日常――5
辺りはすでに荒野とはいえなくなっていた。
『ドワーフの街』がある大きな岩山と荒野を結ぶ中間的な地層なっている。それはそれで良いのだが、視界が通らなくなっているのは問題だ。
「そろそろ、すっかね? ……『ゴボルト・キング』でてきたらどうします?」
心配そうなのは言葉だけだった。期待を隠せていない。
「……遭遇する訳ないし、倒せないからな? というか全滅するぞ?」
「そうっすか? 強さは大したことないし、いけるんじゃ?」
「取り巻きが多くて無理だろが! だいたい、『コボルトの巣穴』までいかなきゃ会えないし、この時間帯のは……うちの攻略チームが喰っちまっている」
リルフィーはがっくりしているが、全滅覚悟で力試しなんて御免こうむりたい。
それにしばらく、『コボルト・キング』のボスドロップは一般人には手が出せないだろう。『RSS騎士団』と『不落』で争奪戦が始まっている。
「タケル、前にモンスターがいる。うーん……あと三十メートルくらい? 左側の大きな岩の陰」
カエデが馬鹿話から俺達二人を引き戻した。
見えていないものが判るわけないから、遮蔽物の向こうでも探知できる『気配探知』のスキルだろう。
「やっぱり『気配探知』便利っすねぇ……余裕できたら取ろうかな」
「馬鹿なこと言ってないで、始めんぞ! みんな、いつもの感じな。カエデは……レベル上がるまでは抑え気味にな」
「うん、わかった。……しょうがないよね」
そう喋っていた間に、俺達にもモンスターが視認できた。『コボルト』だ。
人間型だがやや小型、粗末な腰ミノ姿……ここまでだと『ゴブリン』に似ているようだが、かなり違う。なにより全身に体毛があるし、顔つきも犬のように鼻と顎が前に突き出てている。よくて近親種程度か?
ただ、カエデが言っていた方角とはまるで違う。それに距離もあった。
「よし、あの大きな岩を背にしよう。これ囲まれるパターンだ」
俺に指示にみなは肯き、小走りで移動する。その間に、最初に発見した――もしくは俺達を発見した――『コボルト』が何事か叫ぶ。
その叫び声に呼応したように、あちこちの物陰から『コボルト』がでてきた。一番近いのはカエデの言っていた場所だ。
「この……こいつらが突撃してこないのがまた……」
「この辺のは飛び道具持ってないし、魔法使いタイプもいないから楽なもんだろ。とりあえず五匹かな? アリサ、ネリウムさん――」
「はい。周囲の警戒は承りました」
「はい。ラッシュ掛けるとき合図をお願いします」
「うー……焦らさないでよぅ!」
カエデが文句を言うが……解らないでもない。『コボルト』達はじりじりと包囲しながら近寄ってくる。ある意味、最も単純に数の力を使う方法だ。
『ゴブリン』と『コボルト』は似たような強さで、若干、『ゴブリン』の方が強いくらいだ。しかし、実際はAIの味付けと出現数の設定で難易度がまるで違う。
『ゴブリン』は好戦的で単純な感じで……いかにもな感じの動きをする。プレイヤーを見かけたらとにかく突撃、手に持っている武器も休み無く振り回す。
『コボルト』の方も好戦的で、プレイヤーを見たら襲い掛かるのだが……まず最初に仲間を呼ぶ。その行動を生かすためか、じりじりと近寄ってくる。
AIは近くに仲間がいるかどうか判断していないようなのだが、生息地の近くという設定が噛み合って、はまると大量の『コボルト』に待ち伏せされた結果になる。
「よし、とりあえず五匹だな。じゃ、リルフィーが四匹受け持って、その間にみんなで――」
「ちょっ! タケルさん! それは酷いっすよ!」
「最近、贅沢になってないか? 仕方ねえな……俺が二匹受け持つから、三匹な。とにかく、やれ! お前が先手を切らなきゃなんにもできんだろうが!」
俺はかなり真剣に『リルフィーが四匹受け持ち』を提案したのだが、カエデ達三人はくすくす笑ってる。いつもの冗談だと思ったのだろう。
「『威圧効果』!」
リルフィーが登録した発動キーワードなんだろう。すぐに『コボルト』達の頭上にエフェクトが一瞬出現する。また、明確に五匹の『コボルト』の狙いがリルフィーになったのも解った。
……いつもの癖も出てないようだ。
リルフィーにキーワード設定なんて無謀なことをさせたら、なにをするか分かったものじゃない。
事実、『最終幻想VRオンライン』の時には「血の盟約に基づき、太古より伝わりし氷の精霊よ、我との契約に則り、いまこそ闇の炎で敵を打ち砕け! 究極魔法、天覇招雷発動! お前は死ぬ!」なんてキーワード設定をやりやがった。
冗談でも誇張でもなんでもない。少なくとも後半部分には自信がある。俺は死体となってたから、落ち着いて聞く余裕があったからだ。いや、知りたくも無いが、間違っている可能性はある。
同じように死体となって俺の隣に倒れたリルフィーが「あれ? なんで発動しないんだ? 『血の盟約』じゃなくて『太古の契約』だったっけ?」なんて不思議そうにしていたからだ。本人も正解を知らないのに、一度聞いただけの俺に解るわけがない。
あそこで普通に魔法を叩き込んでおけば、二人とも死なずに済んだし、苦労して見つけたボスも倒せたのになぁ……。
昔のこと考えていてもしょうがない。一朝一夕に解決する問題でもないからだ。……リルフィーとの失敗談は数え切れやしない。
『スローイング・ダガー』を両手に一本ずつ抜いて、俺に近い側の『コボルト』二匹に叩き込む。
逆腕での投擲は慣れないと難しいが、大切なのは正しいフォームを覚えることだけだ。ある程度の正しい動きとイメージができていれば、システムアシストが当ててくれる。
見事、二本とも命中した。
『コボルト』のうち二匹を、俺にひきつけることに成功だ。
すぐさま地面に突き刺しておいた『バスタードソード』を引き抜く。
「カエデ、どっちが良い?」
「……タケルの右の奴! 左は『見えない』」
「おし、右からな。アリサ、ネリウムさん、フォロー頼む」
返事を待たずに数歩踏み込んで、カエデの指定した『コボルト』に斬りかかった。
両手剣などの武器には、圧倒的な有利がある。武器の長さだ。接近戦では長い武器を持っている方が、常に先手を取れる。ゲーム的なデータ云々より、この長所が大きい。
俺の攻撃に反応して、二匹の『コボルト』も迎撃の構えをみせた。
いまは考えてもしょうがない。アタッカーの役目はまず、自分の受け持ちを倒すことだ。他の事は倒してから考えた方がいい。
俺の攻撃で派手に血飛沫が上がる。
が、よろめいただけで、倒すまでには至らなかった。何か雄たけびの様な声をあげ、反撃してくる。
そこにカエデが踊りこむ。そのまま『コボルト』の脇の辺りを『ダガー』で突き刺した。俺には見えないが、カエデには『急所』を意味する光が見えていたのだろう。
『急所』に命中させれば大ダメージだ。これで倒れるはず。倒れなくても、アリサとネリウムの追撃が準備されている。
俺もカエデの勇姿をぼんやり見ていたわけじゃない。すでにもう一匹からの攻撃が迫っていた。
長い武器は先手が取れる分、懐に入られると厄介だ。迫る『コボルト』の刃を睨みながら、どうするか急いで決断する。
無理だ。もう避けられる間合いじゃない。攻撃で崩れた姿勢から、無理に避けるほうが危険だろう。『ダガー』を引き抜いて受ける――のも駄目だ。貸し出してしまっている。
諦めて肩に力を入れ、そこで攻撃を受けた。
どこで受けてもHPは減るが、姿勢が大きく崩れたら面倒臭い。覚悟を決めて喰らうのも、隠れた実戦テクニックの一つだ。
視界の隅でリルフィーが三匹の『コボルト』をあしらっているのが見える。
回避し、盾で受け止め、剣で受け流す……相変わらず器用な奴だなぁ。理屈では解るんだが、俺には到底出来そうもない。合間に『威圧』の入れなおしをして、ヘイト管理もしっかりしている。
このまま俺が受け持った分を倒し、残り三匹にすればいいだろう。そう考えたところで――
「タケルさん、追加です。二匹!」
ネリウムが状況の変化を報告してきた。
一、二歩ほど下がり、『コボルト』から間合いを取り直す。
「アリサ、MPあるな? 二人で仕留めるぞ。カエデはあっちのフォロー。リルフィー、新手だぞ!」
そう言いながら、『スローイング・ダガー』を投げて……なんとか命中した。リルフィーの相手をしている三匹のうち一匹を呼び寄せる。
これで俺が二匹でリルフィーが二匹、新手が二匹の状態だが、俺のところが二匹になるまで僅かにタイムラグを作れた。ここで速攻をかければ、なんとかなる。
「了解。リルフィー、一番端の奴が『見える』」
「やっと『コボルト・スレイヤー』の出番っすよ!」
リルフィーの方も一匹を沈めれば、新手の二匹に対応できるだろう。
「いくぞ、アリサ!」
「はい、『ファイヤー』!」
アリサが俺の攻撃を待たずに先攻する。それだとターゲットにされてしまうが、俺へのフォローだろう。その程度は打ち合わせしなくても判る。
できた隙に遠慮なく叩き込む。
僅かに致命に届かなかったようだが、ネリウムが『スローイング・ダガー』を投げて止めを刺した。
「盛り上がってきましたね」
そう不敵にネリウムが笑うが……異存はない。
俺だって楽しくなっている。
道徳的には不謹慎かもしれないが、戦闘は面白い。やはり、MMOの華だ。




