需要――1
屋根の上からは賑やかな街の様子が――多種多様な商売に精を出すプレイヤー達がよく見えた。
ゲーム的なアイテムや消耗品などは元々からだが、最近では雑貨の類も目を惹くようになっている。
……人生には潤いが必要な証拠だろう。
標準的なVRMMOに過ぎなかったこの世界には、生活を彩るものが少な過ぎた。
なかでも特筆するべきは『飲食店』を営む者だろうか?
もちろん、実際に調理はしていない。このゲームで料理は不可能だ。けれど――
「俺が認めた『食料品』だけをメニューに載せた」
なんて形で成立していた。
ある種のセレクトショップともいえる。グーカの通う『居酒屋』だって、おおまかにいったら同じ仕組みだ。
軽いお節介ともいたし、中身のない空気を売っているようにも思えるが……客側からは歓迎されていた。
登録されている食料品は、なんと十万品目を超える。一日三つずつ試食したとして、全てを調べ終えるのに百年以上かかる計算だ。
そんな苦労をするくらいなら、誰かが集めたメニューを利用した方が手っ取り早い。
また雰囲気だって食事には大切だ。
例を挙げるとすると……ちょうどよいことにカフェだかケーキ屋だかにアリサ達の姿が見える。
………………いわゆる女子会というやつか?
なんとアリサに秋桜、リリー、亜梨子が一堂に会していた。
可愛らしいことに四人とも緊張しているらしく、張り詰めた涼しい雰囲気がここまで届いてくる。
そして勝負服とでもいえばよいのだろうか?
まさしく試合や決闘でもするようなシュとした装いで、緊張しつつもキリリとした表情は悪くない。
うん。これは女子会というやつだ。間違いない。
何を話すのか俺には想像すらできないけれど……きっとキャッキャッウフフと歓談に華を咲かせるに違いなかった。
そのテーブルには生け花――といっても造花だが――が飾られていたりする。テーブルにも何か布が敷いてあったりだし……話は前後してしまうけれど、アリサ達の座っている椅子だってオシャレな造りだ。
流行りのカフェにでもいけば、このような雰囲気なのだと思う。これならサービスと呼ぶのに、そして代価を支払うのにも値するはずだ。
まさしく文化の極みで、四人には素晴らしい一時が約束されるだろう。
こんな屋根の上で不貞腐れてないで、あの女子会とやらに乱入した方がマシな午後を送れるのではないだろうか?
などと益体もないことを考えていたら、何かに怯えたかのようなリルフィーが俺を振り返った。そのまま言外に――
「いいんですか?」
と目だけで訊いてくる。
「いいんですかも、なにも……女子会なんて男子禁制の場へ混ざれるわけがないだろうが?」
そんな意思を込めて視線を返すと――
「タケルさんがそれでいいなら、何も言うことはないっス!」
とばかりに肩を竦めやがった。
やっぱり最近、知恵をつけたというか……調子に乗っている気がする!
だいたい、なんなんだ! そのミラーシェードのサングラスにケープ付きのサーコートなんて出で立ちは!
しばらく放置していただけなのに……厨二がぶり返してる気がしてならない。
……ひょっとしたらルキフェルの影響か?
意気投合した二人は、お気に入りのデザイナーを教えあったりしたのだろう、きっと。
まあ今日に限ってなら、お忍びというか……ギルド『ラフュージュ』とは無関係なので、いつもの紋章をでかでかと背中へ描いたマントでいられたら困る。
かくいう俺だって鎧は脱いで、あまり使わない平服へ着替えている。そして変装代わりに、カイから借りてきた眼鏡を追加だ。
……リルフィーにしてはTPOを弁えた結果か?
ただ、なんとなくリルフィーのドヤ顔が気に食わなかったので、それ以上は考えるのを止めておく。
しかし、俺にすればリルフィーが護衛役なのは、前々からの習慣へ戻っただけだが……新しいご主人様的にはどうなんだろう?
これが理由で恨まれたり、折檻されたりしやしないだろうな?
かといって前任の護衛役であるハイセンツを連れて歩くのも気が引ける。
……それだと明確に新しいご主人様に恨まれるからだ。
あの日以来、ハイセンツはタミィラスさんとペア行動をするのが当たり前となっているし。
……ずっと非モテと思っていたのに!
まあ、過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。
というか、そんな暇はなかった。考えるべき沢山のことがある。
たとえばルキフェルのことだ。
リルフィーの厨二っぷりは、笑えるレベルに収まっている。
新しいご主人様の方でも色々と手は打っているらしいから、経過を見守るのが吉だろう。
だが、ルキフェルには早めの対処をした方がよさそうだ。
なんだか元気が無さそうだったのも気になるし……チェスに関しても早めに手を打たないと、取り返しのつかない挫折をしてしまうかもしれない。
たしか先生方にお一人、チェスに造詣の深い方がいらっしゃったはずだ。事情を説明して、少しルキフェルを指南してもらうか?
さすがの奴も年上の男の人に負けたり、教えを乞うことになろうと……それで心がひん曲がるようなことはないだろう。程よい挫折ですらあるはずだ。
だが、ルキフェルについては方針が閃いても、まだ厄介ごとは尽きない。
ディクさんの証言などは、新しい疑問を生んでしまっていた。
結論からいうとSSに写った偽『RSS騎士団』は、あろうことか本物を着用していたらしい。
とても俺には違いが判らなかったけれど……ディグさんやヴァルさんになら、一目で見分けが付くらしかった。
間違いなく『RSS騎士団』の正式装備であり、いまは行方不明となっているヴァルさんの作で間違いないそうだ。
しかし、行方不明になったままの装備なんて存在しない。……当時は情報部で管理していたから、絶対と言い切れる。
なぜ出所不明な本物の装備が? どうしてそんな面倒なことを?
そして……この情報が意味することは?
……謎を減らそうと動いてみたら、逆に増えてしまった。
そして考えても解らないだけでなく、新顔の問題も押し掛けてきて、どんどん忙しくなっていく。
本当はこんなところで時間を無駄にする暇なんてないのに!
……などと落ち込みかけたところで、リルフィーがわざとらしい咳ばらいをした。
どうやら待ち人がやってきたらしい。




