日常――6
結局、十匹を超える数を倒してようやく終了した。だが、それでも少ないほうだろう。
戦闘になると次々に『コボルト』が集まってくるので、いつまで経っても終わらない……運が悪いと力尽きるまで続くこともある。
「レベル上がったよ!」
カエデはぴょこぴょこ跳ねながら嬉しさを全身で表現していた。可愛い!
それをアリサとネリウムは拍手で祝福していたが……リルフィーだけが首を捻ってやがる。可愛いカエデが喜んでいるのが不満なのか? ……どうしてくれよう。
「おかしくないですか?」
「何がだ!」
「えっ? いや、十匹ちょっとを五人で倒したんだから、一人当たりだと二匹分くらいですよね? 『コボルト』二匹でレベルアップするほど入りましたっけ?」
リルフィーはいかにも大発見みたいな真剣な顔で言い出すが……こちらとしてはドン引きだ。アリサとネリウムも唖然としている。
「す、すいません……リーくん、とにかく倒していればレベル上がると考えてて……仕様とかあまり気にしないもので……」
恥ずかしそうにネリウムが言い訳をした。
なんというか……「うちの旦那がアレですいません」と近所にあやまりに行く新妻のような色っぽさがある。少し羨ましいような、寂しいような。まあ、これからは俺が各方面に頭を下げて回ることも少なくなるのか?
「あっ! パーティ内でレベル低い人は、割り振り分多くなるんでしたっけ?」
「いえ……それは前々回の仕様変更で無くなって……」
ようやく考えた結論も、すぐにアリサに訂正されてしまう。
現在の仕様ではレベル格差での経験分配量に差は無い。レベルの低い者に多く分配する配慮が、逆に敬遠される理由を作ってしまったからだ。
「あれ、でも……リルフィーが言ってるの正解じゃない? なんでレベルアップしたんだろ?」
カエデも不思議そうにしている。
「……おかしくもなんともないぞ。パーティで倒したら『経験点が増える』が現在の仕様だ」
これは苦渋の選択の結果と思われる。
実は構造的に、ソロプレイより効率の良い稼ぎ方が存在しない。
ほとんどのMMOがこの問題点を抱えている。色々な人と一緒に遊ぶのが基本思想のはずなのに、いざ真剣にやりだすと協力なんて馬鹿臭くてやってられない。
ソロで経験百点、金貨百枚を稼いだとする。その場合、すべて独り占めだ。
十人パーティで同じだけ稼ぎ、均等分配だったとする。一人当たりの分配量は経験点十点、金貨十枚だ。
つまり、パーティ側はソロの十倍稼がないと、効率で並ぶことすらできない。
十人がかりだから十倍とは行かないのが、現実というものだ。実際には良くて倍程度、頑張って三倍程度の効率しか出せない。なにより、団体行動特有のロスもある。
結局、パーティ主体の奴はなかなか強くなれず、いつまで経っても貧乏なままだ。パーティハントはネタという見方すらある。
そこで『セクロスのできるVRMMO』では大胆というか、やけくそ気味な仕様が実装された。
このゲームではパーティの人数に対応して、モンスターの経験点が変動、具体的には増える。これは文字通りの意味だ。ソロで倒した場合の経験が十点だったら、フルパーティ十二人で倒した場合は五十点などという、不思議な仕様となっている。
もちろん、最終的には人数割するからソロよりは低くなるし、内部的には単純な計算ではなかったり、対象外のモンスターもいたりで把握は難しい。
それでもパーティでのデメリット軽減――ここまで大盤振る舞いしても、軽減どまりだ――になっているのだから、MMOとしては異色だろう。
「……とにかく、ドロップを拾って進もう。『コボルト』の数が少なかったし……近くに他所のパーティがいるはずだ。利用して進めば、多少は楽ができるぞ」
「別にこの辺で稼いでも良いような……『鉄鉱石』が三つ! 『コボルト』狩りはこれが美味くていいっすね!」
ドロップを拾いながらリルフィーは大喜びだが……インチキ臭く大量生産した俺にとっては、少し後ろめたくすらある。
「最終的に百や二百じゃ足らねぇんだからよ……先に『ドワーフ・クエスト』開始だろう。報酬のレシピも、まだこづかい稼ぎになんだろ」
『ドワーフ・クエスト』を受けて、『ドワーフ』の仇敵である『コボルト』を一定数倒すと、『鋼』グレードのレシピが報酬として貰える。
バックストーリーはまだ鋼の製法を知らない人類が、ドワーフにその秘密を教えてもらうなんだが……まあ、ゲームをする分には知らなくてもいい。
「ボクは武器は二つ分だから……タケルの言うように、『ドワーフ・クエスト』二周ぐらいするようかなぁ……先に『鉄』グレードで作っちゃおうかな」
「でも、『鉄』グレードって面倒じゃないっすか? あとで『錬金術』でバラバラにする分、損ですし」
リルフィーとカエデが計画を捻くり回しているが……なんというか、実に健全だ。普通に攻略するとこうなる。
開幕作戦は大成功したから後悔はないのだが……こんな普通の攻略するのも悪くなかったような? それはそれで楽しそうな気がする。……気の迷いか?
「ま、とにかく『ドワーフの街』目指すぞ」
そう言うだけに止めた。
他所のパーティがいるという予想は、すぐに裏付けられた。
移動を再開してすぐに、『ドワーフの街』の方から逆走してきたのだ。
かなりの大人数のパーティだった。すぐに相手の名前と所属ギルドを確認する。これはもはや習慣だ。知らないうちに敵に囲まれていたら……間抜けとしか言いようが無い。
三人ほど調べてみたが、全員が同じギルド『自由の翼』に所属している。これはギルドハントか?
先頭に立っている女にも見覚えがある。『自由の翼』ギルドマスター、クエンスだ。
……ギルドマスター参加のギルドハントなら、奴もいるかもしれない。
「あっ! アリサちゃんにネリウムちゃん、カエデちゃん!」
同じようにこちらを発見したクエンスが、女性陣に笑顔で手を振る。
「これはギルマス、お久しぶり」
「おひさー、クエンス!」
「えっと……あの……ど、どうも……お久しぶりです」
こちらの方も挨拶を受け……どうやら話し込む様子だ。
俺としては互いに殺伐とした視線を交わすだけ、無言で行き違うのが理想なのだが。
そして、やはり、俺と同じように微妙な顔をした男が進み出てくる。
『自由の翼』の参謀格にして、俺にとってはβ初日から小競り合いを続けている相手……『お笑い』の奴だ。
「……よう」
「……おう」
なんとなく、挨拶らしきものを交わした。
はっきり言って、お互いに友情なんて全く無い。……どうして女ってのは……男の微妙な人間関係に配慮してくれないんだ?
リルフィーの奴はすでに剣に手を置いている。場合にもよるが、リルフィーが爆発したら……修羅場に突入なんだろうなぁ。
すでにクエンスとネリウムが中心となってお喋りを開始している。……なんで出会って一分で楽しく始められんだ?
女達の楽しそうなお喋りをBGMに、俺はそんな事をぼんやり考えていた。




