再びの変化――2
「とりあえず座りいな。それに、そんな大声を出さんでええやろ。可哀想に嫁はん、びっくりしてるやないか」
などとジンの大馬鹿野郎は、とんでもないことを口走る。
……不覚! そして迂闊!
行儀良くしていようと考えた結果、ジンからの仕掛けに無警戒となっていた!
なぜ呼び出されたかといえば、これが――戦争を開始するのが目的だったのだろう!
……間違いないはずだ。こんなことを口にすれば、それは宣戦布告に他ならない!
が、しかし、俺よりも先にアリサが反応した。
「そ、そんな『お嫁さん』だなんて……私とタケルさんは、まだそんな関係じゃ……よくて上司と個人秘書みたいなもので……。あ、ジンさん! カップが空! お茶の御代りはいかがです?」
などと供述を始め、ちょっと挙動不審すぎる。
さらに納得もいった。
どうしてスーツ姿に伊達メガネなのか不思議だったけれど、アリサ的にはTPOに適った服装だったらしい。
そしてジンの下種な勘繰りから目を逸らさせるように、お茶の御代りを給仕しだす。
……顔を真っ赤にして恥ずかしがっているのに、それでいて嬉しそうでもあり……なんだか俺の居心地も悪い感じにはなる。
とりあえずモゴモゴした感じに――
「だ、誰が『嫁はん』やねん」
とツッコミを入れておく。
……ハッキリと聞き取れないトーンにするのが肝心だ。
もし誰かの耳に入れば、それはそれで新しい議題となってしまうし……かといって黙っていたら、なにかを認めてしまいそうで困る。
もし俺をヘタれというのであれば、人生で一度も妥協したことのない者だけにしていただきたい!
とにかくアリサと元HT部隊の子ら――どこかに控えてくれていたらしい――が円卓を回る間、軽い休憩といった空気になった。
誰もが口を閉ざし、しばしの静寂が――
「ほほう! これは良い石でございますね! しかし、私……これに見合う代価の持ち合わせは……」
降りなかった。
良くも悪くも?タイミング良く?ネリウムの悪そうな声が響き渡る。
なぜか下僕を従えた『ブラッディさん』は、正体不明の行列の近くに陣取っていた。
……まるで謁見に応じる女王様のようだ。
「そこは……それこそ魚心あれば、水心ありと申しまして……ギルマス殿へ、一声添えていただければ……」
「しかし、このような大玉の宝石、友情の印と言われましても……」
「いえ、いえ! 今日のところは、ご挨拶程度のつもりでしたので! 本当に詰まらない物ですが、ご笑納いただければ!」
などと悪巧みは続く。
……ここまで公然と行われても賄賂?は、その意義を失わないのだろうか?
どう考えても俺へ口添えしてもらいたい誰かが、ネリウムに便宜を図ってもらおうと贈賄した現場にしか見えない。
しかし、それを最終目標である俺が知っているというのは……どんなもんだろう?
いまからでも乱入して、直接に話を聞いてやった方が良いのだろうか?
さらに問題を感じさせるのが……円卓に並んでいた一部の者が、ネリウムの方へ並び直したことだ。
……どうしてリリーが行列から出てくる? そして、なぜネリウムの方へ並び直す?
このノンポリなギルド会議に、何か陰険な横車でも通しに来るつもりだったのか?
いや、あいつにとって必須栄養素である陰謀、それを摂取しに来ていたのかもしれない。……非常にあり得る。
さらにリルフィーの奴も当てにならなかった!
なにが「良かったね、ネリー」だ! 羨ましそうにしてないで止めろ!
だいたい贈賄している奴らも、あのネリウムに賄賂が通じると思っているなんて、見当違いもよいところだ。
確かにあの女は約束通りに、俺へ一言を添えるだろうが……それは文字通り一言だけに決まっている! 俺には判る! つまり、ほぼ空手形も同然だ!
それなのに結構な行列はできてたから……本日のネリウムは、それなりに儲けるつもりらしい。あとで分け前でもせびってやろうか?
「よし! それじゃ再開するでぇ! ワイが思うに、この問題は一般的なマナーに照らし合わせれば――」
というジンの大きな声が、俺を円卓の方へと引き戻す。
引き続き、二つのギルドの仲裁をするつもりらしいが……結局のところ『よくある揉め事』なんてのは、ありふれている分だけ簡単に解決可能だ。
それでも当事者同士だと、なかなか落ちどころを見つけ難い。だからこそ、この『円卓の仲裁所』が必要とされたのだろう。
ある程度の権威を感じさせ、それなりに妥当な仲裁をして貰えるのなら、ある意味で解決法として優れている……のか?
まあ反対する筋合いでもない。大人しく傍観者に徹しておくことにする。
そしてジンの奴も慣れっこなのか、テキパキと行列を片付けていく。
しかし、驚いたことにドラゴン討伐の影響は、意外なまでの広範囲に亘っていることが判明した。
簡単にいえば、全員が諦めてしまっている。
内側からの――ゲーム内での行動による、この不具合の解決をだ。
倒すべきラスボスや獲得するべき至宝などは存在せず、ひたすら外部からの救出を待つしかない。
そんな風に全員が納得してしまっていた。
まあ俺などは最初からその結論に達していたし、他に考えられるパターンは可能性の低すぎるものしか残っていない。
……やっとコンセンサスが得られたといっても良いくらいか?
これは当初予想のタイムリミットを過ぎてしまったのも大きいと思う。
なぜ、ここまで長期化に?
もちろん、その答えを得ることは俺達にできない。缶詰の中からでは、そのラベルを知りえないのと同じだ。
だが、外部で苦戦しているようなら、更なる長期化も考えられる。
当初予想だった最長でも一ヶ月以内の開放は、外れてしまった。
……それによって起こり得るダメージ――現実の身体の衰弱は考えるだけで恐ろしいし、もしかしたら一生に渡る影響すら覚悟しなければならない。
しかし、逆にいえば……一ヶ月を超えて寝たきりとなっていようと、直ちに生命の危機には直結しなかった。
つまり別の言い方をすれば――この不具合は、まだまだ続く可能性がある。
初めに俺達は日にちで時間経過を数えた。
それがいつの間にか週で計算するようになり、いまや月単位での把握へと移りつつある。
この月単位での認識が、いつの日か年単位へ変わらないと……誰にも断言はできやしない。




