ドラゴン討伐――20
カガチによるカウントは、淡々と進み続ける。
俺達前衛も、やや遠巻きにドラゴンの攻撃を捌きつつ、その時を待つ。
「――八! ――九! ――十! ――十一!」
だが一斉射撃を開始して十秒経っても、ドラゴンは倒れない!
………………失敗だ。
前衛による削りが足りなかった――総攻撃に移るタイミングが早かった?
それとも後衛の火力が弱かったのか?
いや、ドラゴンの体力を――総HPを低く見積もってしまった?
相手の自然回復力が、こちらの想定以上だった可能性も?
……どれでもあり得たし、どれが正解なのかも判りかねた。
しかし、一つだけ判明している事がある。
俺達の負けだ。ドラゴンは倒せない。討伐は失敗してしまった。
頭の中が真っ白になりながらも、それだけは理解できたし……強い敗北感にも打ちのめされる。
焦った感じの……そして悔しそうでもあるリルフィーが名前を呼ぶ。
「タケルさん!」
それだけでも伝わった。こうなったら押し込もうと言いたいのだろう。
ダメージが足りないのなら、俺達前衛で再びクリーンヒットを狙いにいけば――さらにダメージを追加すれば、もしかしたらドラゴンは倒れるかもしれない。
……だが、それでも足らないかもしれなかった。
ならば、その選択はできない。許されてもいなかった。
ゲームであるなら、それでもよかっただろう。いや、むしろ当然の選択――どころか、義務にも近い。
しかし、いまそれを選んでしまえば、本当に「ゼロか一」になってしまう。
そして、この場合のゼロとは……討伐隊の全滅に他ならなかった。
もう考えるまでもない。そんな決断は下せなかった。残った戦力は全て、撤退の為だけに使わねばならない。
なおも続く総攻撃を見ながら、撤退に掛かる時間を考える。
……練習では出来ていても、本番も上手くいくとは限らない。少なくとも五分……いや、できれば十分は欲しいか?
だが、それは――
ほぼ半数に減った前衛で、必要なだけドラゴンの攻勢を耐えるという意味になる!
……そんなことをすれば、無傷では済みそうにない。いや、確実に死亡者すらでるはずだ。
泣き出したくなってきたのを必死に耐える。
しかし、もう犠牲を自分だけに収めたくとも、そんなことは到底できやしなかった。
俺独りではドラゴン相手に一分も持たせられない。ただ無駄に死ぬだけ――どころか、そんなことになったら後衛まで道連れにしてしまう。それも、おそらく百人単位でだ。
……どうして俺は、ドラゴン退治なんて無茶を?
だが、後悔する暇すらない。すぐにでも決断する必要があった。
「皆、悪い。もう負け戦だけど……つきあってくれ」
まずリルフィーが不満そうにしつつも、なんともいえない感じに苦笑した。
……何だかんだと文句は多いけれど、リルフィーの付き合いの良さには救われている。
深刻な顔付きをしてるウリクセスは、何か言いたそうだったが……この期に及んで言い訳や謝罪なんかは、聞きたくはなかった。そもそも責任を感じる必要はない。
さすがに秋桜は驚いていたし、不満なのか悲しいのか……何だかよく判らない、ひどく心の掻き乱される表情をしていた。
……最後に秋桜だけでも――いや、女性だけでも生還させられるだろうか?
もう、この段階で離脱させる手もありか?
凄く大変が、超大変になろうと……大差はないはずだ。もしかしたら後顧の憂いがなくなって、やり易いまであるかもしれない。
しかし、そんなことを考えていたら、ミィルディンさんに叱られてしまった。
「タケルくん……そういうのは感心しないよ! まだ僕達は負けてない。だから、このまま負けないで帰ろう! まあ……もう勝てないとしてもね?」
そう朗らかにお笑いになられる。
……確かに仰る通りだった。負けるつもりで戦うのは愚か者だけだ。
そして未だに死亡者を出していない以上、まだ負けてやしなかった。
撤退の為に時間稼ぎを成功させ、全員が生きて帰れれば……それは勝ちにも等しい。……その達成が難しいとしても。
「くぅー……滾ってきた! いいかい、お嬢様方! 潜った死線の数が多いほど、『いい女』の証明なんだよ!」
……などとカシマ姉さんは仰るが、本当なのだろうか?
しかし、それで全員が――笑いを堪えつつも――身構え直した。これよりは死線の先……死地であるのは間違いないからだ。
さらに感極まったかのように秋桜が、何だか神妙なことを口にする。
「タケル……皆で帰ろうね?」
普段なら山ほどの悪口で返すところだが、ただ肯き返すに留めておく。うかつに何か答えてしまったら、おそらく口論になってしまう。
……少なくとも秋桜は生還させよう。それぐらいは許されるはずだ。俺は無理だとしても。
そう考えた瞬間、なぜか凄く不機嫌な様子のアリサが脳裏に思い浮かぶ。
……無事に帰らないのも、それはそれで拙い……のか?
少なくとも御小言はありそうだ。やれるだけは、精一杯やらないと駄目らしい。
そして緊張や後悔、覚悟……色々な感情が一回りしてしまったのか、不思議にスッキリした気持ちになっていた。
なおも続いていたカガチのカウントへ耳を澄ましながら、懐から信号弾代わりの手持ち花火を取り出す。
……これを使えば、全員が直ちに撤退を始める段取りにはなっている。
ただ、総攻撃が止まってしまえば、もうドラゴンは動きを阻害されなくなり、再び自由に攻撃を開始してくるのが厄介だ。
……余計な心配か?
気合は十分にのっている。例え前衛が半数に減ったといえど、短い時間なら御するのも可能なはずだ。
よし、この勢いに乗る!
難しいことをする必要はない。ただ、負けなければよいだけだ!
そう心に決めて、花火を打ち上げる紐を引っ張る寸前――
ドラゴンが天を仰ぎ、悲しげに小さい咆哮を上げた。
そして力が抜けたように、大地に身を投げ出してくる!
この想定外な出来事で軽いパニックになりつつ、下敷きにされないよう逃げ惑わねばならなくなった。
しかし、それにビックリする隙もなく、さらに驚愕させられる事が起きた!
地に伏したドラゴンは、全く動かなくなったかと思えば――
突然に煙に変わって、消えて無くなってしまったからだ!




