凡そ人らしい手順を選ぶ――3
「……なんだ? タケルも武具の調整か?」
死んだ目をしたデックさんが訊ねてくる。
その手にはルキフェル自慢の『死神の鎌』があるから……どうやらルキフェルは、武器の調整に来ていたらしい。
いまやデックさんは『ラフュージュ』所属とはいえ、『RSS騎士団』の皆から武具の調整を頼まれることはあるはずだ。
デックさん自身も他の奴に任せたくなどないだろうし、そもそも俺達のギルドが落ち着いたら戻る予定でもある。
なのでルキフェルに限らず、デックさんを訪ねる『RSS』のメンバーは珍しくもないのだが……どうしてカガチとチェスをしているのだろう?
「いえ、俺のは大丈夫です。そうじゃなくて、前に話をしたSSを――写真として現物化しといた物を持ってきたので、それを見てもらおうと――」
「カガチに強請られていたチェスの駒やら盤、それの引渡しとかち合ったんだ。打ち初めを、俺のとこで始めたのは謎だけどな。他所でやってもらいたいぜ、まったく! ――それよりもSS? なんの話だ?」
疑問が顔に出てしまっていたらしい。先回りするようにデックさんは教えてくれた。
「前に言ってたじゃないですか。戦争の時に撮影されたSMがあって……でも、不具合になってからSSもSMも見れなくなってるって――」
言いながらも、SSとして写真状にしておいた物をテーブルへ並べていく。
もちろん写っているのは、秋桜達『不落の砦』を襲っている『モーホーク』と偽『RSS騎士団』メンバーだ。
……なぜかテーブルには宝石も幾つか転がっていて、さらにネリウム専用武器となった『のびのび君・一号』が置いてある。
よく見ると新たに大きな宝石が、巻き上げハンドルの部分を装っていたから……ネリウムは『のびのび君・一号』のお色直しを頼みに来ていたのだろう。
となるとアリサやリルフィーは、ネリウムやカガチに付き合ってか?
そんな風に納得していた俺を、妙な笑顔をはり付けたネリウムが覗き込んでくる。
『カモ』を見る猟師の目だ! 間違いない! 俺には判る! 何度も経験済みだし!
「これは良いところへ、タケルさん。実は親切な方々から宝石を頂いているのです。例えば、これなどは『ゆうた』さんに。こちらは『ウィリアム』さん。この小ぶりですが滅多にないクオリティのサファイアは………………嗚呼、思い出しました! 確か『オリヴァー』氏! どの方もタケルさんに『よろしく』とのことです」
テーブルに転がる宝石を指差しながら教えてくれるけれど、貰ったのではなく『賄賂として贈られた』が正解だろう。
……もしかして惚ける気か?
「いや、そんなことを言われても……だから……その……そいつらに何か便宜を図ってやらないといけない、とかですか?」
しかし、精一杯な俺の抗議は、大袈裟な溜息で応じられた。
……どちらかというと強い態度に出ても良いのは、俺の方なはず……だよな?
「何を愚かなことを……こんな賄賂に頼るような輩、信用できる訳がありません! その内に接触してくるでしょうから、ご注意をという忠告です!」
などと逆に叱られたが、もちろん納得いかない。それは賄賂を贈った奴らにしても同じだろう。
もしかしたらネリウムは賄賂の見返りとしての『一言』を、いまので済ますつもりなのか?
いや、俺の立場でいうと問題はない。大袈裟だが助かるといってもよいくらいだ。賄賂を使ってくるような人物を、最初から見分けられるのだから。
だが、しかし……やっぱり納得し難い。
べつに被害者は俺ではないけれど……当然に詐欺の類……だよな?
微妙な気分を持て余していると、さらに話は妙な方向へ転がりだす。
「しかし、このサファイアは本当に良い物で……きちんとカットを施せば、指輪に最適だと思われます。そう思いませんか、アリサ?」
「え? いえ……その……た、確かに綺麗な石だけど……そ、そんな……わ、私は……」
なぜか話を振られたアリサは、チラチラと俺の様子を窺っている。
……意味が解らないし、妙に居心地も悪い。
「ふむ。アリサは気に入ったようですね。まあ誕生石ですし、波長が合うのでしょう。 ――さて、この幸せを呼びそうなサファイア! 本日は腕の良い指輪職人への紹介状を付け、なんと金貨二万九千八百枚! 二万九千八百枚の送料別にて、特別のご奉仕! ――いかがです、タケルさん?」
どこかで聞いたことのあるようなフレーズを口ずさむネリウムは、実に満足気だ。
……絶対に楽しんでいるに違いない。
しかし、「アリサが指輪を欲しいのであれば、アリサに言うべきだ!」とは、さすがに口が裂けても言わない。
なぜなら可哀想なことにアリサは、顔を真っ赤にして身を縮こませてしまっている。
それに金貨約三万枚は、確かに大金だが……出世払いを併用すれば届かなくもなかった。
また、いつも世話になっているアリサへ、日頃の感謝としてなら吝かでもない。
だが、そうするべきなのだろうか?
なんだろう……それはそれで違う意味になる気がする。
いや、逆に――
「よーし、パパいまから年貢を納めちゃうぞー!」
とばかりに、色々なことを明らかにすべき時期なのか?
いや、それはそれでモニョモニョさせる何かが、心の奥底にある。
かといって――
「自分、二次元へ移民する予定なんで。年貢を納めるとかあり得ないっスわ」
と表明してしまうのも論外だ。
それではアリサが誰に年貢を納められようとも、俺には口を挟む権利がなくなる。
俺以外の誰かがアリサへ年貢を納めるなんて、そんなのは論外もよいところだ!
だいたい、この微妙な問題には、既に結論を出している。
不具合の真っ最中なんて不安定な状況では、どんな答えでもアリサに――いや、アリサに限らず、誰が相手であろうと失礼だ。
また、この不具合を乗り切るのに、浮ついた考えなど無用に決まっている。
だから、いまは保留。それが正しい選択というものだろう。
しかし、続く数年を――この不具合が何年も続いても?
それどころか……死ぬまでゲーム世界に閉じ込められたとしたら?
世界が変われば、色々なものも変化していく。……もちろん、一旦は下した色々な結論も。
だが、これもなのか?
幻想の蝉の声が脳裏に響き、暑くもないのに額から汗が止まらない。
何か結論を出さなければ……それが男の甲斐性というものなのだ、きっと!
嗚呼、違うんだ! 忘れた訳じゃない!
でも……でも! ただ女の子はなぜだか……誰も彼もが魅力的で……今日に決断したことが、明日には揺らぐんだ。




