ガイアさんの店――1
「で、隊長……今日はどこでリア充の奴らをボコりに行くんです?」
思い詰めた表情でハイセンツが聞いてきた。
やる気があるのは良いことだし、リア充の奴らに天誅をくわえるのが『RSS騎士団』の本分でもある。
しかし、ハイセンツの奴は入れこみ過ぎというか、見ていて危なっかしい。ただ、その荒んだ目で道行く人達を見ている様子は……共感を持ててしまう。
四股をかけられる。それも四股目としてだ。
自分がいわゆる本命で次々と浮気されるのと、単なる浮気相手でしかなかったのと……どちらがマシなのか判らないが、とにかく悲惨な体験にしか思えない。
一部の者……特に性質の悪いリア充の輩は多情だ。パートナーが一人では満足できないらしい。
とにかく手当たり次第にナンパする男など珍しくもなんとも無いし……女でも、常に複数の配下――関係性はどう考えても君主と配下だ――を抱えたがる者もいる。
全く賛同できない。
仮に、だ。仮に俺が『RSS騎士団』から転向し、裏切り者として追われることになっても……そのときのパートナーは一人でいい。……俺なんかと一緒に逃げてくれる相手がいればだが。
いや、理解はできる。
自分本位に考えれば、パートナーは多いほうが良いだろう。
いつだってドキドキさせる魅力を振りまき続けたり、いつでも隣にいてくれると信じられたり、きょうだいの様に対等にいてくれたり、その存在だけで奇跡を感じさせたり……女の子の魅力は多彩だし、その全てが素晴らしい。
俺だって木石でできてやしないんだから、それくらいのことは感じられる。
でも、だからといって、その全てを自分のものにしようとするのは……良くないことだ。
いや、そんなことができれば、どんなに素晴らしいことかと思わなくもない。
しかし、それは……不可能なはずだ。
そんな風に人類は進化してきていない。第一、全員がそんなことを始めたら……すぐに収拾が付かなくなるのは目に見えている。少なくとも、俺のパートナーがそんなことをし出したら嫌だ。
葛藤はあるのだろう。
魅力的な多くから、ただ一人を選ばねばならない苦悩は想像できる。
それでも、そんなことはしないのが男の誠実さだと思う……基本的には。
結局は人それぞれなのだから……一対一の組み合わせより、一対多数の方を良しとする人だっているかもしれない。それは個人の自由というものだろう。
それに俺が知らないだけで、一対多数の形で……全員が幸せになる方法もあるのかもしれない。いや、まだ発見されていないだけの可能性だってある。
全員とまでは言わなくても、数人……いや、せめて二人を選ぶことができれば……。
……話を戻そう。
正直、性質の悪いリア充の排除や教化をするだけで『RSS騎士団』は手一杯と言っても良い。
教義的には二人だけの世界を醸しだすリア充カップルも、的にかけるべきではある。
しかし、そんな事をすれば世界の二割を敵に回したも同然、そいつらにだって友人はいるだろうから……最終的には世界の半分を相手にすることになってしまう。
そんな無謀な戦いを許可するわけにはいかない。戦線を支える責任者は俺だ。
地道にコツコツと勢力を拡大し、気が付いたときには覆せないほどの状況にするのがベストだろう。決戦だとか、最終戦争だとかを起こすつもりはない。そんな形にに持ち込まれたら、ただそれだけで敗北に等しいだろう。
その過程で時には敵と握手することだってあろうし、局所的な撤退だって甘受するべきだ。なにより、俺達は勝たなければ存在意義がない。勝つための第一歩は負けないことだ。
その辺りは幹部でも意見が分かれるところだが――
「俺達は前衛役じゃない。入団の時にそれは言っただろう? 後衛の役目は前衛を支えるだけど、それよりも大事なのは勝手に戦端を開かないことだ」
と、基本思想を叩き込んでおく。
戦術や戦略の基礎にして奥義が『戦力は一点集中させること』らしい。
逆に考えれば『敵や戦場の数を少なくする』ことで達成されると思う。敵が一グループで、一つの戦場に固まっていれば、こちらの戦力は自動的に一点集中される。
それを達成するのに最も簡単なのは、敵を増やしたり新しい戦いを始めないことだ。
「そ、そうですか……それもそうですよね」
ハイセンツはガッカリしているようだったが、それなりに納得はしているようだった。
とりあえず、これに反対しないのなら、情報部でも上手くやっていけるかもしれない。
「……まあ、各部隊のフォローもするから……実戦参加はグーカとリンクスに頼めば」
「本当ですか? 俺も連れて行ってもらわなきゃ!」
少し可哀想に感じたので、そんな情報も教えてしまった。……甘いか?
ハイセンツは立場的に『行儀見習いタケル大尉付き』となっている。
情報部は集団行動していることが少ない。誰かが『RSS騎士団』に馴染めるように、新人の面倒を見なければならないのだが……これは明らかに押し付けられた結果だ。
そりゃ、最終的に判断をしたのは俺ではある。責任取って新人教育しろというのは理解できなくもない。しかし、だからといって……新兵が大尉付きはおかしいだろう!
いや、まだ知り合ったばかりで判断は難しいが、ハイセンツは嫌な奴ではない。
受け答えはまともだし、頭も悪くないように思える。まだ階級制度に慣れていないので、俺になんかは堅苦しい態度だが……それも馴染めば取れてくるだろう。そもそも『RSS騎士団』の階級なんて、お飾りもいいところだ。特に情報部では。
しかし、定期的に暗いオーラを周囲に撒き散らし、憎しみのこもった目でカップルをみているのは……近くにいて欲しいと感じる特徴では断じてない。その指導係なんて、明らかに貧乏くじだろう。
こんなときの情報部の奴らの逃げ足の速さといったら……身内ながら惚れぼれするくらいだ。
……これでも俺は情報部の長なんだけどなぁ。
ただ、早くも新規入団者との間に軋轢が生まれつつある。俺ものんびりと静観とはいかない。ハイセンツへの新人教育を通じ、問題点を感じ取らねばならないだろう。
……ほんの少し前まで、ゲーム以前から『RSS騎士団』だった古参と、俺のようにゲーム開始後に入団した新参者で溝があったのに、こんどは正式サービス開始後入団組の誕生だ。何かしら、新しい摩擦が生まれてもおかしくない。
人が増えれば衝突がある。それは自然の成り行きだから仕方がない……とはいかないのが、俺のような裏方だ。問題が起きたら火を消す役目になる。
思えば情報部には『RSS騎士団』の縮図の様に、多様な立場の人間が集まった。
例えばリンクスはいわゆる古参で、カイやグーカは俺と同様の新参だ。
いまでは仲間として上手くいっているが、最初の頃は何かと衝突することが多かった。
……俺も入団したばかりの頃は荒んでいたし、ハイセンツのことを一方的に面倒臭い奴と断じる権利は無いだろう。
さらに『教授』のような思想的には完全に異なる専門家まで混在している。
その上、味方とはいえアリサのような難しい立場の人間どころか、ネリウムやリルフィーのような完全な部外者まで出入りしている始末だ。
……一つの集団として機能しているのが不思議で仕方がない。
その混沌とした状況が、今度は『RSS騎士団』全体に広がるのだ。厄介ごとの気配しか感じなくても……心配性とはいえないだろう。




