システム解析チーム
そんな俺達解析チームを最も悩ませたのは運営のスタンスだ。
とにかく腰の軽い運営だった。見方を変えればフットワークが軽く、やる気があると言えるが……仕様がコロコロと変わるのはやり過ぎにしか思えない。連日の仕様変更は当たり前、最も酷いときは一日のうちに三回も仕様変更をしてきた。
オープンβテストは部外者が参加してはいるものの、あくまでもテストだ。不具合の洗い出しや実地試験の為にある。だから仕様変更が多くても仕方がない。
それでも前日、苦労の末に調査と解析を終えたものが、次の日には無駄になっていたら誰だって頭にくるはずだ。
そんな絶望的な状況でも、解析チームのリーダーである『教授』は楽しそうにこんなことを言った。
「このゲームのデザイナーは拙いが見所があるな。こちらにイメージが伝わるデザイニングだ。うん、実に良い!」
この人はたまたま俺がスカウトに成功した人員で、三度の飯より調査と解析が好きという変人だ。オープンβテストには解析をしにきたと明言するくらい極まっている。最初は普通にプレイヤーネームで呼んでいたのだが、いまでは誰もが『教授』としか呼ばない。
しかし、「拙い」という印象は、攻略分析チームの見解とも共通している。その道のスペシャリスト達には何か感じることがあるのだろうか。
「そうだな、僕が思うに……メインデザイナーは二十代後半から三十代前半、それに男だな。VRゲームやMMOゲームはあまり遊んでいない。好きなのは昔の……レトロゲームといわれるジャンルだろうな。それに好きなのは王道ファンタジーだ」
『教授』は滔々とプロファイリングなんぞをはじめちゃっているが……「解析は言葉を使わない会話なんだよ」などとのたまう変人らしい行動だ。ただ、そのデザイナーの人物像には納得できる説得力があった。さすがではある。
「なに楽しそうにしてるんですか! デザイナーの気まぐれに付き合ってたら身体が持たないですよ!」
俺は思わず『教授』に文句を言ったが――
「なにをのんびりしたことを言ってるんだね、少尉……中尉に昇進したんだっけ? おめでとうは言ったかな?」
のほほんと受け流された。
「……一応、中尉になりました。でも、軍隊じゃないんですから、仲間内で肩書きで呼ぶことは無いでしょう! こんなの学級委員長だとか、部活動の部長だとかと同じです」
俺は憮然としたまま言い返すが――
「まあまあ、どんなことだろうと昇進はめでたいだろう。それとも隊長の方がしっくりくるかね? ……そっちも変わったんだっけ?」
他人事のように言い放たれた。『教授』は『RSS騎士団』の大義と活動に興味が無い人だから、俺をからかっているのだろう。
「……ここは攻略分析チームと併合して総合戦略情報室に変更になりました。一応、対外的には室長ですね」
「情報室? でも……ここは単なる宿屋だよ?」
痛いところを突かれた。団員が集まる根城や作業場所が無いため、俺たちは宿屋を一軒まるまる占拠している状態だ。だが、まあ、宿屋の封鎖作業も兼ねているから一石二鳥ではある。
「まあ、冗談はこの辺にして……タケル君の言う気まぐれってのは違うと僕は思うよ」
「……どういう意味です?」
「奴さん、たぶん仕様変更のリストを作ってると思うよ。この仕様変更の嵐はたぶん計画的だな。気になることは何でも試さないとダメなタイプらしい。僕が思うに、明日には武器防具の仕様が変わると予想するね。たぶん、強化失敗時の消滅判定が激変するんじゃないかと――」
『教授』は恐ろしい予言をそこまでしか言えなかった。俺と『教授』の馬鹿な掛け合いを聞きながら、静かに作業をしていた解析チームの一人が呻きだしたからだ。
「うがぁー! それじゃあ、この統計報告書は無駄になるんですか?」
「お、落ち着け! た、単なる予想だ! ま、まだ無駄になると決まったわけじゃない! 大丈夫! 大丈夫に決まっている!」
隣にいたチームメンバーが慌てて宥めるが……おそらく『教授』の予言は外れない。それくらいの異能がある変人だし、信用できるだけの実績も示している。
哀しい気持ちで眺めていたら、他のチームメンバーが俺に話しかけてきた。話しかけてくるのは別に良いのだが、この雰囲気には覚えがある。
「あの……隊長……」
「……嫌だ。聞きたくない。何も言うな」
思わず拒絶してしまった。何を言い出すのかは解らなかったが、どんなことになるのかは理解できてしまったからだ。
「でも、隊長……攻略分析チームからの報告が……」
「き、貴様は何を言っているんだ? わ、解っているぞ。俺には解る。そ、その報告を聞いたらまた仕事が増えるんだ。そ、そうなんだろ? そういう報告なんだろ?」
そのチームメンバーは沈痛な表情で応えた。やめろ! そんな表情はするな! 最近、俺は睡眠不足なんだ。みんなだってそうだろ? そんな報告書は見なかったことにするんだ!
「怠け者の言うことなど気にせず、報告を続けたまえ!」
『教授』が口を挟んできた。目は爛々と輝いているし、鼻息も荒い。新しい獲物に興奮しているのだろう。
「あの……攻略チームに……二十レベル到達者が出たと……」
またキリ番が来てしまったようだ。転職システムでも開放されるのか? それともクエスト開放か?
「それで! それでどんな事が起きたんだね?」
『教授』は楽しそうに先を促すが、俺を含めて他の者達は固唾を呑んでいる。
「その……十レベル到達ボーナスと同じく、任意の能力値を一点上昇で……」
その言葉に全員から悲鳴が上がった。それは全能力値の追加調査を意味するからだ。
「ま、また地道な調査の日々が始まるのか……」
「いや……こんどの被験者は二十レベルじゃないとまずいぞ? どうやって確保を……それにどんな被験者を用意するのかも考えないと……それも六パターンだ」
それなりに予想できたことなので、メンバー達は衝撃を何とか受け止めることはできたようだ。
何よりもこいつらの根気には敬意を払いたい。不屈の意思がこいつらにはある。
「そ、それだけじゃないみたいなんです……ボーナスでは無いみたいなのですが……二十レベルで……その……スキルを二レベルに上昇させる修得が……できたそうで……」
だが、続くその言葉で沈黙がおりた。
能力値は六種類しかない。しかし、スキルの方は数え切れないほどもある!
スキルが成長していくのなら、現状でセオリーとされている多くのことに影響がある。完全にデスマーチの流れだ。
「なるほど! そうきたか! うむむ……若造め……嬉しい形で予想を裏切ってくれる。しかし、能力値の方はいただけんな。これでは悪い画一性が……いや、このデザイナーの性格なら早い段階での天井を――」
大喜びしている『教授』の方は放置でも良いだろう。
この変人は環境さえ整えれば勝手に仕事をしてくれるはずだ。「こんな恵まれた環境で調査と解析をしたのは初めてだ! ありがとう、タケル君!」と頻繁に感動しているくらいだから、遠慮は無用だろう。
それよりもチームメンバーへのフォローの方が難題だ。「いっそのこと今日のところは解散して、全員に休養でもとらせるか?」などと考えていたら、チームメンバー全員が集合してジャンケンを始めていた。
勝負がついたらしく、勝った者達は負けた奴へ次々に――
「俺、コーラな。Mサイズでいくつか頼む」
「俺はコーヒー。アリナシのホット」
「僕は紅茶で。砂糖あり、ミルクありで。……隊長はアリアリのコーヒーでしたっけ?」
などと注文をしている。
「えっと……みんな、何してんの?」
俺は思わずマヌケな質問で答えてしまった。
「へっ? いや……長丁場になりそうですから……せめて飲み物の調達を……。コーヒーで良いんですよね?」
だが、不思議そうな顔をされ、再びオーダーの確認をしてきた。負けた奴は負けた奴で「やべぇ! 支給金貨で足りっかなぁ……」などと暢気に呻いてやがる。
本当にこいつらのガッツには頭が上がらない。すでに『RSS騎士団』が最強の一角と目されているのも、縁の下で地道に支える人員あってのことだ。
「あー……うん。買出しなら俺が行ってくるよ。俺が一番……手が空いているから」
俺にはその程度の気遣いしかできなかった。
それなのに遠慮しながら買出しのメモを渋々と渡すチームメンバーに……感動して思わず涙がでてしまいそうになった。
飲み物くらい好きなだけ用意してやろう。そうだ、ついでに食べ物も……変な牛丼しか実装されていないが、無いよりはマシだろう。それくらいの経費を使っても、公私混同とは言われないはずだ。
そんなことを考えながら、俺は『食品店』に向かって走った。それぐらいしかチームメンバーに報いることができなかったからだ。