凡そ人らしい手順を選ぶ――1
ジンと和解の可能性も、量子力学的には存在するのかもしれなかった。
……まあ大統一理論の完成まで待たされたとしても、一向に構わないけれど。
相手が泣き崩れながら縋りつき、後生だからと頼んでくれば、考えてやらなくもない程度か?
しかし、それはそれとしても……元『美形』にして現ベンには、色々と考えさせられた。
熱心に別アカウントを利用するかどうかは措いても、慣れたネットゲームプレイヤーなら誰しも思いつくことだ。
例えば俺の場合だと、さすがに『タケル子ちゃん』はあり得ないが……無名の個人として、息抜き用の『隠者タケル』なんて選択はある。
べつに改造したベースアバターなんぞ必要ない。
普通に新アカウントを確保。ゲーム内ではサングラスか何かで顔を隠せば、無名にして匿名な立場の完成だ。
以後は他人との接触を極力避ければ、好きなだけ孤独でいられる。
場合によっては『隠蔽』のタレントを込めたアイテムで、キャラクターネームすら秘密にしてもよいだろう。
気になるのなら万全を期して、ベースアバターの段階で多少の変装というか――整形を施すのもアリだ。
これで何かと揉め事をもってくる奴らに――例えば『水曜同盟』のマルクだとかに煩わせられることもなく……自由で静かなプレイ環境を確保できる。
………………そこまでの苦労をして、MMOでのストレスをMMOで解消するのは、脳がやられている証拠かもしれないけれど。
でも、やる奴はいるはずだ。
もしかしたらエビタク類の奴らなんかは、そうなんじゃないかとすら思い始めている。
基本的には一般的なプレイヤーとして、普通にMMOを堪能だ。
もう街で見かける誰であろうと可能だし……友人として親しく付き合っている奴が、そうでもおかしくない。
だが、夜ともなれば『深淵より来たるもの』として真の姿を現し、偽りの皮を脱ぎ捨て跳梁跋扈するのだ!
嗚呼! 窓に! 窓の外にエビタクが!
………………疲れているのだろうか、俺は?
まあエビタク類の奴らが複数アカウントを利用しているのは、おそらく間違いない。
むしろそう考えれば幾つもの説明がつく。
もちろん専業のエビタク類もいるだろうが、この予想に近い――いわば兼業エビタク類は必ずいるはずだ。
……となると兼業エビタク類の奴らは、この不具合をエビタク・フォームで迎えることになった?
なんだろう……自業自得ではあるのだが、若干の同情を禁じえない。
鏡を見るだけで、耳の穴からナニか大事なものが出てしまいそうな生活。それを既に数週間もだ。
エビタク類の奴らが覆面をしているのも、納得せざるを得ない。
……奇妙なことに閃いた。
中世ヨーロッパで伝承となった『狼男』だが、実際には恐水病にかかった可哀想な病人が誤解されたものらしい。
だが……本当にそうなのだろうか?
実は千年以上の昔から、色々な手段でエビタク達は、その眷属を増やし続けていたのでは?
狼の毛皮を被っていたのは、刑罰や防寒が理由ではなく……群れの仲間ですら害する外見を隠すためだったとしたら?
そして水を恐れたのは、水そのものや反射する光を怖がったのではなく……その水面に移る自分自身の鏡像に恐怖していたのだ!
嗚呼! 既に! 既に奴らは地球へ侵略を!
………………やはり疲れているらしい、俺は。
とりあえずエビタク類の奴らのことは、奴ら自身に任せよう。
もう一つの気付かさせられたことは、かなり苛酷な運命にも思えるが……同じくゲーム内に閉じ込められている俺には、助ける手段などありはしない。
……そう運命だ。
全員が諦め、この生活を日常と受け入れつつあった。
先日、ネリウムが宝石を賄賂に貰っていたのだって、実は関連している。
この世界が基本的にゲームに過ぎなかったり、ログアウトやログインが自由に行えるのであれば……ゲーム的な活用方法のない宝石なんぞ、ただ綺麗に光る石でしかない。
だが基本が――人生の基本世界が、このゲーム内となってしまったら?
同じくファッションの為の素材に過ぎなくとも、その彩るものは違うものとなるはずだ。
いや、いまこの瞬間にも俺達は解放される可能性はある。
だが、しかし、このまま一年、二年と続いてしまう可能性も否定できなかった。それどころか――
いまゲーム世界に残る全員が二度と現実へ戻ることなく、このまま天寿を全うしてしまう可能性すら考えられた!
もう社会復帰が困難かもしれないなんて、甘っちょろい想像では収まらない。
既に歪んだ俺達プレイヤー数万の人生だが、それだと取り返しのつかないレベルで損なわれる。
先のエビタク類だって、遊びや冗談のつもりで選んだアバターで残りの人生全てを過ごす羽目になるとは、夢にも思っていなかったに違いない。
誰も彼もが定めを変えられている。変えられつつあった。
まあ宝石の場合は、タミィラスさんが婚約&結婚指輪を開発してしまったせいでもあるけれど。……あとネリウムが欲しがっていたのも、似たような用途だろう。
とにかく運命は変わったのかもしれないし、今この瞬間に元通りの道へと戻る――開放のアナウンスでも流されるのかもしれない。
だが、それは突き詰めれば、どうでもよいことだ。
これが言い過ぎであっても……結局のところ俺達プレイヤー側から干渉できないのであれば、傍観している他の選択肢はない。
……ただ一つの事柄を除いて。
俺には仇がいて、そいつの命が欲しくて堪らない。
例え殺人者と――殺人に慣れすぎた異常者と謗られても、必ず復讐は完遂する。絶対に諦められそうにない。
しかし、その前提で考えると……不具合の解決は、タイムアウトと同意儀だ。
この異常事態が解消してしまえば、手段と追跡の両方が無くなってしまう。




