ガイアさんの店――2
「今日はこれから……戦略的には中立勢力とのコンタクトだ。いや、堅くならなくてもいい。分類すれば中立勢力ってだけだから。ただ、ほぼ全勢力に友好的な関係を持っている人だから、失礼な振る舞いは避けて」
「りょ、了解しました!」
……逆に緊張させてしまっただろうか?
確かに、これから会いにいくのは中立勢力だし、ほぼ全勢力と友好関係にある。まかり間違って敵対すれば、全勢力が――『自由の翼』あたりのノンポリギルドですら制裁に乗り出すだろう。
「あー……うん。とりあえず、そんなに恐ろしい人じゃないから」
上手く説明できなかったが、会えば理由は判るはずだ。
ガイアさんの店は一等地にある。
一等地といっても他のギルドが持つ『本拠地』同様、勝手に店としているだけだ。
壁一面が鏡となっている建物の脇の、ちょっとした空間がガイアさんの店と認識されている。鏡はともかく大通り沿いだし、広さも手頃、噴水広場からも近い。『本拠地』としては魅力がある部類だろう。
そして近所にあったベンチや椅子、テーブルなんかを勝手に移動させて占有している。
新規プレイヤーにはそんな発想は無いし、不文律も知らないだろうが……これはガイアさんの備品として暗黙の了解のことだ。
この手のアイテムはメンテナンスのたびに初期位置に戻されるし、他の場所にある物はそのつど争奪戦となるのだが……ガイアさんの分を持っていってしまう奴はいない。
べつにガキ大将よろしく、権力を振りかざして横車を押しているわけではないのだが……これはガイアさんが敬愛されている証拠なんだろう。第一、ガイアさんの店に椅子やなんやかんやが無かったら、困るのは俺たちの方だ。
椅子の一つが大通りに向けてあり、そこには『ガイアの店』と書かれた看板が置いてある。隣にはイメージアイテムのクリップボードも並べてあり、そこには「エビタク類、お断り!」と書かれてあった。
ここに看板が置いてあるのは『ガイアさんの店』が開店している合図だし、情報通りでもある。
「あら、こんどはタケルちゃんのお越しね」
俺の顔を見るなり、ガイアさんは席を立って出迎えてくれた。
そうは言うものの、俺達二人以外に客は居ないようだ。自分達用のテーブルと椅子にはお茶の用意がしてあったから、ちょうど休憩中だったのかもしれない。
相変わらず非の打ち所が無い、完璧に女性らしい仕草で……久し振りだから酔っ払いそうだ。なんというか……熟達の職人芸を見ている気分になる。
ガイアさんは相変わらずガイアさんだった。
シドウさんに勝るとも劣らない見事な筋肉。几帳面に刈り揃えられた口髭。ミニスカートから伸びる生足は……丸太の様な逞しさだ。
そのガイアさんが完璧に女性そのものの仕草なのだから……俺の『眼』で見ると違和感を通り越して、幻覚が見える気分になる。
「どうも、開店したと聞きまして……あの看板、βから持ち込んだんですね」
「あら、さすがにタケルちゃんは耳が早いわね! そうなのよ……何を取って置こうかと悩んだのだけど、やっぱり看板は思い入れがあるからね」
そう言ってガイアさんはウィンクをしてくるが、実に複雑な気分だ。
案の定、隣にいるハイセンツは固まってしまっている。
「……どうしたのタケル? その変な髪の色?」
お茶を片付けていたもう一人の人物――タミィラスさんも呆れながらやってきた。
相変わらずセックスシンボルの塊だ。『先生方』が追い求める究極の美と真逆の、対極にあるリアルな女性美でありながら……すでに現実から逸脱してしまっている。
カエデやアリサが綿菓子のような可愛らしさであるなら、タミィラスさんは生肉のような暴力的な魅力だろう。もちろん、食べるときは手掴みで、歯だけで噛み千切らねばならない。
見るだけで自分を男と意識させる人で……ハイセンツなんかは顔を真っ赤にしてしまっている。
俺の『眼』で見ればタミィラスさんが芸術作品――造形の美の極地であることが判るのだが……普通の者では無理か。
この二人がガイアの店のメンバー……店主のガイアさんと助手のタミィラスさんだ。
「聞いたわよ、秋ちゃんから! また秋ちゃんイジめたんでしょ? 泣いてたわよ?」
客用の椅子に座って、最初の一言だ。
……秋桜のやつ、ガイアさんに泣きつきやがったな。
「イジめられたのはこっちです。……秋桜にじゃなくて、リリーにですけど。眉毛を染めに来たんですか?」
「タケルちゃんに変って言われた。おかしいって思われたって……大変だったんだから。駄目よ? 女の子には優しくしてあげなきゃ」
そう言いながら、ガイアさんは俺の髪を全体的にかき上げていた。まるで調べているようだが……どうかしたんだろうか?
「……どうやって染めたの、この髪? ……これからはこの色にするの?」
「いえ、ゲームシステムのでやったんですけど……できれば、βの時みたいにして欲しいんです」
俺の注文にガイアさんは呆れた表情で肩をすくめることで応える。
そのままメニューウィンドウを操作し、空中にパレットの様なものを出現させた。これまたメニューウィンドウから取り出したチューブを、出現させたパレットで混ぜ合わせ始める。色を作っているんだろう。
「あっ……床屋さんですか!」
やっと飲み込めたのか、ハイセンツが納得の声をあげた。
「ヘアデザイナーさんね、ボク」
タミィラスさんが訂正する。その二つに違いがあるのだろうか?
「あら、いいのよタミちゃん。男の子には……床屋さんも美容師さんも、ヘアデザイナーも同じでしょうから」
ニコニコとガイアさんがとりなす。社交辞令というより、なんだか嬉しそうだった。
タミィラスさんの流儀に従うなら、ガイアさんはヘアデザインのプレイヤースキルを持っている人だ。
VRMMOでヘアデザインをする方法は幾つかある。
一つがモニターとキーボードで変更する方法だ。
VRMMOをするものなら誰にでもできる方法だが……実際には非常に難しい。思い通りにどころか、何とか及第点程度にするのも大変だったりする。
もう一つが、VR空間で変更する方法だ。
これはある意味、非常に解りやすい。現実の床屋や美容室と同じ方法でできる。単に髪を切ったりするだけでいい。
実際にはハサミやその他の道具でヘアデザインするのも大変だろうが、モニターとキーボードだけでやるよりは遥かに楽だと思う。俺にはどちらの方法でもできないが。
しかし、どちらにせよ……センスとでも言うべきものがいる。
プロとして身を立てていたガイアさんのように、センスと技術を確かに持っている人は貴重だ。さらに、商売の形式ではあるが、頼めば惜しげもなくその手腕を発揮してくれる。
ガイアさんが皆に敬意を払われている理由の一つだ。
「……ボクはタケルのお供? 椅子はもう一つあるから、座ったら?」
「へっ? あっ……いや……散髪も悪くないけど……お金が……俺は……いいです。そ、それと! ボ、ボクはやめて下さい! い、一応……男ですから」
タミィラスさんに言われたハイセンツは、意外にも気骨のあるところを見せた。
その程度でどうこうなる関係ではないし、失礼ともいえない発言だから問題ないが……少し興味をそそる展開だ。
俺の知る限り、タミィラスさんにそんな口を聞いた勇者はいない。
賛美者は多いタミィラスさんだが、どのように受け答えをするんだろう? 気の強い言動と、それを有難く拝聴する信奉者が馴染み深い光景だったのだが……。
「うん、『ボク』はここに座る! 『ボク』の分くらい、タケルがポンと払ってくれるから!」
「え、いや……大尉に甘えるわけにも……そ、それにボクはやめて欲しい……です」
なぜかタミィラスさんは上機嫌で、半ば無理やりにハイセンツを座らせてしまった。
なんと言うか……意外だ。それにガイアさんがくすくすと、上品に笑いを隠しているのにも驚かされる。
「……ハイセンツ。代金は情報部で持つから、安心して散髪してもらえ」
助け舟……でもないが、そう言って事を収めておく。ハイセンツが散発してもらうだけで、重要人物の機嫌が取れるなら安いものだ。タミィラスさんだって、そう悪いようにはしまい。