあ、そうなったらそうなったらで、なんとかなるだろうが。
リルフィーの時といい、ハイセンツの時といい……俺は躊躇いなく『男を売る』タイプの人種のようだ。
鏡に映ったてきぱきと動くガイアさんの手とハサミを見ながら、くだらない事を考えていると……声を潜めてガイアさんが話しかけてきた。
「タケルちゃんに言われてた子……カエデちゃん。会ったわよ?」
「……どう思いました?」
「可愛くて、良い子ね。でも、うーん………………判らなかったわ」
少し残念なような、ホッとするような答えだった。
『鑑定士』だった俺とは違う方法だろうが、ガイアさんも『眼』を持っている。俺の『眼』すら誤魔化しそうなキャリアの『女性』だ。その経験は信頼できるだろう。
ガイアさんなら『カエデの謎』を解けるかと思ったのだが……駄目だったらしい。
……結局、カエデはカエデなんだから……問題の本質は俺にあるのだろうか?
「それと……灯とかいったかしら? 赤毛の子?」
意外な名前が飛び出してきた。
ネリウムも何か言ってたし、また問題でも起こしているのだろうか?
「……灯がどうかしたんですか?」
「タケルちゃん、その子……本当に『そう』だったの?」
その聞き方は遠慮がちだったが、少し疑念が込められていた。
「『そう』だっのか?」というのは、「本当に灯はネカマだったのか?」という意味に違いない。
「よく判らない噂は耳にしましたが……灯が『そう』なのは首を賭けても良いです」
「……いえね、ウチの子が見かけたみたいなんだけど……タケルちゃんに聞いてたのとは大分ちがうのよ」
「ウチ」と言うのは、ガイアさんが主催しているギルド『組合』のことだろう。
ギルドというより、特定の人のコミュニティとしての性質が色濃く、あまり有名ではないが……その人材は多方面に渡り、その情報網は決して侮れない。
「良くわかりませんが……俺も調べたほうが?」
「そうしてくれる? 恋愛は個人の自由だけど……小さい子が犠牲になるのは……ね?」
ますます謎めいた答えだ。
この世界に小さい子などいない。灯の奴、なにをやらかしているのだろう?
「それより! ヤマモト『様』にこのお店、紹介してくれた?」
この話はこれでお終いとばかり、声のトーンを普通に戻してガイアさんは聞いてきた。
「な、なに言ってんですか! ヤ、ヤマモトさんは……自分で必要だと思えば……来ると
思いますよ」
なんだか締まらない返事になってしまった。
「はあ……お越しにならないかしら、ヤマモト様……」
そう言いながら、ガイアさんは色っぽく溜息をつくが……俺にだって売れる『男』と売れない『男』はいる。
「なに言ってんですか、『人妻』が! だ、旦那さんに言いつけますよ!」
そう、ガイアさんのような才能ある人がこんなところ……ゲームなんかで腕を振るっているのは、ガイアさんが人妻で――本人がそう言っているのだ、他人がとやかく言うことじゃないだろう――家庭に入っているからだ。……なんでも旦那さんの強い希望で、専業主婦をしているらしい。
「ち、違うのよ、そういうんじゃないの! ア、アイドルに憧れるようなもので……あのヤマモト様の哀愁を帯びた背中を見ると……こう……」
……とんだ不良主婦だ。
あの人の良いお父さんの安眠を、邪魔させるわけにはいかない。なんと言おうか考えていたら――
全員の目の前にメッセージスクリーンが出現した。
スクリーンには一人の男が映し出されている。
広く秀でた額が特徴的で、賢そうな印象を与えていた。俺と同じ『RSS騎士団』の鎧姿なのに、微妙にデザインに手は加えられている。奴なりのこだわりなんだろう。……おそらく、隊長らしい格差が必要だとか考えたのだ。
「私は『RSS騎士団』所属、ハンバルテウスである!」
スクリーンの中の男は、そう自己紹介をした。
想定より尊大すぎるし、階級を省いた自己紹介はこの男らしくなく……思わず溜息が出る。俺に階級を抜かれているのが気に入らないんだろう。お飾り程度の階級なんぞに固執するのは、何とかならんものか。
「我々『RSS騎士団』はここに宣言する! 我々はこの世界を正常化し、正しい姿に戻すべく、全ての敵に宣戦布告する!」
……気楽なことを言ってくれちゃっているが、その戦線を支えるのは俺なんだろうな、やっぱり。
「……これ全体メッセージよね? もう十レベルになったわけ?」
タミィラスさんが呆れて言うように、これは全体メッセージで……全てのプレイヤーに向けて発信されている。
全体メッセージはテレビの様なものだと思えばいい。
発信者からの一方的なものになるが、全てのプレイヤーに向けて届けることができる。
普通はアイテム売買の情報を流したり、ギルドメンバー募集の告知に利用されるが……このようなプロパガンダを流すのは珍しいだろう。実際、面白い内容にも思えない。
だが、このタイミングで『RSS騎士団』が全体メッセージを流すことそのものが狙いで、予定通りでもある……一応。
いま流れているハンバルテウスの演説は、いわゆる『初』全体メッセージと呼ばれる特殊なものだ。
全体メッセージは世界に対する影響が大きい分、その利用は厳しく制限されている。
ゲーム内通貨だが有料だし、十レベル未満のプレイヤーにも許可されない。発言内容もきちんと記録・保管されるし、不適切な発言をすればペナルティだ。
まあ、かなり影響力のある発信方法だから、制限されて当たり前だが……レベル制限のあることが、他の目的で利用されることがある。
それが初全体メッセージだ。
初めて全体メッセージを流すということは、そのプレイヤーは十レベルに一番乗りしたと見なされる。つまり、トッププレイヤーの証明だし、その所属するギルドも有力といえるだろう。
だから、内容なんて何でも良かった。良かったが、しかし……なんだってハンバルテウスがやってんだ?
俺が受けた報告では、うちのトップレベルはシドウさんだった。
名実共にエースなのだし、初全体メッセージはシドウさんがするべきだろう。内容なんて何でも良いのだから……それこそ「一番乗りやったぜ!」でも「初全体メッセージもらいました」でもかまわない。シドウさんには気楽にお願いしますと言ったのだが……詰めが甘かったか。
大方、ハンバルテウスの奴がなにか横槍を入れたのだ。
色々と考えるのが億劫になり、全体メッセージ用のウィンドウを脇へ移動させる。いつまでも目の前にあったら邪魔でしょうがない。
まだ演説中のハンバルテウスには悪いが、小さめのサイズに調整し、音声も控えめにする。本当はきちんと演説のチェックをするべきだが、カイの奴がやってんだろう。
どのみち文句を言われるんだ。その時でも間に合う。




