需要――2
「来てくれたのかッ! タケル君ッ! いやさ……『鑑定士』!」
などと供述しだした待ち人は、早くも感極まってしまったらしい。
俺へ駆け寄って手を取らんばかりな勢いだし、軽く涙ぐんでもいる。
……正直、勘弁してほしい。もう、この時点でお腹一杯だ。
「待った! 話は聞く。依頼を受けると確約はできないけれど……とにかく話を聞くのは承諾している。だけど、あんたと話をしているところを見られたくない。あー……適度に距離を取って……お互いに知り合いでも何でもない体で。これを受け入れられないのなら、残念だが話はこれで終わりだ」
強いて作った真面目な口調での指示に、待ち人は真剣な様子で頷く。
もしかしたら「三遍回ってワンと鳴け」といっても、素直に従ったかもしれない。
……ということは冗談や遊びでなく、こいつは本気らしかった。……さらに頭が痛くなってくる。
「そいつは……あー……俺の連れで、ボディガードみたいなもんだ。最近、色々と物騒だし。こうみえて口は堅い奴だから、安心してほしい」
一応は紹介しておくと、曖昧な感じにリルフィーも会釈を返す。俺とは違って気楽なのもあるだろうが、さすがに慣れたものだ。
「了解だ。全て君の流儀に従おう。……こんな感じでいいか? えっと……自己紹介から始めれば?」
飲み込みは良い方なのか、いわれるがまま大人しく距離を開け、横顔を見せるような角度で腰を下ろす。
……まあ、その程度の機転は利かせられるはずだ。
この待ち人は――今回の依頼人は、創意工夫に富んだタイプと聞いている。
でなければほんの数日で通り名を獲得する訳が――『讃美歌十三番の男』なんてあだ名を献上される訳がなかった。
ましてや俺と――ネカマ一級鑑定士としての俺とコンタクトを取れるはずもない。
そもそも接触方法なんて用意していなかった。
なので俺と――『ネカマ鑑定士・タケル』と話はできない。
さらに『RSS騎士団』にいた頃はイケイケのタケル少佐として。いまは多少は影響力を持ったギルド『ラフュージュ』のマスターとして活動をしている。
このゲームを始めてからずっと、決して話し掛けやすい人物像ではないだろう。
その上、最近までは護衛役としてハイセンツが付き従っていてくれて、いまはリルフィーが後任を受け持っていてくれる。俺と密談をしたり、その約束を取り付けるのは容易なことではない。
……時々、単独行動をしていたのがバレて、カイやアリサに叱られているが……とにかく、基本的にはそうだ。
また『ネカマ鑑定士・タケル』へのアポイントメントは、秘密裏に取り付ける必要があった。
なぜなら自分が誰かにネカマ疑惑を持っているだとか、俺へ――『ネカマ鑑定士・タケル』へ依頼したことなどが知れ渡ると、その意味を失ってしまうからだ。
ターゲットに疑っていると知られても構わないのであれば、わざわざ『ネカマ鑑定士・タケル』になど頼らなくてもよかった。
……誰にも知られず、その後ろ暗い疑念を払拭してほしい。
『ネカマ鑑定士・タケル』への依頼には、常にそんな屈折した思いが付きまとっている。
だが目の前の依頼人――キャラクターネームを『ゆうた』と名乗る、いまや『讃美歌十三番の男』と異名を持つ男は違った。
なんとこいつは、先生方が経営されている『アキバ堂』の近くで『讃美歌十三番』を歌ったのだ!
念のためにいっておくと、この『讃美歌十三番』だけれど……誰も知らない曲だったりする。
いや、もちろん本物の讃美歌十三番という楽曲は存在する……らしい。
だが、真面目にそれを歌い上げたところで話題にもならなかったはずだ。また本人や詳しい者以外には、何の曲なのかも解らなかったと思う。
そこでなのか、何をどう閃いたのか……『讃美歌十三番の男』は、珍妙な手を考えついた。
即興のような自作の詞を付けた『讃美歌十三番』を熱唱したのだ!
「じゅーさんばん! じゅーさんばん! 讃美歌じゅーさんばんったら、じゅーさんばん!」
そんな連呼だったらしい。
……「権利者団体に知られても、ママ安心」とでもいいたいのか? まるで洗脳ソングだ!
目撃してしまった先生によれば、『春先に「新入社員への訓練」と称して駅前で歌わせる』みたいな痛々しい雰囲気というか……常軌を逸した何かを感じずにはいられなかったらしい。
……脳のネジが何本か抜け落ちてやしないか、検査の必要があるだろう。
それでも心配のあまりに声をお掛けになった先生を通じ、まんまと『ネカマ鑑定士・タケル』とのアポイントメントを取り付けたのだから……この『讃美歌十三番の男』は、それなりにキレ者と判断できる。
また『ゆうた』というキャラクターネームにも覚えがあった。
我らがサブギルドマスターにして、君臨する女教皇、ネリウム猊下への贈賄リストに名前を連ねていたはずだ。
つまり、自らを道化にすることも辞さず、贈賄などのダーティな手段すら躊躇わない……おそらくはキレ者。
………………め、面倒くさい! もう死ぬほど面倒な予感しかしない!
普段なら怒鳴りつけてでも追い払うところだが……しかし、今回に限っては断ることはできなかった。
先生方から――
「タケルも色々と主義主張があるんだろうけど……とりあえず面倒見てやれよ? なんだか可哀そうなくらい真剣みたいだぞ? ……歌はへんだったけど」
と頼まれてしまっている!
これは俺と先生方の関係を見抜いた『讃美歌十三番の男』を褒めるべきか、それとも先生方が情に絆されやすいというべきか。
……おそらく両方だ。賭けてもよい。
相手は狡猾レベルに知恵が回るらしいし……おそらく依頼内容は、先生方にとって唯一の弱点といえるジャンルだ。
「まあ……とりあえずは用件を聞こうか」
……これだけで飛び上がらんばかりに喜んでいる。
やはり、これ以上になく本気らしいし、本物の厄介ごとで決まりだ。
「も、もちろん! もちろん、その筋では名の知れた『ネカマ鑑定士・タケル』を呼び出したんだ! 話は鑑定の依頼に決まっている! 実は……実は一人、あんたのその名高い鑑定能力で調べて貰いたい人物がいるんだ!」
……愚問だったらしい。
一縷の望みを賭けて訊いてはみたものの、全く予想通りな答えが返ってきた。




