日常――7
特別、何も話すことなどない。お互いに不幸な出会いだ。
「今日は独りなのか? 良かったら仲間に挨拶させてくれよ?」
もちろん、嫌味だ。ここ最近、こいつに出会うたびに話題にしている。相手の傷口は、死ぬまで抉り続けるのが鉄則だ。
「……ショウとアキラは急がしいんや」
案の定、『お笑い』の顔は引きつっている。
こいつはβテスト初日の頃から『四人組』で行動していたが、いまは袂を分かっている。最終的な事情は知らないが、原因の半分は俺が作ったことだ。
「ナンバーワンとナンバーツーだもんな。ご指名かかっているのか?」
仲間だった『主人公』『ワル』『美形』の名前はそれぞれ、ショウ、アキラ、ユウガとホストの様なキャラクターネームだ。おそらく、本当にホストを参考にしたのだろう。
「……ショウとアキラは……確かにやりすぎやった。でもな、あんたらだってやりすぎやないか? なにも引退に追い込まんでも……」
情に訴える感じだが、これは奴の策だろう。
「あの二人はいずれ破滅した。『聖喪』にちょっかい出したんだ。もう、引退するしかなかった。お前も責任とって引退するか? 追い込みならかけてやるぞ?」
俺の反論に感情的となるでもなく、ただ肩をすくめるだけだ。昔の仲間にどこまで友情を感じているのか知らないが……それで判断を間違えるほど甘くないだろう。
「それはそうと、髪染めたんやな。似おうとるで、白髪染め」
……この野郎。いつまでも昔のことをネチネチと。
『お笑い』は俺が金髪だったことを知る、数少ない『敵』のうち一人だ。この指摘をすることで、ご満悦なのが我慢できそうもない。
「あっ? やんのか、こら? ノンポリギルドが?」
「あん? ギルド関係ないやろ。あれか? 独りじゃなにもできない臆病もんなんか?」
売り言葉に買い言葉だが……これで戦争の開始だろう。
まずは目の前のこいつを血祭りに上げて、楽しいスクリーンショット撮影会からだ。そう思ったところで――
「ちょっと、ジンくん! またタケルさんと揉めてるの?」
と、心配げなクエンスの声が掛かる。
「な、なにを言うとるん? 僕、喧嘩なんてようせんわ。タ、タケルく……タケルくんとも! ……こうして仲ようしてるやないか。あ、あははは……」
「『ジンくん』? 『ジンくーん』? あの、馴れ馴れしく肩とか抱かないでくれるかな? うざいんだけど? それと『くん』じゃなくて『さん』付けしろや!」
好機に抜かりなく『お笑い』ことジンを痛めつけるが……内心、酷く驚いていた。
全く油断してなかったのに、するりと懐に入られて、なんなく肩に手を回されている。こいつ、体術の心得でもあるのか?
「ちょっと、タケルゥ! また喧嘩してるの?」
疑わしそうなカエデの声もした。
「えっ? なにいってんだよ、カエデ! お、俺達は……こ、こうして……久し振りにあって旧交を温めているところだぜ? ……な?」
「『タケルゥ』? タケル『ゥ』? わいとあんさんの間に、暖める何があるっちゅーねん! 気持ち悪いわ!」
調子に乗って言いたい放題だ。ほんと、こいつは性格が悪いな!
それより、声が大きい! カエデに聞かれたら怒られるだろうが!
「……前々から聞きたかったんけど……なんであの娘は『男のフリ』してるんや? 趣味なんか?」
突拍子もないことを言い出すが、さすがに小声だった。
「……なんだよ、そんなの個人の自由だろうが」
カエデが自分を『男の子』だと自称するのは――その心の闇はデリケートな問題だ。こいつに興味本位で口を挟まれたくない。
「あんさん、自分の彼女に『男装』させて悦に入っている変態と思われてるで? ……誰が言い出したのか知らんけどなぁ?」
なんなんだ、その呪われた性癖は! しかも、実に嬉しそうに教えてくるあたり……情報源はこいつ自身か、広めるのに一役買っているに違いない。
「な、なんなんだ、その出鱈目は! だ、だいたい、俺とカエデは……その……」
「なんや、本命はあっちのべっぴんさんか。やっぱり噂は事実やったんやな。本妻の他に愛人を作って、その愛人に『男装』させてるっちゅーんは!」
どんだけ鬼畜なんだ、そいつは? 俺のことなのか?
「ア、アリサと俺はそういうんじゃない! 第一、アリサに失礼だろうが! アリサは……その……大切な仲間だ。そもそも、俺は『RSS騎士団』だぞ!」
自分の名前が聞こえて気になったのか、アリサがこちらを振り返り……なぜか不満そうな顔をしているのが目に入った。
それも気になるが、しかし、それよりも大げさな身振りでジンの奴が後ずさったのが気になる。なにか仕掛けてくるのか?
「ゲェッ! ホモ団! ホモ団の方が本当やったんかい! 『本』見たでぇ? あんさんとメガネはんがよろしゅうやっとるの!」
……ご丁寧に尻を両手で押さえてやがる。
これは中傷誹謗を繰り返し、こちらに実力行使させるのが狙いに違いない。議論の最中に武力を頼ったら……相手の主張に裏付けを与えてしまう。
言いたい放題に挑発ができ、報復を受けても、それが相手をさらなる窮地に追い込む。最初から仕掛ける気だったな!
いや……もうやっちまうか? 罠と判っていても、罠ごと踏み潰しちまえばいい。
ただ、『本』云々と言っていたのが気になる。
『俺とカイ』の『本』……なんなんだ、それは? 何かの符丁なのか?
「サブマスぅ!」
俺が悩んでいた僅かな間に、女性が叫びながら突進してきた。『自由の翼』のメンバーだが……正真正銘、文字通りに突進だ。
唖然としていると、同じように呆然としてるジンの奴を引きずっていく。そして、なぜか……奴は正座させられた。
な、なんなんだ? あれは……もしかして……ジンの奴は説教されているのか?
なにがなんだか、意味不明だ。
隣にいるリルフィーと顔を見合わせるしかない。
「もう! なんでタケルは……ちょっと挨拶の間くらい、大人しくしてられないの?」
『自由の翼』と別れ、カエデの第一声だ。
腰に手を当てて仁王立ちといった体だが……まるで怖くない。……可愛い!
「いや……タケルさんとあの人は……水と油と言いますか……」
「そうやってアリサが甘やかすから、良くないんだよ!」
アリサが取り成そうとしてくれたが、逆効果だったようだ。
「でも、突っ掛かってきたのはあっちですよ?」
珍しくリルフィーが正論を吐いた。
身体の凝りを解すように、ストレッチもどきの動きをしながらだ。俺とジンの舌戦の間、合図あらば斬りかからんと待機し続けていたから……身体が凝ってしまった気分なんだろう。その気持ちだけはありがたい。
「もー! リルフィーもそんなこと言わないの! タケルもジンも頭いいのに……どうして喧嘩ばっかするのかなぁ……」
「まあ、色々とあるのです、カエデ」
ネリウムも宥めるが……なんとなく腹の立つ表情ではある。
「……楽しそうですね。なにか収穫でもありました?」
「ええ……たくさん。あのクエンスがまた……こちらのと勝るとも劣らない逸材で……神懸りに鈍いのです」
頬に手を添えて、溜息をつくように言うが……とても楽しそうだ。
「……こちらのと?」
不快感を隠さず、嫌味のつもりで聞き返す。
だが、俺を――俺とアリサ、カエデの三人を均等に見るだけで、ネリウムは何も言わない。意味が解らないが……なんだかひどく動揺させる視線だった。
「あいつら、こんなとこで何してたんすかね?」
「なんでも……昨日から街と『ドワーフの街』を何往復もしているとか」
「でも、街に戻る方向じゃなかったような?」
「……それもそうですね」
リルフィーとアリサの問答で、奴らが何をしていたのか理解できた。
「ギルドメンバーを『ドワーフの街』まで案内してんだろ。テレポーターと契約しときゃ楽になるし、大人数で動きゃ安全だしな。ギルド員サービスご苦労なこった」
「もー! タケルは意地悪な言い方しないの!」
またカエデに叱られてしまった。しかし――
「そんなつれない言い方はよくありませんよ、カエデ」
ネリウムがやんわりとたしなめる。なんでだ?
「でも、ネリー、クエンス達は仲間に親切にしているだけで――」
「その通りです。タケルさんも私達に、同じ親切をしてくれているではありませんか」
「……あっ!」
論として間違っちゃいないんだが……面と向かって言うのはどうだろう? なんというか、面映い気分だ。
「えっと……その……タケル……」
恥ずかしいのか少し顔を赤くして、視線もそらしてしまっている。考え事をする時の癖……胸の前で両手の指先を合わせ、人差し指同士を回転させてもいた。
「ごめんね」
でも、最後は真っ直ぐに俺を見たし、自分が悪いと思ったら素直に謝れる。カエデの良いところだし……とても可愛いと思った。抱きしめたくなるほどだ。
……ニヨニヨと笑うネリウムが目に入らなかったら!
「き、気にするな! さあ、『ドワーフの街』に向かうぞ!」
カエデの頭にポンと手をのせるだけに止めた。素晴らしい役得だ。
「はい!」
いつもの左側からアリサの声がしたが……なんでか近い。いや、別に良いんだけど……そんなに近いと体温を感じるというか……。
「なんで、あいつらは……街とは違う方向に戻ったんすかね?」
ずっと考えていたのか、リルフィーが話題を元に戻した。ナイスだ、リルフィー! 何がとはっきり解らないが、とにかくナイスだ!
「そりゃ簡単だ。『ドラゴン』見物に行ったんだろ」
目指す岩山は『ドワーフの街』に『コボルトの巣穴』、さらには『ドラゴンの棲家』まである。回ろうと思えば観光名所にことかかない。
「『自由の翼』は『ドラゴン』見物しなかったのかな?」
「そりゃβからの奴はしただろ。さっきのは正式オープンからの奴にじゃねえか?」
ここにいる『ドラゴン』は名前すらない竜だが、それでも討伐方法が思いつかないほど強い。実際、βテスト中も討伐成功しなかった。
「……悪くないっすね。俺らも後で行きませんか? 見納めに?」
「嫌だぜ、俺は」
「むっ? ボクは良いアイデアだと思ったよ?」
やや遠慮している感じの不平だ。先ほどの反省を踏まえてなのだろうが……ちゃんと説明しないと納得してくれないだろう。
「……いや、面倒とかじゃなくてだな、俺もう五レベル超えてるし……死んだらペナルティある」
「もう五レベルっすか? はええ……」
「まだ二日目だよ? どんだけ廃人なの? ……ちなみにリルフィーは?」
「俺は四レベルっす!」
「……ネ、ネリーとアリサは?」
「私はまだ三レベルですね」
「私も三レベルです」
「み、みんなズルいよ! ボクなんてさっき二レベルになったばっかだよ!」
カエデは頭を抱えて全身でショックを表現するが……俺が実は六レベル、それも『RSS騎士団』では低い方と知ったら……どんなんなっちゃうんだ?
「……急ごう!」
「へっ?」
「急いで『ドワーフの街』へ行こう! それから頑張って沢山のモンスターを倒すの!」
「いや……みんなと一緒に頑張っても、差は縮まらないと思うんすけど……」
「いいの! とにかく頑張ればなんとかなるの!」
カエデは無茶苦茶を言い出したが……まあ、やる気になっているのは良いことだ。懸案だったカエデとアリサのレベリングが捗るかもしれない。




