凡そ人らしい手順を選ぶ――4
悩む俺を救うようにアリサが助け舟を――
「もう、ネリーったら! タケルさん、困ってしまってるじゃない! さすがに金貨二万九千八百枚は高過ぎるでしょ? 適正価格は二千九百八十枚ぐらいじゃない?」
出してくれなかった。
なぜか値切っているし!
それに問題なのは価格じゃないんだ、アリサ!
……しかし、高いのも事実か?
そもそもネリウムがギルド間交渉のアレコレを活用し、邪な交渉術で騙し取った戦利品に他ならない。
俺にも分配を求める権利がある――といったらネリウムに折檻されそうだが、格安で譲って貰うぐらいなら罰は当たらない……はずだ。
って! だから値段の問題じゃない!
「それでは十分の一ではないですか! アリサ! いくら貴女と私の仲でも、それはやり過ぎというものです!」
憤慨したネリウムは主張するけれど……同じ仲間から大金をせしめようとしたのは、流すつもりですか?
だが、しかし!
そんなネリウムに負けじと、アリサは粘り強く交渉を続ける!
「でも、ネリー……さすがにやり過ぎでしょ? 金貨二千九百八十枚だって、いまでは適正価格ではあるけれど……βから苦楽を共にした間柄の価格とは、私には思えないわ」
そのアリサの堂に入った交渉っぷりには、なぜか感動を禁じえなかった。
いつまでも初心者と考えてしまいがちだけど……知らぬ間に、ここまで立派なMMOプレイヤーになっていたとは!
なんというか……頼もしい! いいぞ! 頑張れ! 負けるなアリサ!
って、値切るのをぼんやりと眺めていてどうする!
このままだとネリウムが折れて、めでたく購入が決定してしまう! まだ色々と俺の中で折り合いが取れてないのに!
……だが、焦ったところで解決策も思い付かなかった。
このまま年貢を徴収されてしまうのか?
そして、いよいよ値切りに本腰を入れだしたアリサの目!
キラキラと輝くようで魅入られそうになるけれど、これが世に言う『アイ・オブ・ザ・タイガー』か?
とにかく凄い目力だ。「苛政は虎よりも猛し」などというが、これこそ虎より強いと謳われた理由に違いない。
嗚呼! 誰も本気の徴税人には勝てやしないのだ!
そんな悲観から俺を救う者が――搾り出すような声で、全員の注目を集める者が現れる。
……誰かと思えば、なんと声の主はルキフェルだった。
「プロモーションする! 『ポーン』を『クイーン』に!」
見れば額には滝のような汗を流し、声だって掠れてしまっている。
……もしかして苦戦していた?
いや、そうに決まっている。
『RSS騎士団』にあって一人、自分だけ装備一式を白備えで揃えたりで……ルキフェルは厨二真っ盛りといっても、ファッションや外聞に拘るタイプだ。
……ややナルシスト気味といっても、言い過ぎではないと思う。
でなければ真っ白の鎧に『死神の鎌』なんて珍妙な格好で街を闊歩できる訳がない。
しかし、そんな厨二で歪んだ見栄っ張りなルキフェルが、流れる汗にすら気付かないのだから……年下で女の子なカガチに苦戦しちゃっているのだろう。
慌てて俺も盤面に注目する。
……なんと駒とチェス盤は鉄製だ。
素材の醸しだす重厚な雰囲気が、堪らない味となっている。それに白鉄と黒鉄のコンストラクトも美しい。
さすが我らがデックさん謹製の代物だ。
先生方『アキバ堂』に勝るとも劣らない。確実に名人の作といえたし、金の取れる――それも大金を要求できるレベルだろう。
……もしかしたらプレイヤーの手によって生み出されるものが、これからは重要になるのだろうか?
このまま数年を、いや、下手したら一生をゲームの世界で過ごすのであれば……自分たち自身で新たな価値観を創出していかねばならない。
……考え過ぎか。このままゲームの世界に、何年も閉じ込められたりする訳がない。
戦況の方へ話を戻すと……少し齧った程度の俺だと、すぐには把握はできなかった。
『プロモーション』とか言っていたし、苦戦のはずもないか?
これはチェスのルールの一つで、将棋でいうところの『成り』に相当する。
ただし将棋とは違い最弱の駒であるポーンのみに許され、『プロモーション』後はプレイヤーが好きな駒へ昇格が可能だ。まあ普通は、最強の駒である『クイーン』とするけれど。
つまり、戦況を左右する最強の駒『クイーン』が二つに増える!
それだけでゲームを終わらせるほどに強力な結果で、その華々しさから厨二真っ盛りの
ルキフェルの大好物だろうし……『プロモーション』できたのなら圧倒的な優位にあるはずだ。
その証拠に後ろで応援しているリルフィーも「ざわ……。ざわ……」と騒いでいる。
……どんなゲームでも観戦マナーというものが存在し、何があろうとゲームへの影響を与える発言は許されないのだが……その辺のことを理解しているのだろうか?
そして、どうしてリルフィーがルキフェルを応援しているんだ?
お前ら友達だったのか?
だとしたら、いつの間に意気投合してんだよ!
まさか『厨二は厨二と惹かれ合う!』などと、ご都合主義的なことを言い出すつもりじゃないだろうな?
ただ、謎なのは……なぜかルキフェルの声が掠れていたことだ。
実力伯仲な互角の勝負の末、ようやくに決定打をルキフェルが繰り出した。そんな瞬間だった?
しかし、そんな俺の予想は、長考を終わらせたカガチの笑顔によって裏切られた。
あっ……この笑顔、妹を相手に散々見せられたやつだ! それも会心の笑みに近い!
やや覚束ない手つきでカガチが駒を摘み上げる。その駒は――『ナイト』だ。
「『ナイト』を動かして――『チェック』! で、一応いっとくけど『クイーン』も! 『キング』と『クイーン』の両取りだよ!」
……実に楽しそうだ。
でも、しかし……これって拙いパターンじゃなかろうか?




