日常――4
「よし、リルフィーがタンクな」
「ちょっ! 待ってくださいよ! タケルさんの方が良い鎧じゃないですか!」
「でも、盾を貸してやったろう? それに『威圧』のスキル、まだ取ってねぇ」
「えっ? なんでです? あれは対人で便利なんじゃ?」
「あー? 無駄、無駄。『威圧』なんて雑魚にしか通らん」
顔の前で手を振りながら、思い違いを正してやる。
リルフィーの言う『威圧』はモンスターのヘイト管理に使うスキルだ。
相手を『威圧』――脅威を与えることで無視が難しくなる。結果としてモンスターのヘイトを集められるという解釈だ。
しかし、このスキルは対プレイヤーでも使えてしまう。
もちろん、プレイヤーはヘイト値に当たるものがないから、効果は違う。威圧された結果、萎縮し僅かに動きが悪くなるとして、身体の動きが微妙に重くなる。
微々たる結果だが、コストが必要ない。対プレイヤー戦ではまず『威圧』というのがセオリーではあったのだが、いまは違う。
「『威圧』は『精神耐性』のスキルで無効化できちゃうんですよ。『僧侶』魔法の『ブレス』でも対応できちゃいますし」
アリサが説明を買って出てくれた。
『RSS騎士団』とアリサの部隊は情報共有しているし、その戦術思想は同じものだ。
厳密には『精神耐性』か『ブレス』で『威圧・1レベル』を完全無効、重なっていれば『威圧・2レベル』も無効化で、完全に『精神耐性』が上位なのだが……細かくは良いだろう。絶対にリルフィーは聞き流す。
「まあ、いまのトレンドは『精神耐性』ありきだな。精神系の魔法にも対応してくれるし」
ネリウムの方は興味深げに聞いていた。まあ……この人が把握してれば、リルフィーの方は大丈夫……かな?
「『精神耐性』って便利なんだね! ボクも取ろうかな」
「カエデには……どうかなぁ? いまのところ、精神属性の攻撃するモンスターは確認できてない。対人戦限定スキルだな」
それを聞いて、カエデは僅かに頬を膨らました。
俺に説教をしたい気分なんだろう。カエデ流に言えば「タケルは喧嘩ばっかりしてて良くない」なんだろうが……それで助かる奴がいるのも事実だ。力ずくでなければ、話し合いにすら持ち込めない相手だっている。
俺だってカエデの朗らかな優しい気持ちを否定したくはない。
なんというか……お互いに微妙な距離感だ。
「まあ、その辺のセオリーは常に変わる。しばらくは……なにか大きなアップデートがあるまでは大丈夫だろうけど……情報の鮮度には気をつけないとな。というわけで、リルフィーがタンク、納得したか?」
「は、はい? わ、分かりました」
不思議そうな顔でリルフィーは誤魔化された。
「エンチャントなんですけど……まだ上位系を覚えていません。リルフィーさんに『エンチャント・シールド』、前衛のみなさんに『エンチャント・ウェポン』でいいですよね?」
「うん、それでばっちりだ。もう、そんなにエンチャント回せんの?」
アリサの質問に答えつつ、俺は少し感動していた。
初めて会ったときは完全な初心者で、右も左も判らないくらいだったのに……頼もしく成長したなぁ!
「はい。今回のステータス振り直しでかなり楽に」
照れくさそうに笑いながら、アリサは答えた。
アリサはこのゲームではやや珍しいスタイルの、エンチャンターに分類される。
パーティメンバーの戦力増強魔法を主眼に特化。具体的には『魔力』を初期最大値にして、多数のエンチャントを同時に維持する最大MPを確保する。
明確に需要のあるポジションだが、非常に人気がない。仕様のせいもあり、エンチャント呪文全体が敬遠されている向きすらある。
まず、感謝を忘れられがちだ。
モンスターに止めを刺す派手な攻撃魔法、瀕死の仲間を救う回復魔法、戦線を支える補助魔法……本来、これらはどれも同列である。優劣などつけられない。
それなのに慣れてしまうと、あって当たり前。むしろ、無いのは我慢できないぐらいの感覚に陥る。価値は認めているし、手放す気もないのに、扱いはぞんざい。
大切な人のことを「空気みたいに必要」と表現する奴がいるが、そんな感じだ。
もちろん、間違っている。
なにより俺は、いままでの人生で一度も『空気』に感謝したことがない。
『空気』の方だって、一方的に吸われるだけの関係なんてごめんだろう。
破局の時だってそっくりだ。
いきなり離婚を切り出される旦那のごとく……「俺、もうお前らとやってけないよ」とパーティに三行半が突きつけられる。
言われる側だけには青天の霹靂なのも、関係の修復が困難なのも瓜二つだ。
そういや、俺……ちゃんとアリサに「ありがとう」と伝えたことあったかな?
「しかし……凄いMP量ですね」
「まだ『魔術学院』で売っているレベルの呪文ですし」
感心するネリウムにアリサは謙遜するが……特化タイプの長所と自慢してもいい。
『エンチャント・シールド』一回に加え、『エンチャント・ウェポン』をリルフィーに一回、カエデは二刀流だから二回、俺に一回で合計四回だ。他のタイプで序盤にできることじゃない。
「……でも、ほとんどのMPがロックされてしまいました」
さすがに困ったな、といった感じでアリサが苦しい台所事情を白状した。
この『MPロック』が、エンチャント系統の疎まれているもう一つの原因だ。
一部の魔法はMP消費だけでなく、消費分のロックもされてしまう。
ロックされたMPは一定の時間、回復すらしない。連打されたらバランスが危うくなるような魔法にも設定されているが、持続時間の長い魔法――エンチャント系統も対象となっている。
これはある意味妥当なことなのだが、『魔法使い』にとっては苦しい。
エンチャントを担当したら、天井の下がった最大MP内で切り盛りしなくてはならないし、迂闊に『MPロック』される魔法も使えなくなる。一時的にでも全MPがロックされたら致命傷だ。
「ま、まあ、苦しいとは思うけど、がんばってくれ。アリサが苦しい分、俺たち前衛ががんばるから!」
なんだか思ったより上手く言えなかった。
アリサもきょとんとした顔をしてる。でも――
「はい、がんばりますね!」
と笑って返事をしてくれた。
……とりあえず、これで良いだろう!
仲間を労うだけで、他に深い意味なんて無いんだから!
そう、ニヤニヤ笑いをしているネリウムがやけに気になるが……これで良いはずだ!




